置いてく人に



 綱吉はすぐにどこかに行ってしまう。京子がそうした感想を抱くようになったのは数年前の話だった。丁度、兄の了平が煙突から落ちて大怪我をした日からずっと続く話だ。綱吉も兄もどこかに消えて、大怪我をして戻ってくる。リボーンだけは優しげな目をして、いつも、そっと京子を安全な場所に誘導してくれる。
  京子の両手にはデリンジャーが握られていた。手の平に収まる小型の拳銃で、元は京子のカバンの奥底に秘められていたものだ。リボーンに危ない目にあったら使えと渡された包みの中に入っていた。
「六道骸さん。あなたが始まりだったんですね」
  発声してみて、思ったよりも冷静だと京子は思う。デリンジャーの中に何発の弾丸が篭っているのか京子は知らない。既に二発発砲したのは知っている。
「わたし、やっちゃたのかな。リボーンちゃんは許してくれるのかな。ツナ君は今どこにいるのか知っているんですか? わたしにそれを教えれくれないですか。会いたいの。ツナ君は、時々とても怖い顔をするけど、ツナ君は、いつも、最後にはいつものツナ君に戻って笑ってくれるんです」
「彼なら許してもらえると?」
  苦しげにうめきつつ、六道骸がアスファルトに肘をつく。
  ぐ、と、足を曲げて立ち上がる。
  京子は涙を堪えたままで銃口を向けた。
「どうしてですか? わたしは……、よくわかりません。楽しかったはずの毎日が段々怖くなってきてることだけわかってます」
  目尻を拭ってデリンジャーを握る手に力をこめる。並盛制服を脱いで二年が経った。京子の周りにいる人々は変わらない。だけれど、皆が怖い顔をすることが多くなった。少しずつ何かがズレていくのだと京子は思う。これも、その一環だ。
「ツナ君のお友達なんだよね。やめてください……っ、ツナ君の弱点にはなりません!」
「沢田綱吉は君に何を話して?」
「知らないです! やめて! ツナ君とはもう半年も会ってないの!」
「僕もです。彼はイタリアに行った」
「!」
「君の監視を任されている。勘違いしてるみたいですが、襲撃者は僕じゃありません。沢田綱吉はマフィアの十代目だ……。その思い人たる君が狙われるのは自明の理。僕は少々オイタをしてまして。十代目の警護ではなく君の警護が生涯の仕事です」
  口角を伝っていた血を拭う。腹の傷を抑えながら骸が歩み寄る。全身を黒で武装した青年だった。京子はデリンジャーを慌てて引き上げた。骸は止まらない。
  ピタリと、止まったのは、骸が自ら銃口に額を押し付けたときだった。
  距離が近い。闇夜の中で六道骸の目は鈍く光る。
「…………? 目が」
「オッドアイと言います。君に姿を見られたのは失態でしたが、とにかく、ここから離脱します」
「六道骸さんはわたしの味方なの? ツナ君のお友達だったのね」
  物言いたげな光を宿したが、骸は無言のままで京子の腕を取った。けほっと小さく咳込んで、踵を返す。ビルの屋上だ。脱出するまで気が抜けない。
「ゴメンナサイ。痛むよね」
「僕は機会があればずっと君なんて死ねばいいと思い続けてきた。今も思う。礼は言わないで下さい」
  京子は絶句する。戸惑って骸を見上げたが、実際、青年の瞳には憎悪があった。反射的に京子は囁いていた。怯えが混じるが、それよりも悲哀が篭って京子自身にも痛みを与える。
「ツナ君とは、何もありません。ツナ君はいい人だった……。大好きだった。でも、もう会ってない。ツナ君は、またどこか遠くに。ツナ君、いつも優しくて時々すごい勇ましくて格好よくなった。最後に、わたしに好きだって言って、そのままどこかに消えちゃった」
  六道骸は硬直して恐怖に瞳を見開かせる。京子は首を振った。
「好きなんですか?」
「わかんない。ツナ君に会いたいのに。消えちゃった」
「……君は、置いていかれたことが憎いだけだ」複雑そうにうめく。
  京子はまた首を振る。六道骸は味方のようだとぼんやり理解したが、彼は自分を守るために綱吉が寄越した兵隊だと理解はできたが、
「ツナ君、やっぱり会いに来てくれないんだ」
  それが理解できると心臓がすくみ上がる。
「君より大事なものが出来たんですよ。ファミリーっていうのが」
  少しだけ得意そうな顔をしたが、しかしすぐにため息をつく。京子は骸の横顔を眺めた。この人は綱吉の友達ではないのだとようやく本当に理解できた。そして骸が自分の護衛につけられた理由にも思い至る。
  京子の頬に涙が伝うのを見て、骸が怪訝な顔をした。
「何でもないんです……。ただ、ツナ君、少し変わっちゃったのかなと思って」
「…………。さあね」
  コートの内側からボウガンをだして、骸は隣のビルとの間に綱を張ろうとする。涙はほんの一筋ですぐに乾いてしまった。


おわり




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