コンビニナイト
少年はムクロと名乗った。
オレよりも頭ひとつ大きくて、顔も良い。
女子店員が噂するのをよく耳にする。格好いいとか話し掛けたいとか、笑いかけてほしいとか、どうして沢田にばっか話すんだ、とか。形のいい唇から吐き出されるのは嫌味だらけで、彼と話すのはその実、かなり骨が折れるんだけど。けれど最後の疑問は最もだ。
彼が、オレを気にかける理由がない。顔・スタイル・声、ぜんぶ標準を上回ってるのに。
ダメなやつと言われつづけて十年を突破しようとしてるオレだってのに。
……恥ずかしいけど、未だに友達の一人もいないし……。
「すいません。沢田くーん?」
陳列の途中だった。肩に手がかけられた。
むくろさんだ。深緑のジャンパーに深緑の帽子を被って、両手をポケットに突っ込みニコニコ笑顔を浮かべてる。前に一度だけ、昼間にコンビニにやってきた時は制服を着ていたけれど、深夜にやってくるときはいつも同じジャンパーと帽子を身につけていた。骸さんはよくわからない人物だ。聞いた話だと三日に一度の頻度らしいが、バイトの時間と鉢合わせるので、オレにしてみればアルバイトのたびに顔を合わせてることになる。
骸さんは、一見すると人畜無害の笑顔をのせていた。
「……なんですか?」
「ガキがうるさいです」
にこにこにこ。変わらぬ笑顔を浮かべたまま、雑誌コーナーを指差す。
見るからに不良! な男が二人、立っていた。開いた紙面を前に何事かを囁きあっている。アダルト雑誌はビニールテープで縛ってるはずだけど、彼らの足元に落ちてるヒモが無残な結果を物語っていた。
「店員としての義務を果たしてください」
「そんなこと言われても。他の仕事が――」
「デザートの賞味期限切れチェックなどとゆーチャチな職務が客より大事だっていうんですか? 僕、ああいうの大嫌いなんですよね。社会の吹きだまりを見せ付けてるつもりなのか自己顕示欲ゆえなのか知りませんが迷惑ですすっごく迷惑。ふざけんな寧ろ死んでくれた方が助かる、それくらいだと思いませんか」
危うくヨーグルトを落としかけた。
大声とはいかないまでも、少年たちに届くほどの声量があって、その上、骸さんは堂々と指を向けている。スキンヘッドの高校生がギラリとした眼差しを返し、咥えタバコの茶髪男が眉間を皺寄せた。
「あ、あのですねえ!」
骸さんの袖を掴み、隅へと引き寄せた。
唇を耳に寄せようとしたら、ぱっと体を離される。
眉を顰める間に、骸さんは今度は自分から耳を近づけた。
「びっくりするじゃないですか。なんですか?」
「……それ、オレの台詞なんですけど」
「そうですか。それだけですか?」
「なわきゃないでしょう。あのですね」
「あっ!! ムクロちゃん!!」
事務室の扉が開くと少女が叫ぶのが同時だった。
さっと体を離す。ぶつかるように少女は骸さんに抱きついた。
「やっだ〜。ひさしぶり! どーして、毎回毎回あたしが帰るころにくるのよっ」
「くふ。家が近所じゃないですか。わざわざこんなとこで会うのも嫌でしょう」
「あたしは会いたいの! 第一、帰宅時間違うから会わないじゃん。夕方にもきてよね!」
はいはい。にこにこのままで骸が頷く。少女は頬を膨らませて人差し指をつきつけた。「って言って、ホントに来たことないよね。でも、そんなクールなとこがスキ!」
「それはまた、どうも」
変わらぬ笑顔で骸さんが頷いた。
「今度、おごったげるからご飯たべにいこーね!」
大きく手をふり、少女は自動ドアを飛び出した。
詳しくは知らないが、骸さんと同じ中学の出身らしい。
骸さんのファン第一号を名乗って、他の女子店員が骸さんに近寄らないように目を光らせている。未だに名前を聞いたことがないけど、キツい性格をしてると評判だ。顔はかわいい。
