時間にすると小一時間





 ピロロロンっ。自動ドアが左右に裂かれた途端、視線が集中する。扉近くにいる人からの視線が特に多い。ざわめきが起きた為に、店内で全員が振り向いた。
 少年が三人、肩を並べてファーストフードに足を踏み入れたのだった。
「オレ、チーズ二枚入れてくれなきゃヤダよ。ハンバーガーよろしこ」
 カウンターにしなだれかかり、ニッと笑って犬歯を見せる少年。髪は金色で前髪が両目を隠すほどに長く鼻にかかっている。彼の隣では、ジグザグ模様で頭の真ん中を分けた少年が店員に笑いかけていた。
「セットでお願いします。これで」
 やすりのかけられた爪先がメニューを指差す。
 二人の後ろから、ひょうきんな声が割り込んだ。
「おい。骸、約束を忘れんなよ」
「わかってますよ。選ぶんですか?」
「オレはハンバーガーのセットだってば」
 最初の金髪少年が頬杖をつく。そのすぐ隣に割り込みつつ、
「おまえと同じでいいや」
 メニューを覗いて、少年。髪の色は黄色に近い金髪で瞳の色も似ている。ふわふわした髪質に大きくて丸い瞳、外国映画の天使役のように美しい容姿をしていた。
 分け目の彼は、フゥとため息をついて前髪を掻き分けた。彼ら三人は同じ中学の制服を着ていた。そして見栄えが良いという点で互いに全く引けを取らなかった。
「では、こっちのセットを一つとこっちを二つ」
 店員女子が夢中で頷く。背後にはバックスタッフの店員数人が集まっていた。彼らはすぐさま散り散りになって準備にかかる。
 三人は大通りに面した窓席に座った。周囲はにわかにざわめき、イスを引く音が多くなる。
 紙コップを傾けながら、ため息をついた。骸と呼ばれた少年だ。
「面白くないですね。何かおかしい」
「負けは負けだろ。おーごーりー」
「ベルフェゴールって自称王族の割りにケチですよね」
 半眼で振り向いたが、ちくりと刺されても金髪少年はニヤニヤしている。ベルフェゴールというよりもベルという愛称の方がよく使われるのだが、
「こんな勝負で熱くなるなんて子どもっぽい。ねえベルフェゴール」
 骸はそれが由緒ある名だと知っていたので殊更に強調した。ベルはニヤニヤ笑いを止めない。
 まったくの悪意もなく、またも声が割り込んだ。
「何言っても負けは負けだろ。あッ」
 がしゃんっと音がして彼はイスから滑り落ちる。体の向きを変えようとしてバランスを崩したのだった。
「いってぇ! またかよ?」
「ディーノの言う通りらしょー? 完敗したの〜。オレらに」
「百歩譲ってベルには有り得るとしてもディーノにまでなんて……」
 ポテトをつまみつつ、骸は不満げに唇を窄めた。
「有り得ないですよ」
 片手でポケットからティッシュを取り出し、ディーノへと渡す。ディーノの口元にはポテトの食べカスが残っていた。照れるでもなく、少年はへらへら笑ってティッシュを受け取る。侮蔑的な意味合いなどはなく、少年達には日常茶飯事だった。
「なんっか、勝てそうな気がしたんだよな」
 口元にマヨネーズを貼り付けているのか、ハンバーガーを食べているだけなのか、微妙な食べ方をしながら、
「むしろ骸が不調だったんじゃね?」
 ディーノが骸を見上げる。骸はちまちまポテトを摘んでいた。
「ハンドルですってば。僕のだけ反応が悪くなかったですか」
「うっしっし! 言い訳か!」
「事実の指摘をしてるんですよ……。まァ、別にいいですけどね。君たち二人におごるくらい痒くもありませんから」
 気だるげにうめいて、ようやく、ハンバーガーに口をつける。話題が学校の試験に移った。三人の背後で、他の客がちらちらと首を伸ばして顔を見ようとしていた。
 ところで駅前というのは建物が密集する。ファーストフード店の窓からは薬局やゲームセンターの軒先が見える。
 六道骸は、不意に思ってハンバーガーを齧るのを止めた。
「んあ? 骸?」
 試験のヤマかけをしてたので、友人も返答が途切れたのに気付いた。骸は真っ直ぐにゲームセンターの入り口を眺めている。正確にはその奥を見透かそうとしている。
「あの制服って翡翠中……。立地的にも距離的にもココまで遊びに来て不自然じゃないですね」
 ぶつぶつうめくのを遮って、
「おーい。最後まで喋れよ。王子に失礼だぞ?」
「壊しそう」
「おうい、だから、教えてくれねーとまた赤点なりそなんだが」
