特訓中

 



「沢田、そんなこともできないわけ?」
 尖り声をだして、ヒバリは足を組み直した。その両手では黒い帳簿を開いている。風が吹く度にページがパラパラとめくれていた。ハナから読む気がないものを手にしつつ、ヒバリは細かに批判を加えていく。
「動きが鈍いね。もっと早く。やる気、あんの? 大胆に走ってよ。大丈夫、怪我はしないしない。自分の限界を感じた後が勝負だよ。限界がなかったら壁ができないだろ。はい、文句はなし」
 綱吉が汗だくになってタイヤを引っぱっていた。五周終えたところで、パタリと倒れる。
「…………。十秒で起きなかったら、」
 ようやく帳簿を閉じて、ヒバリは考えるように明後日を眺めた。
 休日の夕暮れ時だ。沢田綱吉を呼び出して、トレーニングを指導している真っ最中である。この後の予定があるので夜まではかけたくなかった。視線を戻して、体操服のままでゼッゼッと全身で呼吸する少年に人差し指を突きつける。
「僕と一緒にジムに行く。マッチョにしてあげるよ」
「あ、あああ、死ぬ……」
 よろめきつつも綱吉が膝に手をついた。
 体操服が汗でビッショリ濡れてシャツを体に貼り付ける。くっきりとラインが見えて、下着が浮かんでいた。短パンの裾も砂で汚れている。
「ひ、ばりさぁん。勘弁してください……、お、おれ、風紀委員にはならないって――!」
「キミを鍛えろって赤ん坊から言われてるからね。はい、風紀委員用の特別メニューはまだあるよ。早く終わんないと僕の時間になるからね。ジムに連れてったら多分君は運動のし過ぎで筋を痛めるだろーけど連れて行くよ」
「手段と目的が入れ替わってませんか――?!」
 タイヤを引き摺り、グラウンドを走りつつ綱吉が絶叫する。
 ふん。鼻腔でため息をついただけで、ヒバリは相手にしなかった。
「あと二週。痛めたら僕が看病してやるよ」
「いやぁあああ?!」
 筋肉の悲鳴を聞きつつ、綱吉は走りつづけた。
「あんま叫ぶと余計に体力消耗するからね。一緒に肺も鍛えたいっていうなら、好きにしていいけど」
 帳簿の裏表を無意味に確認しつつ、ヒバリが言う。ヒバリはリボーンに買収されていた。


おわり

>>もどる