夏に花びらつけては散り舞う



「骸さま。きれいなものが見たい」
怖気づきながら少女がうめく。六道骸は黙り込んで無感情な眼差しを向けた。背筋を伸ばして三叉槍を握ったままの姿で、既に退学した中学校の制服で身を包んでいる。この点は少女も同じである。
少女、クローム髑髏は絨毯の上にへたりこんだまま呆然としていた。
「……すいません。ゴメンなさい。何でもありません」
恥じ入って顔を伏せる。骸はやはり無感情な目をして、窓の外を見た。つうっと伝って落ちていくのは真紅の縦線で、壁の一面を占拠した窓ガラスのあちこちにある。
ガラスは六道骸の足元で割れていた。骸の足元には人間の足が並んでいて、腰から上はビルの外に垂れて暴風に晒されている。骸は単にうめいた。
「ここが汚いとでも?」
「そんなつもりじゃありません……」
クロームは小さく首を振る。骸が三叉槍を振るうと赤い飛沫が飛び散った。
「僕についてきたことを後悔しますか。本音を言いましょうか。僕は嘘ばかりなので、これも嘘かもしれないですが言ってあげましょう。あなたにはあまり期待していない。大局で僕の代わりを務めるだけでいいんですよ」
また首を振る。クロームは下唇を食んで目尻を拭った。喉に詰まった声で叫ぶ。
「あたしは骸さまの力になりたい」
割れ窓から吹き込む。ジャケットをはためかせつつ、骸は死体を乗り越えた。ビルの最上階はフロアを四つに区切っただけで、一つ一つの部屋が広い造りになっている。その一室では十数の動かぬ男性が転がっていた。
「僕はいわゆる影の権力っていうのが嫌いです。僕に力を貸すならそれを敵にする。そしてクロームは僕の隠れ蓑になる……。優しいだけの人間は、いらないですよ」
「はい。努力します」
硬い声で告げる。クロームが膝を振るわせつつも立ち上がった。両手で三叉槍を支えにする。骸のものと対になった三叉槍だった。
「いい答えです。クロームは良い子だ」
にこりと微笑んで骸は顎を引いた。右手を死体の山へと向ける。
「ただの学生だった上、殺しの経験がまったくないあなたが最初から千種や犬と同じように働けるとは思っていません。そう気負わなくてもけっこうです」
「骸さま……」
安堵してクロームが吐息をつく。骸は笑みを深める。
「これはサービスですよ。今日のご褒美です」
六道骸は右に赤い瞳、左に青い瞳を持つ。右の瞳が軽く羽音を立てた。ヴゥンッという唸り声が辺りを暗くする。
「日本の桜は、死体の上に咲くという迷信があるそうですよ……。すてきですね」
槍を肩にかけてクロームは両手を天井に向けた。涙の滲んだ左目を丸くしている。クローム髑髏の右目は潰れている。クロームは、その右目を覆った眼帯も右にズラした。右の眼窩には眼球が残っており、視力も完全に失ったわけではない。ボンヤリした影程度ならば見える。
醜く爛れた右目が露出しても六道骸は微塵も動揺しなかった。
「美しいでしょう? きれいですか」
得意げに鼻を鳴らす。
死体の山から赤茶けた幹が伸びていた。歪に歪みながら天井まで伸びて、そこから枝分かれする。枝先には桜色の花がくっ付いていた。ハラハラと、桜によく似た花びらを落としていく。
「骸さま。はい。きれい」
「僕は、まだ日本の桜を見たことがないので、少々実際のものとは違っているでしょうが……」
花びらの一つを捕えてうめく。クロームは降りしきる花びらの中で首を振った。
「そんなことないです。あたしにとってはこの桜こそが本当の桜です。骸さま。骸さまの作る世界こそ、骸さまのいるところこそ、わたしの居場所なんです」
くす、と、上機嫌に含み笑って、六道骸は殺戮の上になる桜を見上げた。
「人殺しって楽しいでしょう?! クロームも、はやく心の底からそう思えるようになるといい」
ぎくりと肩を竦めたが、しかしクロームは苦しげに眉根を寄せるだけで口角を吊り上げた。
「はい。骸さま、桜、ありがとう」
「いいえ、大したことじゃありません」
くすくすとした笑いをそのままにして、六道骸は踵を返す。クロームも後に続く。殺戮者が去った後でも桜はしばらく舞い踊っていた。死者への弔いであるかの如く。


おわり




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