 ディーノが肘でせっつくが骸は同じ言葉をうめく。眉を吊り上げて憎らしげに店内を睨んでいる。
「壊しそう! 僕に敗北という辛酸を与えた罪は重いですよ!」
 席を立つと店内を飛び出した。
 ディーノとベルは互いの顔を見合わせる。
「意味わかんね。わかる?」
「テストどころじゃなくなったみてぇだな」
 両目を丸くするといよいよディーノは少女めいた顔立ちになる。美少年二人は、まじまじと骸の行く末を見守った。
 彼はゲームセンターに駆け込むと、奥から一人の少年を引っ張り出した。レーシングゲームに座っていた少年だ。白いブレザーとチェック柄の鞄が翡翠中の特徴だが全て取り揃えている。少年は、突然の横暴に仰天して何かを喚いていた。骸が怒った顔をして何事かを囁き返している。……やがて、少年の方が、青褪めて辺りをきょろきょろとしだした。
「ケンカかな」
 ベルが身を乗り出す。ディーノはマイペースにハンバーガーを食べ終え、親指についたマヨネーズを舐めていた。
「翡翠中とは喧嘩したくねえなぁ」
「お、コッチ来るぜ」
「あああ、すまん、手を洗ってくる」
 両手いっぱいのマヨネーズを舐めきれないと気がついてディーノが慌てて立ち上がった。そのまま、視線を集めつつもトイレに駆け込む。ほとんど入れ替わりで、骸が翡翠中の少年を引っ立ててきた。後ろ襟首を引き摺るような格好だった。
「話をつけましたっ」
「……どんな?」
 開口一番、骸はぜえぜえとしながら叫ぶので、ベルは首を傾げた。
「カラオケはこいつの奢りです」
「ひぃいいい?!」
 どう受け取っても納得してるとは見えないような悲鳴をあげて少年が仰け反る。骸は肩を押して無理やりに自分の席に座らせた。
「クフフ。朝までだって遊べますよこれで」
「ご、ごめんなさいってば! つーかマジでオレだなんて保証はどこにもォグッ!」
「この口ですかー? 生意気な」
「ひゃめへ!」
 頬を抓られて少年が涙目になる。ベルは骸を見あげた。いたぶるのに楽しみを見出したかのように、骸は執拗に少年を追及する。
「君のせいだって僕が言ってるんですよ? 聞けないんですか? あんなことしたら壊れるに決まってるじゃないですか」
「だ、だからー、ハンドルを引っぱってたのはテクニックのひとつで……。獄寺くんが……いつもそれで勝ってるから」
「それってただのクセなんじゃね」
 ベルがつい口を挟む。骸が少年の頭をがしりと掴んだ。
「一丁目のゲーセンにも行くんでしょう?」
「い、いくけど、あんたの使ったところのハンドルが緩かったのがオレのせいだとは」
「わからない子ですね。僕が君のせいだっていってるんですよ」
「な、なんで? 何でオレが悪いの?!」
 目尻を若干潤ませて震え上がる。骸がその胸を人差し指で強く圧した。要するに彼としては怒りの発散がしたいだけで、この際は論理などどうでもいいのだが、
「何ですかぁああ、お金を払えばいいんですかっ?」
 少年は完全に参って泣き声をあげる。
「そんな下衆な真似はしません」
 店内の小声に耳を済ませ、骸はしたたかにキケンを回避する手を取った。
「強いて言えば僕を満足させればいいんですよ」
 すいっと少年の顎下に人差し指を潜りこませる。骸の手口を知っているのでベルがウゲッと引き攣った。
「秘技、男殺し!」
 ベルの悲鳴と重なったのは偶然だった。
 店内が騒然とした。きゃあっとした悲鳴が若い女子の悲鳴を突いた他に騒動に注視していた誰もが目を見開く。少年は、骸に両肩を抑えられたままブルブル戦慄いた。
「…………。クフ」
 どこが自慢げに笑って口を離し、
「例えばこういうこととかですね?」
「なっ……何するんだあんた?!」
 キスの痕を拭うことも忘れて少年が激昂する。頬は赤いが血の気が引いていた。怒りと恐れがごっちゃになったためか声が掠れていく。
「ほ、ほも? え? こういうこと?!」
「そうですよ。カツアゲする気はないんです」
 強調して保身を心がけつつ、骸はしたり顔をする。
「うっはぁ、最恐の生徒さん実力発揮ってカンジ」
 冷や汗しつつ、ベルがポテトをつまむ。
「間近で見ると鳥肌立つしー! 女殺しだけで終わればまだマトモなのにさ」
「変態は犯罪じゃありません」
 きっぱり言い捨てる。少年は、両目を限界まで丸くして、信じられないように六道骸とベルフェゴールとを見比べる。
