朝焼けサービス

 


雲雀恭弥は独りで横断歩道を横切った。信号機は赤いライトを点灯させている。車はない。辺りは早朝特有の青い空気で満たされていた。
けっこうサービス精神あるもんだな。
思いつつ、雲雀は手を離した。
頭部からダラダラ出血している浮浪者は、首を右に折ったまま身動きしない。私立病院のフェンスの前に置き去りにすると踵を返した。
並盛風紀委員長、雲雀恭弥。深夜のパトロールついでの善行であったが、翌日に流れた噂は彼の真意に反するものだった。午後になって沢田家を訪れて、リボーンの教え子である沢田綱吉は青褪めて後退りをする。それを前にして、雲雀は噂の残した傷痕を悟るのだった。
玄関の扉を開けての第一声が、
「うぎゃあ?!」
だった。雲雀は仏頂面でうめく。
「たまには玄関から入ってやろうと思ったらコレか。ばからしい」
「ひ、ヒバリさ……ん。お茶、もってきます」
  勝手に階段を昇りつつ、雲雀は横目で沢田を見下ろした。
「お構いなく」
「…………。怒ってます?」
「ばっからしい」
沢田綱吉の寝室に家庭教師はいた。隅で胡座を掻いて、扇風機の前に陣取っていた。雲雀に気が付いて黒目をぱちぱち瞬かせる。
「よう。暴れたらしいな」
「耳がはやいね。どんな内容を知ってるのさ」
「オマエがご老人を助けたってヤツだ」
「……いい情報屋だね」
ニッコリと誰にも見せたことがないような笑顔を浮かべる雲雀恭弥。ほんの一瞬のことだ。掻き消した直後、沢田が盆を持って入ってきた。
「ヒバリさん、今、冷房が壊れてて……」
沢田は盆を手にしたままで目を丸くした。リボーンが鼻歌混じりに扇風機の首振り機能をオンにしたからだ。
「お、おまっ。何してんだ?!」
「何いってんだ。冷房が壊れてんだゾ」
「オレがいくら言っても独りで占領してたヤツのセリフか?!」
愕然としつつ、床に座り込む。早くも沢田の額から汗が流れた。半袖のシャツの上、分厚い生地のガクランを羽織っているので雲雀のこめかみからも汗が流れ出す。沢田は慌てて氷の浮かんだコップを差し出した。
無言で受け取り、飲乾してから沢田を睨み付けた。
「どういう噂を聞いてる?」
「え?」
「今朝だよ。君も聞いたんだろ」
沢田は視線で助けを求めた。茶色く丸い瞳で家庭教師の横顔を探る。彼は、素知らぬ顔でコップを持った。フチを舐め、涼を楽しむ。
沢田は観念した。雲雀がじろじろ睨んでくる。
「ヒバリさんが、おじいさんをボコボコにして病院送りにしたって……」
「僕は誰にも容赦しないけど、独りで公園でボウッとしてるヤツを襲うほどエモノには困ってない。僕をただの害獣だとでも思ってンの? はい、赤ん坊」
人差し指でビシッと差されて、リボーンは気を悪くした様子もなく冷えたコップを頬に押し当てた。上の空で呟く。
「真夏の部下はセミなんだか、ミンミン鳴いてるあれな。そのセミによるとヒバリは」
「僕はどうしたと思う?」
「ええええっ?! そこでオレに振るんですか?!」
沢田の驚愕と雲雀のニヤ笑いに呆れて、リボーンはアッサリと回答を告げた。暑さで茹だった頭には悪戯に付き合う余裕が無い様子だ。
「ガキに狩られてたオジイサンを助けたんだゾ。病院にまで運んじまって、人助けだな。どういう風の吹き回しか知らないが」
「サービス精神だよ」
自慢げにうめいて、雲雀は沢田の頬に人差し指を当てた。ぐりぐりと中に向けて埋め込む。
「意外と信用されてないんだね。信用してもらおうなんざ思っちゃないけど、ムカつくな」
「む、矛盾してないッスかヒバリさん!」
「そうかな?」
頬をぐりんぐりんと弄りつつ、雲雀は退屈そうに目を細めた。
「そろそろ、僕は君の最強モードってやつに……コゴト? 手合わせしたいな。暑いし、暴れたくなるよ」
「あ、だから深夜にエモノ求めてうろうろしてたってオチですかヒバリさん……」
「殴るとスッキリするんだよ」
額から垂れた汗を拭う。その仕草にも雲雀の不機嫌さが表われて乱暴だった。
沢田がギクリとして雲雀との距離を空ける。雲雀は眉根を寄せる。あ、あああ、と、一呼吸置いて理解した。
別に今すぐ君を殴りたいなんて言ってないのに。
思いつつ、しかし訂正する気も起きず、雲雀は沢田のベッドに横になった。壊れたとかいう冷房機を見上げて、携帯電話を取り出す。どこに電話をすればいいのか考えはじめた直後、うめくのが聞こえた。
「なんか、居着く気ですね……。ヒバリさん」
「お茶のおかわりよろしく。蒸し死ぬ」
沢田は、複雑そうに眉根を寄せつつも頷いた。怖じけた様子で付け足す。
「噂のことですけど。明日、みんなに誤解だって言った方がいいんじゃないですか……」
「…………」
雲雀はわざと聞こえない振りをした。
彼が去った後で、うめく。
「そうかな?」
笑みが口角に浮かんだ。これだから、たまに、ココに遊びに来たくなる。


 

おわり





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