誕生日のお茶会



 人気者を一人占めするのは難しい。特にそいつの誕生日だったりすると。
「…………」
 六道骸と雲雀恭弥は息を呑んだ。
 互いの肩を押しのけつつ、押し入った室内が既に人で溢れかえらんばかりになっていたからだ。
「あっ。しししー、また来たぜ。ボス」
「ドカスが」
 ぼそっとうめくのはザンザスだ。ベッドにどーんと腰かける彼の背後でヴァリアーが座り込んでいた。真向かいで、テーブルの上にあぐらを掻くのがリボーンである。
「そいつはオレにか?」
 雲雀が、ぽかんとしたままで頷いた。手にしていた箱が、さっとビアンキによって摘まれる。リボーンの背後にあるプレゼントの山、その頂上に置かれた。
「まぁったく、人気者はつれえなぁ……っ」
 ニヤニヤしながらリボーンが腕組みする。
「さすがだわ。リボーン」
 ビアンキがプレゼントの山を支えてニコニコとする。フゥ太にハルに京子に獄寺と山本、ボンゴレに関わる全てのメンツが室内に集結している。ザンザスは一人で殺気を放っている。
「カスが! 九代目からだ」
 号令と共にヴァリアーが一斉にプレゼント箱を差し出した。リボーンは一人、うんうんと頷く。
「くるしゅうないぜ。ツナのはそっちに置いておけ」
「オレの誕生日は明日なんだけどね……」
 ぼそっとした呻き声。意外に近い場所から聞こえたので骸と雲雀がぎょっとする。沢田綱吉は、入り口の扉の真横で、憂鬱そうに眉根を寄せていた。
「どいつもこいつもリボーンって言うんだからさ」
「チョコ一枚くれただけのテメーとは器が違う」
 腕組みして、リボーン。
「あのなぁっ、そんな宝石とかピストル貰ってるよーなやつにオレから何をやれっていうんだ?!」
 ヴァリアーからのプレゼントを開けているのがビアンキだ。ランボが、興味深げに首を伸ばしている……。
『沢田』
「え? っぎゃあああ?!」
 振り向いたときには、六道骸と雲雀恭弥が互いの頭に掴みかかっていた。後退りする綱吉を置いて、
「いやな予感がしたんですよ家の前で鉢合わせしたときから!」
「いやらしい男だね!」
「僕がいやらしい男だっていうんですか?! それなら君はムッツリすけっ」
「きゃあああ?! ケンカですかぁ?!」
 ハルが叫ぶ。獄寺隼人が即座に立ち上がり、何故だかヴァリアーのメンツも立ち上がった。ベルフェゴールは懐からナイフを取り出し、
「しししっ。いいじゃん! 暴れちゃおっかなぁ〜!」
 ルッスーリアが両手を結んで黄色い悲鳴をあげる。
「きゃあああ! オトコの決闘ってヤツかしら?!」
 室内がわっとする、次の瞬間、
「へっへーん! このルビーはランボさんがいただいた!」
 ランボがビアンキから宝石を引っ手繰った。すっくと立ち上がりビアンキが手刀を振りかざし、リボーンがプレゼント箱のひとつを持ち上げ、
「死ね」
「んぎゃああああ!!」
 角で持って後頭部を強打する!
「あ?! ああー、もう、何やってんのリボーン。ひ、雲雀さんも骸もっ。みんなもっ。集まりすぎだぁああああ!!」
『沢田!』
 再びハモったので骸と雲雀は眉をピクリとさせる、が、彼らは構わずに綱吉の右腕を取った。上腕を雲雀が引き寄せ、手首を骸が引き摺る。
「?!」
「きてください」
「は?」
「おいで」
「へッ?!」
 ほとんど同時に踵を返す。
「カスが!」「あらー。スクアーロ、鼻血が……鼻血を出すオトコも嫌いじゃないわよ、アタシィ」「ガッ、マァアアン――ッッ!!」ぎゃあぎゃあした室内の扉を閉める。骸がどこからともなく三叉槍を取り出し突っかえ棒代わりにした。
「よし。これですぐには出て来れません!」
「何してんだあんたは?!」
「今がチャンスだよ」
 雲雀に引き摺られて階段を降りる。
 六道骸が仏頂面で付いて来た。
「そういうの性格悪いですよ。ギョフのリ、っていうんでしょう」
「今時誰もことわざなんて日常的に使わないんだよ! 変態オトコ」
「十代目ぇえええ!! ちょっ、ま、待ってください! どこ行くんですかぁ?!」
「ご、獄寺―っ、落ち着け!」
 外に出ると、窓から少年二人が身を乗り出していた。雲雀はそそくさと綱吉の手を引いて並盛中学校を目指す。
 骸が、雲雀から引っ手繰るように綱吉の腕を掴んだ。
 左腕だ。だが、引っ手繰るつもりで力を入れたのに、雲雀は離さなかった。綱吉の両手が強引に引かれて胸に痛みが走る。