「こっ……こえええ! あんたらこえええ!」
「おっと。まあまあ、ゆっくりドウゾ?」
「ごめんなさあああい!!」
 ベルに肩を掴まれつつ、狂乱して叫ぶ。と、
「あれっ? ツナ?!」
 ディーノが素っ頓狂な声をあげた。トイレから戻って、まるで三人組のステージであるかのごとく客も店員も窓席を見つめてる状況を訝しがっていたが、
「久しぶり! 元気してたか?」
「でぃっ……ディーノさん!!!」
 少年が両手をバタバタさせて救いを求めると、すぐさま駆け寄ってベルから奪い取った。
「オレのイトコに何すんだ!」
『いっ……、いとこぉ?!』
 骸とベルがハモって引き攣る。ディーノは少年の頭を撫でつつ抱き締め、
「沢田綱吉ってんだよ。叔父方のイトコ!」
 綱吉の異常な怯えに気が付いて眉根を寄せた。
「おま……、骸。何した」
「特には何も」
 即答する骸であるが。
「うそだ! キスしたぁあああ!」
「ん〜〜、これってどっちに味方した方が面白いんじゃろ?」
 ベルが観客に答えを求める。つまりは、近くにいた女子高生にであるが、彼女は引き攣り後退った。
「ツナはキスしたことあったのか?」
「聞かないで下さい!!」
 顔面を抑えて悶絶する。
 その反応でピンときてディーノも骸も互いを睨んだ。
「よくもツナのファーストキスを! 骸ー、いたいけなイトコまで毒牙にかけたな!」
「その歳までに経験してない彼が悪い。スキがあったのも悪い」
「キスしたこと認めてるじゃねえか!」
 骸は堂々と胸を張る。
「過ぎたことですよ。第一、彼は僕に借りがあるんですから、キスの三つや四つ」
「ディーノさん、何なんですかこの人っ?! 発言も行動もおかしいしっ、た、躊躇いもなくオレにそのきー、そのっ、それを!」
「クラスメイトだ。悪いやつじゃねーんだがこーして話してると悪いやつだな」
「どっちだそれは!!」
 綱吉が頭を抱える。と、イスの足に踵をぶつけた。よろめいた体をごく自然に受け止めてディーノが骸の真正面に立つ。普段にはない活躍に、六道骸は眉を寄せた。
「ディーノ、調子がいいんですね」
「おお。ツナがいると不思議とヘマはしないぜ」
 話題を変えられているがディーノは気付かずに自慢げに頷く。
「むかしっから、一緒にいたり、ツナが使ったものとかに触ったりすると、なんかこー守らなくちゃって気ィして気持ちがしゃんとすンだよな」
「…………」
 六道骸はジトっとした眼差しで綱吉とディーノを交互に見つめた。綱吉が青褪める。
 骸は静かに真っ直ぐディーノを指差した。
「証拠を手に入れました」
「ええええ?! なして?!」
 ディーノが動揺するがベルはげらげら笑いだした。観客に回るのが一番面白いとの結論に達したためだ。綱吉は顔面を片手で抑えて沈黙した。
「終わりましたね」
 自らの額に人差し指を当てて、骸が格好付けた物言いで締めくくる。
「さて。じゃあ君。沢田綱吉っていいましたか。しばらく僕の奴隷におなりなさい」
「…………終わった」
 ようやく単語を搾り出し、また、自分で発した言葉で二重に落ち込む。そんな綱吉に骸は笑顔を向ける。
「顔は好みですから優しくしますよ」
「問答無用でキスしてきた男に言われたくないセリフ第一位っ!」
「あ、その口癖は、またいとこのフゥ太だな」
 展開にいまいち付いてこれてないがディーノが口を挟む。
「これからどーすんべ?」
 ひとしきりの爆笑を終えて、ベルが尋ねた。
「遊びに行きますよ。ねえ、綱吉くん」
「え? なんでツナも来ンの?」
 ディーノが不思議がるがベルは両手をあげて喜んだ。
「イエーっ。よろ! ツナちゃんでいいのー?」
「僕が許可しますよ」
「なー、よくわかんねえんだけど。骸? ベル?!」
「…………」
 救いを求めるように、綱吉は店内を見渡した。だが熱心に視線は返って来るが誰も動かない。観客って意外と薄情だ……、と、思いつつ、骸の肩を叩いた。
「おごるからキスはやめてください」
 なんだか骸があからさまに嫌そうな顔をしたとベルとディーノと綱吉は思うのだった。観客からは普通に頷いたよう見えた。それで、三人の美少年と途中で足された四人目が店を出たので話が終わった。


おわり




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