耳元で、くすっと笑う声がした。骸さんは、目を窄めてオレを見下ろしていた。
「ああいうのがタイプですか?」
「なっ、なんですか。まだいたんですか!」
「クフフ。まだまだいる予定ですよ。ところで彼らもまだいるんですが」
にこり、と。骸さんの笑顔に何らかの終止符がついた。
笑みの質が変わったのだ。ニコリからニヤリになって、どことなく邪悪なものを感じさせる。店内にはオレと骸さんと少年二人。こじんまりしたコンビニなので、深夜の店員は一人だけなのだ。上の階が店長の自宅になっているので、緊急の時は電話をつかって連絡するのだけれど。
「邪魔くさいですねえ。邪魔ですねえ。どうにかしてくださいよ、店員さん」
「お、オレに言われても……」
「ゴミ捨てみたいなもんですよ。社会のゴ」
ミ、まで言い切る前にバコンと凄い音がした。やっぱり思い切り聞こえてたみたいだ。
雑誌が床に叩きつけられ、表紙の、巨乳のお姉さんの顔がゆがんでる。
「黙ってりゃー、テメェ。殺すぞ!」
「ころす? 僕をですか、へえ」
後退るオレを放って、骸さんはいつもと変わらぬ様子で相槌をうった。ニヤリとした笑みのままで口元に手を当てる。「――社会のゴミ」
「なんだァッ。ケンカ売ってンのか!」
「うるさくされるのは嫌いなんですよ。黙ってくれませんか」
「よく言うぜ!」成りゆきを見つめていたスキンヘッドの男が、堪らずといった様子で口を挟んだ。「さっきのアンタとオンナの会話のがうるさかったじゃねえのかよ!」
おお、的確なツッコミ。感心するオレをおいて、骸さんはかぶりを振った。
「とにかく沢田さんのコンビニで大騒ぎするのは止めて下さらないと」
「どーして、そこでオレの名前をさらりとだすんですか……っ!」
「だから騒いでたのはテメーだし、テメーが黙ってりゃオレらだってここまで騒いでねえんだよ!」
「うるさいですね」
「テメーのっ」「骸さんの」
「せいじゃねえか!!」「せいじゃないですか」
骸さんは両耳に手を当てて目を瞑ってみせた。
よくわからないが、その動作ですべてをチャラにした気になってるみたいだ。本人は。
目を開けたときには、ニヤリがニヤニヤに変わっていた。
「僕をここまで愉しませて……、じゃない、苛つかせてくれたお礼をしなくちゃですね」
本音が見えたっ。けど、それすらもワザとに聞こえるっ。
なかばヤケになったようにスキンヘッドが叫んだ。
「こっちの台詞だコノヤロー! 外に出ろ!」
「いやだ」
ずど、と、一瞬の間もおかずに即答する。
「どーしてそうありがたい申し出を却下しちゃうんですか?!」
「冬は寒いじゃないですか。風邪ひいたら大変です」
「ううううう――っっ」
ああいえばこういう。
形容のしがたい、しかし確実に修復不可能に歪んでて極悪な性格をどう表現すればいいのか。
こうしたやり取りを骸さんが格好イイと頬を染める女子連中に見せてやりたかった。不良少年がギャイギャイと反論する。骸さんはニヤニヤしたまま彼らに歩み寄った。――茶髪の額をすばやく掴み、後頭部に手刀を浴びせる。ウッとうなる声がした。
「何しやがっ」スキンヘッド男にも同様に手刀をおくる。
肝を冷やすオレを察してか、付け足された。振り向く笑顔はニコニコとしていた。
「だいじょうぶです。脳みそがぐつぐつしてるだけで、時間をおけば回復します」
「な、なんか脳細胞やばそーじゃないですか?!」
にこにこにこ。返答はせず、骸さんは少年二人を自動ドアから放り出した。
ガーと無情に閉まるドアの向こうで、少年二人の男泣きが垣間見れた気がした。彼らに同情するオレの感性って間違ってないと思う。骸さんは、人のいなくなった店内を見渡して一息をついた。
