最後のみくじ
「…………」
その瞬間、綱吉は両目を丸くした。数秒を待たずに瞳の輪郭が萎み、目蓋が下がって考えごとをする。それも瞬きのような間だけだった。
「綱吉さん?」
「なに? 隼人」
獄寺隼人は、首にマフラーを巻いてニット帽子を被ってブラックジャンパーを着ていた。ニットには雪がこびり付く。隼人は細長い紙をヒラヒラさせた。
「どうでしたか。結果」
「いいんじゃないかな。おみくじって木に結ぶと願いが叶うんだっけ? これ、結んでいこうかなぁ」
「そうしましょうか」
「あ、でも大した結果じゃないから、別にいいんだけどね」
くしゃりとみくじを丸めて、口角で笑う。綱吉の両目は神社の周囲に集う人影を追っていた。隼人は慎重に質問する。
「大凶ですか? じゃあ交換しましょう!」
「なんで?」
「オレが大吉だからッス」
にかりと歯を見せて、綱吉の鼻先に突きつける。
綱吉は戸惑った。遠慮がちに後退る。ダッフルコートのポケットに自分のみくじを突っ込んだ。
「いいよ……。大事にしなよ。隼人のだろ」
「綱吉さんにあげたいンす。大事な時期ですからね」
胸を張り拳を握る。意外に迷信ごとを信じる男、獄寺隼人。彼の提案で、いつの間にか買出しが参拝に変わったのだったが。綱吉はいささか怨めしげに明日の部下を睨んだ。
「隼人が持っててよ。オレを……いやボンゴレの右腕だってなら持つべきだよ。マフィアなんて完璧にやれる自信ないんだもん」
「またまたー。ご謙遜を。綱吉さんなら、大丈夫です」
「皆、同じこと言うよね……」
フイと顔を反らして綱吉は道を戻る。獄寺隼人は息を切らして綱吉の前へと回り込んだ。
白い息が、二人の間を漂う。隼人が身ぶり手振りをつけて熱弁するので、綱吉の額に雪の飛沫が飛んだ。最後に隼人は再び大吉のみくじを突きつける。
「〜〜っちゅーわけで、やっぱりオレは綱吉さんこそ持つべきだと思うンス! どうぞ! オレの魂たっぷり入ってます!」
「……いや、隼人が持って」
「自慢じゃないですけどオレはいつも大吉みてーなもんですから」
期待を込めた眼差し。熱を込めて綱吉を真っ直ぐ目で射抜く。語る言葉は何かの告白のようなものだ。隼人は照れ臭そうに頬を赤くした。
「綱吉さんがついにイタリア行くんですよ……。嬉しいッスよ。オレの十代目が――、あっ、変な意味じゃねえっすけど! でもオレの憧れの人がついに舞台に上がる日がくるンです。大吉すぎて……。聞いてください。ぜってえ、昔のマフィア仲間に自慢してやりたいんです。綱吉さんのこと」
しばらく、ぽうっと夢見の眼差しで空を見つめる。曇った空からは雪が落ちる。綱吉は憂鬱に目を細めた。
「ドジは踏まないように頑張るよ、そのときは」
「まっさかぁそんな! ハハハハ」
遠い目をして大吉を押しのける。しかし隼人は笑顔でまた突きつける。
「いらない」
「どうぞっ!」
あーあ、とばかりに空に向けてのため息をした。綱吉は呆れた目をしてポケットを探る。くしゃくしゃになったおみくじを広げて見せた。
「……あ?」
「オレも大吉なワケ。だからいらない」
つんとして告げて、脇をすり抜ける。隼人は慌てた。
「綱吉さんっ? な、なんでですか」
「マフィアになるので人生大正解って言われてるみたいだからだよ」
「? いいことじゃないっスか。大吉なんかなくてもオレはそう思ってますよ」
「隼人は、昔っから一途だよね」
口の中だけでぽそりとうめいて、肩を竦めた。
(ボンゴレ十代目に必要なのは、そういう相棒なんだろうな)
目尻を柔らかくして綱吉は隼人を振り返った。付き合いは長いので、互いに深く信頼し合ってはいる。
「じゃ、最後の日本ってことでお汁粉でも食べようよ」
「……だ、大丈夫なんスか?!」
「なにが」
「その……。やっぱり、イタリアに行くの、本当は……」
「やばそうになったら隼人が支えてくれるだろ」
冗談めかして呟いて、相手が照れたのを見つめつつ綱吉はまた笑った。神社で参拝をする経験は、これが最後になるかもしれないと考えると、くしゃくしゃにした大吉は捨てることができなかった。
おわり
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