「…………?!」自分を挟んで火花が飛び散る。タバコの煙が唐突に肺に入ったような気分だ、どきりとして硬直するあいだに、雲雀がうめく。
「六道輪廻にでも落ちたら?」
「なぜ、今のタイミングでわざわざ落ちるんですか」
「寧ろ堕とす」
「お、落ちついて下さい二人とも!」
 体を挟んでの口論に血の気が遠のく。骸と雲雀は早歩きで行きつつ口論するのでもう並盛の校門前だった。
「いつか君こそ堕としてみせますよ。地獄にね!」
 日曜日なので校門が閉まっている。六道骸は忌々しげに雲雀を見下ろしつつ門に手をかける。綱吉を二人で引っぱり上げる形で校門を突破した。
「?! え?!」
 黙ってついてくることにそろそろ抵抗を感じる綱吉である。雲雀はずんずんと人気のないグラウンドを横切り、
「よく言うよ。どこの誰だい、牢屋入りしてたの」
「僕ですけど、幻覚もあって参戦したでしょう? クフッ、君でしたら絶対に出来ない芸当ですよ! さすがは完璧な僕というもの」
「ナルシストは殺す」
「せ、せめて咬みましょうよヒバリさん」
 綱吉の弱々しげなツッコミと同時に、ばんっと応接室の扉が開いた。雲雀は仁王立ちして両手を伸ばしたまま立ち尽くす。
「…………。沢田、入って」
「もう入ってますけどね」
「六道骸は昇天したら」
 骸が綱吉をソファーに放った。
 冷や汗しつつ、綱吉は慌ててソファーの片隅に寄る。六道骸は隣に腰かけ、足を組んで制服の内ポケットを漁った。
 目を細め、辺りの空気を探るように視線を彷徨わせる。綱吉と目があったのはほんの数秒で、すぐに反らした。
 手際よくカップが並べられた。
 二つだ。雲雀恭弥の分と沢田綱吉の分、であることは置かれた位置から明白であるが、
「いただきます」骸はしれっとしてカップを取り上げた。芳香を嗅ぎつつ、カップを傾ける。一口を舐めて上目遣いに雲雀を見た。
「こういうところ、君も充分いやらしいと思いますがね……。こんなカワイイものはキャラじゃないでしょう」
 ひ、ひえええっ。綱吉が小声でうめいて震え上がる。
 雲雀の黒目は、骸を一睨みしてから綱吉を見た。
「呑んだら」
「?! いっ……いただきます」
 震える手でカップの取っ手を掴む。六道骸は、クフクフとしつつ雲雀を睨んだ。雲雀恭弥は目を反らす。やがて、ぽつりとうめいた。
「じゃあ、あげたから」
「え?」
「沢田だよ」
「え……? オレに何を」
 骸が肩を震わせる。綱吉は、両目を丸くして紅茶を見下ろした。貰ったといえば、今、この紅茶を飲んだくらいだが。
「中国から取り寄せた茶葉だよ……。ストレスに効果があるって。明日、誕生日なんだろ。昨日やっと摘みたてが届いたから早く呑んでもらおうと思って」
「クフ……」
 目を丸くする内に、六道骸が紅茶を置いた。
 内ポケットから取り出した包みをテーブルに置く。
「どうぞ。役にたててください」
「ふ、ふたりとも? 本気ですか」
 包みに触れると、金属製のチェーンらしきものがある。リボンを解く。中からはガイコツが並んで繋がったネックレスがあった。
「しゅ、しゅみがわる……」
「その髑髏はゲルマニウム製です」
「渋ッッ!!」
「趣味が悪いね」
「ここでそのツッコミ?!」
 両手をぶるぶるさせる綱吉の前で、少年二人は照れたように目を反らした。
「まぁこんな場所で妙なおまけをつけるとは思いませんでしたが……」
「なんか超ナルシストの変態がいるけど……」
 視線は、やがて一点に収束する。扉だ。鍵がかけてある。六道骸は自分の後を誰かがつけていたら連絡するよう千種たちに言ってあるし、雲雀恭弥は並盛中に侵入者があったら連絡するよう草壁副委員長に告げてある。携帯電話が無言でいることに満足して、ちらりと、お互いを睨みつけた。
「…………?! あ、あの?」
 怯える少年を前に、フッと鼻で笑った。
「いつか殺しますが、まあ、この人数ならまだマシでしょうね……」
「……紅茶に毒でもいれればよかったな」
 立ち上がると、雲雀は新たにカップを取り出した。自分の分だ。綱吉は、琥珀色の液体が注がれるのを見つつ、恐る恐ると首を傾げる。
「と、ところで、何でいきなりお茶会をやるんですか」
「鈍感」即座に骸がうめく。カップに唇をつけながらだった。
 雲雀が綱吉を真似て首を傾げる。そうして言った。
「今日がそういう気分になりたくなる日だったから」


おわり




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