ヒミツの取り引き
「さて、じゃあ、恭弥くん。取引きはじめましょうか」
さらさらと指の間を滑る。その正体は砂のかけらだ。六道骸は邪悪に笑んで頬杖をついた。真っ赤な皮製のソファーに腰掛けて、向かいには、漆黒の皮製のソファーに腰掛ける少年がいる。
学生服の左腕には風紀委員長の腕章があった。雲雀恭弥は透かし見るような目付きをする。
「その前に。確認をするよ。これは本当にまがいものじゃない?」
「僕が信じられないっていうんですか? クフフ。それとも見分ける目もないか」
「おまえが信じられない。騙す気にしか見えない」
「見くびられたものですね。取引きの場でウソはつきませんよ」
「その時点で、もう、君は嘘をついたよう聞こえる。どうかな。化かしあいは好きじゃないけど。どうでもいいけど、おまえ、人徳なさすぎなんだよ」
さらり、と、砂を摘む。雲雀はまじまじと見つめた末に、舐めた。骸は肩をずるりとさせる。
「君は人間じゃないですね……。おいしいですか?」
「この配合は、まあ、間違いないかな。砂金、確かにいただいた」
「何してるか聞いてもよろしいの?」
「やめておけ。命が惜しいなら」
部屋の片隅で顔を向かい合わせる少年二人。それを遠巻きにしつつ、部屋の主が体育すわりをしていた。眉間を強く皺寄せて、参りきった顔をして窓の外を見ている。
「もう夜だよ。オレの部屋なんだけど。アブナイことはよして欲しいんだけど」
「ま、オレが使ってるから、それ用に改造してあるけどな」
「は、はぁっ?! オイッ、何ヒトが知らんあいだに!!」
「防音加工。防弾ガラス」
部屋のあちこちを指差しつつリボーンはどうでもよさそうだった。あくびをして、ハンモックから降りる。
「この部屋、うるさくて眠れねー。じゃあな」
「あっ、コラ! 待てよ……、オレもついてく」
枕を小脇にして綱吉も部屋を出た。が。その間際、視線を感じた気がした。超直感である。リボーンは立ち止まる綱吉には構わず階下に降りていく。
逡巡の末に綱吉は再び扉を押した。やはり自分の部屋である。あの二人を残していくのはいささか不安だ。
「…………。何してんだァ――!!!」
「くっ。最後の仕上げが!」
扉を開けて一秒、綱吉が絶叫する。その頭部に骸が飛び掛った。床に蹴り倒して、背中を踏みしめると腕を振るう。雲雀は床に膝をついてタンスを漁っていた。ポイポイと衣服を放り投げていく。
「あっ、ちょ?! 洋服ダンスっ……あ、あああ、誰が片付けると思ってんですか?!」
「君が」
律儀に返答しつつ、雲雀が黒目を輝かせた。
「オッケー。取引き成立! じゃあ、土地やるよ。並盛の一等地、特別に購入を許す」
「どうも。聞きました? これで、僕こっちに引っ越してこれますよー」
「そんな話だったの?!」
愕然とする綱吉の背中にはいまだ骸の足がある。
じたばたとする間に雲雀が布キレを懐に仕舞い込んだ。ニコニコとして綱吉を振り返る。ニコニコとしたまま、タンスの棚をごそっと一段取り外して振り被った。
「おっと危ない」「だああぁっ?!」
どすん!
