右と左の花冷え



両手に花という俗語がある。それを体現しているのは誰なのか見当が付かない。アイツは俺を花だと例え(正直言って気持ちが悪い)、彼女を蝶だと例える。
それならアンタは何だ? 尋ねると彼は薄く笑んだ。
「僕は君達を手折る者ですよ」
少々考えた後で俺は切り返す。
アンタ、ナルシスト? 真実味はありそうだ。六道骸は格好つけたように腕組みしたまま窓の外を見る。その横顔から目が離せなかった。
逢瀬に使うのは並盛町と黒曜町の境目に面したアパートだ。古びていて、目立たない。骸には似合わない場所だとも、似合う場所だとも思う。空気は淀んでいて辺りは湿っぽかった。
おざなり程度に揃えられた家具。椅子。腰かける気になれなくて玄関に立ったままでいた。骸の横顔から目が離せないでいた。
きれいだった。整った顔をして、物腰も優雅で線が細い。
醸し出す空気は女性的でもあったが彼は雄雄しさも備えていた。その特別な色を秘めたオッドアイに見つめられたら、大抵の少年少女はしばらく言葉を失うだろう。吸い込まれそうな色をして、奥の方で獣のような妖しさを隠している。魅力的だった。
骸は腕時計に目線を落とした。カチャリと、外して、ジャケットに手をかける。迷彩柄のTシャツ姿になると俺に向けて腕を伸ばした。
「直に来るでしょうね。……慣らしておきましょうよ」
好色な笑みが口角に昇る。クラッと来た。骸が素直に欲情を示すと、両腕と両足に糸が絡まったような気分になる。骸の望むままに手繰り寄せられて、また、悪夢を見るのだ。
骸はベッドに座って足を組む。彼の向かいに立つとネクタイが外された。紺色のネクタイに浅く口付けて、手の平を耳の上に潜り込ませてくる。頭蓋の形を確認するような、どこか危なげな手つきだった。ぞくぞくとする。
「綱吉くん。怯えないでください。可愛いあなたに酷いことはしない」
啄ばむように舌で頬を叩く。骸は愉しげに俺の両目を覗き込む。視線を絡めたままで口付けた、そのときだった。扉が開いて、雨の向こうから少女が飛び込んできた。
「ごめんなさい! 電車が止まっちゃったんです」
「クローム。いえ、使いを頼んだのは僕ですから気になさらず」
僅かに口を離して骸が告げる。
クローム髑髏は黒曜中の制服のままで室内にあがりこんだ。髪の毛は濡れている。
「傘は?」
「走るのに邪魔だった、から……」
面白がるように肩を揺らして骸は俺を膝の上に座らせる。
クロームには自分の隣を叩いた。
「ボス。おはよう」
にこりとしてクロームが座る。
「おはよう。大丈夫、なのか? 風邪引いたら――」
大変だよ。言いかけの言葉の喉でつっかえる。毛先からポタポタ水滴を落として、肩で息をするクローム髑髏は扇情的だった。骸に似た空気を抱く少女だ。片目は眼帯に覆われているが、その分、健全な左目に視線が向く。その左目は澄み渡っていて少女らしい色香があった。
「そう、風邪を引いたら大変ですよ」
骸の言葉でハッとする。
見れば視線がかち合った。頭に向かって全身の血が逆流する。
「ば、いやっ、ご、ごめっ。変なつもりじゃ!」
「僕は何もいってませんけど? ボンゴレがいやらしい目でクローム見てたとか全然」
「言ってンじゃないか思いきり!!」
両手をワナワナさせるのを見つめる目がある。クロームだ。少女は気にした風もなく唇を笑わせている。嬉しげに顔を寄せた。
「ボス。キスしていい?」
「え、クローム、ちゃっ、ん?」
目を丸くする内に軽く唇が吸い上げられる。クローム髑髏は悪戯っぽく、そのふくよかな唇を自らの指先で辿って見せた。
「さっき骸様とキスしてたから。わたしも」
「クローム、僕には嫉妬してくれないんですか?」