「さて。これでやっと落ち着けますね」
「ううう。コンビニ潰れたら骸さんのせいですよ」
骸さんは食品陳列棚から離れ、すぐに戻ってきた。
「それで、今日はコレを買いに来てるんですが」
手には単三電池がふたつ。思わずうめいた。
「何で、それだけ買ってまっすぐ帰ることができないんですか……」
骸さんに押されるままにレジに入る。ピ、と、バーコードを読み上げると同時に一万円札が差し出された。
一万以外のお金を使う場面、実は見たことがないけれど怖いので聞くのはやめておく。彼だって現役高校生のはずなんだと言い聞かせてみた。
「沢田さんがスキだからじゃないですか」
千円を四枚、五千円を一枚。みせようとしたとこで、骸さんが呟いた。
ニコリとした笑みがある。面を喰らったけれど、なんどか聞いた言葉だ。少し前から使われはじめた冗談で、タチが悪くて対抗のしようがなかった。好き、の、ニュアンスを変えて発言してくるのだ。
「スキな子とは話したくなるんですよ。色々とね。話題つくったりして健気じゃないですか」
「話題作りですか」
はたしてどれだろう。面倒ごとはあったけれど。
遠い目をする内に、骸さんは小銭を募金箱に落とした。
紙幣はポケットに突きいれる。何にせよもう終わると浅くため息をついた。
骸さんは買い物を終えればどこぞに帰っていくのだ。……いくのだ。
「沢田さんって、下の名前ツナヨシっていうんですよね。そろそろ、そっちで呼んでいいですか?」
……いくのだ。
「呼び捨てはまだダメですよね」
「……いくのだ」
「はい?」
「まだ買うものがあるんですか?」
「ないですけど」
骸さんはオレを見下ろす。
オレは骸さんを見上げる。予測不可能な人なので、常にない行動をされるとビクビクしてしまってしょうがなかった。内心を見透かすようにオッドアイがニコと笑った。
「僕は君と友達になりたいだけなんですが」
「……前も同じ事いいましたね」実際、骸さんのこの言葉は五回くらい耳にしている。
「わかんないって言っていいですか? どうして、そーゆー話をしてくるのか」
「もう言ってるじゃないですか」
骸さんはくすりと微笑した。
あのですねと、彼にしては淀んだ声で言葉を繋げる。
「僕、友達がいないんですよ」
「はあ」
「別に構わないんですけどね。愚民に興味はありません」
……そんなんだから友達いないのでは。思ったけど、言わない。
同じく友達ゼロのオレがいっても説得力はないだろう。骸さんは淡々と語りかけてきた。
「気がついてますか。四月からココにきてたんですよ。動きの鈍い店員がいるなと、最初は思ってたんですがいつの間にか目が離せなくなっていまして。話し掛けたくなったんです。今はもっと仲良くなりたいと思ってます。沢田さん、ねえ、僕と友達になりましょうよ。きっと、僕たちはそういう運命なんです」
「オレと友達になっても、いいことなんてありませんよ……」
「何いってんですか。利害関係を求めたら、その時点でトモダチでないでしょう」
にこ。微かな笑みは労わりすら感じさせた。骸さんはレジの前に佇んだままオレを見下ろす。
――変な人だし性格も悪いけど、嫌いかと問われれば首を捻ってしまう。ため息をついて、オレはわだかまっていた疑問を口にした。友達にこだわるなら、コレをハッキリさせて欲しい。
「本当の名前、教えてください」
「? 六道骸ですけど」
「骸さん、悪魔ちゃんって知ってます?」
「ああ〜、平成五年八月十一日」
キョトンとすると、骸さんはにこにこしたまま首を傾げた。