当たる前に骸が避ける。綱吉も前に体を投げた。
「ひ、ヒトの部屋で何を――?! 勘弁しろよ! 迷惑だ!」
「六道に踏まれるのそんなに好き?!」
「だだだ誰もそんなこと言ってねええええ! ってそこぉ! 顔を赤らめるな!」
骸がそそっと片手を頬に添える。心底から鳥肌を立てて、綱吉が後退りした。扉が背中にあるが、これは、きっと逃げた方がえらいことになる。自分のプライバシーが。
「まさかオレの部屋を根こそぎ荒らす気じゃないでしょうね?!」
「そうしてもいいですけど。しましょうか?」
「す、る、な! ヒバリさん今なにを取りました?!」
フッとドス黒い笑みを浮かべて雲雀が首を振る。反射的に悲鳴を堪えて、どうにか骸を見たが、彼は首を振るだけだ。
「守秘義務がありますからぁ。破ってもいいんですけど引越し終わるまで待ってください」
ヒュッとまたタンスが一段飛んでくる。骸と綱吉が方々へと逃げた、のと同時に、
「テメーらうるせーぞ! 下まで響く!!」
寝巻き姿のリボーンが扉を蹴った。
だっと雲雀が窓の向こうに飛び込んだ。骸もすぐさまそれに、続く――、綱吉だけが逃げ遅れる。マシンガンの乱射を背中にしつつ、ベッドの裏側へと体を投げる。ご近所迷惑っ! と、叫んだ言葉すら掻き消された。
リボーンは、ぜえぜえとしつつ、自分のハンモックを睨み付けた。
「……ン。今度は、硝煙臭くて眠れるモンじゃねーな」
「おまえは何しに来たんだァ?!!」
思わず、がばりっと起き上がってツッコミする綱吉である。
後日談……と、いうほど日は空かない。その翌日に雲雀恭弥は晴やかな笑みを浮かべて近寄ってきた。近寄ってきただけ綱吉がダッシュで逃げるが、晴やかな笑みのまま同じ速度で追いかけてくる。やがて廊下の行き当たりにぶつかった。並盛中学校である。
「こういうのも似合うとずっと思ってたんだけどね」
言いにくそうにしつつ、雲雀は懐から下着を取り出した。
「…………?!」
綱吉は言葉を失う。トンファーを顔の横に突き立てられて(そのショックで逃亡を諦めたわけだが)、リンチすら覚悟していたが。
雲雀恭弥は二枚のトランクスを手にしていた。
「こっちが先日失敬したやつね。ハート柄。で、こっちが、これを元にして僕が縫ったやつ。通気性のいい素材を使ったし、柄もこだわってみたつもりなんだけど」
「ひ、ヒバリさ……ん? え? うさぎ?」
「君のイメージ」
照れ臭そうにもじもじとしつつ、雲雀がうつむく。
綱吉が絶句した。本気で反応に困ったのだった。下着を押し付けて、ハート柄の方の下着は懐に仕舞いなおして、雲雀はそそくさと道を引き返す。トンファーも一瞬で引き抜いた。壁には数センチの深さを持つ窪みが残った。
下着にはウサギの刺繍が施されていた。丁寧で、かわいい。ミシンで自動製法したのではなくお手製だとすぐわかる。個体の表情が違うし、そのうちの一羽は綱吉を模したようにツンツンの髪の毛を生やしている。
「そ、そんな趣味があったんだね……」
遅れて感想をこぼす。風紀委員長の背中を眺めていた。開けっ放しの窓から風が吹いて、ひゅうひゅうと埃を巻き上げる。シャツをはためかせながら去る後ろ姿はワイルドで格好いい。綱吉は、しばらくポカンとして眺めていたが、ハッとした。
「下着ドロボォ――!!!」
「まったく。変態ですね」
「だわぁ?!」
窓に足をかけて身を乗り出しつつ、六道骸。綱吉は怒って彼を指差した。
「アンタも同罪だろ?! 幇助罪! 下着ドロボー幇助罪!!」
「ほうじょざいなんて難しい言葉よく知ってましたね〜。ところで、その下着、僕にくれませんか? 東京湾に沈めてこようと思うんですけど。ついでに写真撮って恭弥くんに送」
「オレが殺されるわぁあああ!!!」
再び廊下を走り出しつつ、綱吉は下着を懐に仕舞い込んだ。喜んで自分のものにするわけではない、が、下着を抱えたまま走り回る中学生ってどんなものか。前途多難である。
追記するなら、綱吉が逃げた方向は雲雀が去った方向と同じである。校舎が戦場になる五分前でもあった。
おわり
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