骸は小首を傾げる。拗ねた口調だったが声音は明るい。クロームは笑って骸にも軽く口付けた。
「ボスと骸様、どこまでいったの?」
彼女はこの関係に意外と乗り気なのだった。頬に熱が昇るのを感じる。腰を引かせるが、骸の膝の上だったので胸元に埋まりこむだけだった。腰の前にゆるりと両腕を回しながら、骸が後頭部に顔を埋めてくる。気だるげなため息が言葉と一緒に漏れた。
「キスだけですよ。君が来る前に綱吉くんの開発やっちゃおうかと思ったんですけどね。そういうところは、運が優れてますよね。タイミングがいい」
「そうなんですね。じゃあ。わたしがボスを抱いてる」
「ええっ? い、いいよ……。我慢できるから」
「抱きたいの」
無邪気に笑んで、クロームが頬に唇を押し付けてくる。さらにまた熱が昇る。頬も耳も熱くて堪らない。きっと腫れたみたいに赤くなってる。
クローム髑髏は類稀な美少女だ。その彼女に好意を向けられて悪い気なんかない。骸のこともそうだ。両手に花、と、そんな俗語は俺にも当て嵌まる。クロームは蝶のように両手を広げてベッドに寝そべった。骸は、花のように柔らかく微笑んで、少女の上に俺を寝かせる。うつ伏せになるとクロームの胸に顔が埋まった。
「ちょ、こ、この体勢はっ。色々問題が多くないかっ」
「なんで? ボスの顔がよく見えるよ」
枕を頭の後ろに移動させて、クロームが体勢を整えさせる。首筋にキスをしながら、骸が俺の背中に体を重ねた。片膝に体を挟んで、クロームに自重がかからないよう調整している。
「あう?!」
つう、と、指先で内股を擦られて震えが走る。骸とクロームが目尻で笑って目配せした。俺の背中に腕を回して、クロームが、固定……しに……。
「なっ、にか、毎回、何か変じゃないか……っっ」
「僕らのベクトルからすれば自然のことと思いますが。綱吉くん……。あんまり暴れるとクロームが苦しがりますよ。今日はどうして欲しいですか?」
「骸様。抑えてるから。この前に買った新しいのは?」
「ああ、玩具遊びも悪くない。しかしクロームは? 僕のかわいいクローム。そろそろ我慢したくないんじゃありませんか。綱吉くんが欲しい?」
「はいっ」
満面の笑みで俺を見上げる。
ギクッとする。可愛かった。酷く淫らで背徳的な関係だとはわかるけど、クロームが嬉しげに笑うと途端に俺は弱くなる。
「っづ……。アン、タ、何を考えてる……?」
心臓が痛いくらいに震えている。正直なところ、骸は怖かった。
何を考えているのかわからない。骸は俺を好きなようだがクロームも好きなようだ。それだけじゃない気がするけど、俺にはこの情事を説明するための他のピースが見つけられない。こうした秘め事を仕掛けてくるのは毎回のように六道骸その人だったが。
「特には何も。ただ君を見てると酷く疼く。綱吉くん」
至近距離で声がする。耳の裏に冷えたため息が吹き付けられた。
「じゃあたっぷり慣らしてあげましょうね。同じくらいたっぷり、泣いてくださいね……。その声が酷く下半身にくる。歌ってください。綱吉くん」
「む、くろ……」後ろから顎を掴まれて無理やりに振り向かされる。舌を絡め合いながら抵抗する気がますますなくなっていくのを感じた。普段にはない鬱々した眼差しで、でも真っ直ぐに見つめてくるオッドアイがある。手足から力が抜ける。そしてコイツが綺麗だとまた思う。
ぺろ、と、顎を舐められた。クロームだ。
「ふふ。両手に花みたい」
楽しげにクスクスとする。それを見下ろしながら、頷いた。骸も頷いたことが触れ合った唇の振動でわかる。


おわり




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