暁に限る
(あれ? 意外と僕って)
トンファーを畳んでシャツの下に捻じ込む。ベルトの下に潜らせて隠すのだが、動きが速いためにほとんどの人間には手品に見えるようだった。見破ったのは家庭教師ヒットマンのリボーンと六道骸だったか。
雲雀恭弥は困惑して少年を見つめ返した。
「ありがとうございます。雲雀さん!」
両目をキラキラさせて頭を下げてくる。沢田綱吉の名前と顔を雲雀は知っていた。それくらいのリサーチを済ませておく周到さは持ち合わせている。
「別に。邪魔だっただけ」
「それだけでココまで?! こえっ……ああー、あー、ありがとうございます! 助かりました!」
一瞬だけ笑顔を引き攣らせたが、綱吉は雲雀に平伏する。風紀委員長はベストを着込んだ並盛中の制服姿で不良の屍を踏みつけていた。
礼を告げて、慌てて逃げ去っていく背中を見つつ、雲雀は小さく吐息をついた。ガラにもなくため息のようになる。
(おかしい……。意外と)
本当に謎で厄介だった。雲雀恭弥は仏頂面になって雑踏に消える背中を睨む。
(いい人に思われてる。心外だ)
人だかりができていた。慄く彼らの視線を浴びるのは雲雀の密かな楽しみだ。その楽しみに一抹の狂いが混じっていることを周到に嗅ぎつけて、動物のように些細な変化を嗅ぎ分けてみせて、雲雀は不機嫌に囁いた。
「シメちゃおうかな」
(風紀委員をナメてもらっちゃ困るんだよね)
背中が見えなくなる。雲雀恭弥は踵を返す。それから、数日のうちに雲雀は思い直すことになる。
切欠は、またもや些細なものだった。
沢田綱吉と遭遇しただけだった。聞いただけだった。
「それがさ、助けてくれたの雲雀さんなんだって! なぁ? スゴいよな、一瞬でズバっとしてさ」
ゴロりと横になって屋上で寝ていた途中だ。雲雀は空に向かいあったままで眼を丸くする。
雲雀は給水塔の上にいた。
声は下からする。屋上でお昼にしているらしかった。
「ツナ、お前よく無事だったな。一緒にノメされんかったのか?」
野球部員の少年は快活に、しかし不安げに尋ねる。
「いや〜〜……、だからさっさと逃げたんだけどさ。でもあの時は後光差してる感じで。テレビの登場人物みたいに格好よかったんだって! 決めセリフも決まってたし」
「あ〜、当てられっそう。咬み殺すヨ、だろ」
「そうそう! 風紀の乱れをなんとかとか、よく耳に入らなかったんだけど格好いいのだけはしっかりわかった。やっぱり雲雀さんあっての並盛だよ!」
「まぁとんだ暴力ヤローだけど実質そのおかげでウチは平和だもんなぁ」
ケラケラと笑い飛ばして、山本武は異なる話題を切り出した。そこから先は雲雀の耳に入っていなかった。
そろりと置きだして、校内へと戻る。応接室に入ると、風紀委員長の少年が驚いた。
「委員長? どうしたんですか。顔が白いッスよ」
「…………。いや。草壁、出て行け」
「ハッ?」
「いいから。それは財務処理? 僕がやる」
副委員長から帳簿を取り上げて、半ば尻を蹴るようにして副委員長を追いやる。彼が去ると独りきりになる。雲雀は扉を前にへなへなと膝を折った。
「び、びっくりしたじゃないか……」
腹の底から搾ったような声しかでない。それにもまた驚いて雲雀は固唾を呑んだ。今更になって心拍があがって喉につまるものがある。
(そう見えるのかな? 初めて聞いた。あんなこと)
頬に熱が昇るのを感じつつ、しかし首を振る。風紀委員長であり、雲雀恭弥だ。冷静を装って帳簿をめくり、指先が震えていることにまたギクリとして、雲雀はソファーに腰を沈める。深呼吸の後で帳簿の処理に着手した。
「ああ。雲雀だけど。君にいえば楽かと思って。沢田綱吉のコトで何か面倒が起きたら、僕にいってくれていいよ。多少はどうにかしてあげる」
さらに溜めていた帳簿も全て処理して、その頃には夕暮れが空を覆っていたが、雲雀は深呼吸して携帯電話に手をかけたわけだ。受話器の向こう側が絶句する。
『……ア? なに? もう一回』
「沢田綱吉のことで問題起きたら僕に相談していいよ」
『なんでだ?』
「いいよっていってンだよ」
相手は黙り込む。利得の算段が行われている、と、直感して雲雀は駄目押しを言った。
「並盛にいる限り最強のサポートだと思うけど?」
『ン。おっけぇ。何か知らんが了解したぜ。ヒバリ、テメーもなかなか気が利く男じゃねーか』
「どうも。赤ん坊は相変わらずイイ声してるね」
返しつつ雲雀は夕暮れを見遣る。窓から入って、ソファーの足元を朱色に照らしている。
(さっきのが嬉しかったな)
携帯電話を胸ポケットに押し込みつつ雲雀は欠伸をした。経緯はどうあれ、昼寝の邪魔をされたツケが今ごろやってきたようだった。
おわり
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