「なんですか。知らないんですか。自分からいっておいて。新生児に『悪魔』と名付けようとして国に却下された事件でしょう? それの、出生届が提出された日ですよ」
「普通しらないですよ!」
「そうですか。でも沢田さんが言おうとしてることはわかりましたよ」
少年の顔から笑顔が消える。滅多にないので、ドキリとした。
「僕の名はありえないと言いたいんですね」
「……そ、そうですよ……」
跳ね上がった心臓が戻ってこなかった。
どきどき、どきどきと浮き上がりをくり返す。
店内に二人しかいないことを思い出した。店長はもう上で寝てしまっているだろうし。居心地が悪くて俯くと、色白の指に顎を掬い上げられた。
「む、むくろさ」
「ボールペンを借りますね」
すいと、反対の手が左の胸元に伸びた。
店員のネームプレートが下げられたポケットに、百円均一で購入した黒ペンが納まっている。骸さんはくるりと回転させてペン軸を下にした。レジの手前におかれた廃棄箱から、誰かが捨てたレシートを摘みだす。
手早く書かれた文字を、瞬きして見下ろした。
「僕、日本生まれじゃないんですね。Mukuroなんです」
「ローマ字読み……なんだ?!」
「うちの母は変わってますから。骸と、漢字で表記しつづけてますけどね」
「じゃあ、本当に本名だったんですか!」
「六道も正式にはRoodoですけど……」
骸さんは、奇妙に据わった目をしてオレを睨んだ。
「今までずっと偽名を名乗ってると思ってたんですか?」
「だって……。ムクロだなんて、おかしいじゃないですか」
「酷いですね。いっときますけど、僕は一度も嘘はついていませんよ」
「いっ」一度も。心臓がビックリしたのを透かして見たように、骸さんは口角をニヤリとさせた。
「スキですよ。きっと、君と友達になるために今まで僕は一人でいたんです」
そんなオーバーな。でも、ここまできたら、イヤだという理由はない。
なんだか、嵌められてるようで黙りこんでいたら、骸さんはポケットから先程の紙幣を取り出した。しぶしぶ、といったように眉を顰め相貌を歪めている。「利害関係は友達ではないですが……」
「そこから芽生える友情もあるかもしれない。何なら、沢田さんを買いましょうか。いくらですか?」
ふと、この人って頭が良いと同時に、壮絶に不器用なのではないかと失礼な推測が頭をよぎる。
「……、――ハハ。骸さん、実はオレも友達いないんですよ」
「知ってます。だからなおさら、僕たちはお似合いだと思うんですよ」
真摯な眼差しがあった。口元だけを笑わせて、オレの右手をとる。紙幣を持つ手の上に、オレの手の平をおかせた。ギュと、さらにその上に、もう一方の骸さんの手が覆い被さる。
「それでは。これで、ご飯でも食べにいきましょう」
頬がわずかに紅潮してる。
まじまじと見る俺に構わずに、骸さんは時計を見上げた。深夜の二時だ。
「明日……でなく、今日ですね。お昼ご飯なんてどうです、ご一緒に」
わざわざお昼ご飯といったのは、深夜アルバイトをしてるオレの睡眠を考慮してくれたから。そう思うと、妙に楽しい気分になった。ポケットから携帯を取り出した。
「じゃ、オレのアドレス教えますね」
骸さんが目を見張る。次の瞬間、ふわりと微笑んだ。
「ずっと待ってましたよ。その、言葉。綱吉くん」
終
05.11.13
>>もどる
>つぶやき(反転)
恋を運命的な友情! と勘違いしちゃってる友人のいない骸さんと、
友人がいないので友情のフツーがわからず勘違いにつられてく綱吉さん。な、話でした。
そして最後、『「……、――ハハ。骸さん、実はオレも友達いないんですよ」』
『「知ってます。〜」』でストーカー疑惑発生。綱吉さんには気づかれてない。
|