観るもの観られるもの


「命を削ってでも戦うなど愚かだと思いません?」
六道骸は唐突に呟いた。ソファーに片膝を立てて、その膝頭を自分の胸に寄せている。ころ、と、少し背もたれにもたれながらだ。顰め面で少年は首を振る。質問に答えたつもりではない。古びた投影機がジジジと音をたてる。壁に映し出されたフィルムは、その中身で登場人物達が銃器片手に敵と戦いつづけていた。最高潮だ。砦を守りつづけられるか、否か。
「黙れよ、骸」
「いいんですか? そんな刺激的な言葉を僕に投げつけて」
比較的どうでもよさそうに応えつつ、骸は退屈に目を細める。
「僕は命を削ってでも戦うのは愚かだとは思いませんよ」
「……あ? ああ? そうか」
先程の言い出しから、てっきり逆だと思っていたので綱吉は面食らう。骸はしてやったりといいたげにクスクスと肩を揺らした。そのオッドアイはフィルムのブレを見つめる。内容なんか見ていない。
「例えばですよ……。今、フィルムの中で死にそうな奴らが抗っているではないですか。しかし君だってそういう立場にいるとする。いえ、いるんですけどね。そう、だから、例えばです」
「おまえ、黙れっての」
苛立って、綱吉。両目を窄めて前のめりになる。
骸との妙な関係が一つの山場を乗り越えて、気付けば彼の根城に連れ込まれることも多くなったが、馴れはじめて来た頃合だ。沢田綱吉は六道骸に新たな認識を加えていた。サディストマゾヒスト変態嗜好アブノーマルたまに本気で会話が通じないさらに電波オカルト心霊現象幻覚現象何でもござれな厄介者だが、それが実際に表面に出ていないときは、六道骸ほど使いやすくて察しがよくて邪魔にならない男はいない。
綱吉は、大抵、リボーンにこき使われランボ達の面倒に追われている。自らの体を労わるどころではない。骸は、それを望んでやってくれて自分の快楽の次には綱吉の快楽を優先してくれる。要するに、綱吉にとっては母親の次に自分の我侭を望んで許容してくれる相手なのだった。
その認識が固まれば綱吉は骸の抱える問題点には妥協した。……筈だ。今とて、廃墟の探検中に見つけた投影機とフィルムを補うのは骸の幻覚だ。
「例えば……」意味ありげにオッドアイが綱吉を見る。
綱吉は引き攣った。超直感だ。
「言うな! よくわからんが言うな!」
「君のハイパーモードが何を燃料として燃えているか……」
「?!」
「こんな噂話を知っていますか。ボンゴレって短命らしいですよ。ヒロイックファンタジーなんかでよくありますよねえ。主人公が、実は……、そして最後に人民を救うために自らが犠牲に」
両手を合わせて黙祷を気取ってみる骸である。
「…………っっ! おまえ、嫌なこというなよな!」
ドドドッ。壁に映るフィルムから大爆発が起きる。しかし綱吉はもはや骸に気を取られて見てなどいなかった。骸は両足を伸ばしてソファーに踏ん反り返る。興味を引けて満足したのだった。
「そーですか? 警告してあげてるとは思いませんかね」
「! ……余計にイヤなことを付け足すな!」
「くふふっ」
綱吉は視線を画面へと逃がす。悔しげに奥歯を食んでいた。
「……っあ?! 隊長さん死んでるじゃないか?!」
「巻き戻せませんよ」
「このやろー!」
サディストさながらの笑みを浮かべて骸がくつくつとする。
けれど、スタッフロールが終わる頃に囁いた。上映中、ほとんどずっと横目で綱吉を窺いつづけているようなものだった。今日は強引に及ぶのよりも、相手から求められるとか、許しを与えてくれるとか、そうした生ぬるい情愛を欲しがる気分らしい。
「例えばっていってるじゃないですか。そんな、わかりやすくショック受けないでくださいよ。大丈夫ですよ……」
首筋に指先が触れる。綱吉は動かない。その両眼は意固地になって何も映し出されない壁を睨んでいた。骸の幻覚は解けて、ソファーの後方には半壊した投影機と千切れたフィルムがあるだけの筈だった。
「根拠を込めて、言ってるんですよ? 命を削って戦うのを愚かだとは思わないっていった。例えばの話、それが真実ならば君に幻覚をかけてあげますよ。永遠に死なない幻覚をあげればいい」
「……それは、呪いっていわないか」
仏頂面のままで骸の手を叩く。骸は不満げだ。
「最高の愛の言葉じゃないですか。ずっと一緒にいましょうねって言ってるのに」
六道骸が自覚ナシか自覚アリかで抱え込んでる数々の問題点には妥協する。それは綱吉も納得した。だがまだ何かの危機を覚えるのだった。まだ……、まだ、キスと写真と自分の体で済んでる内にどうにかこの男を追い払うなり逃げるなり何なりすべきではないのか。追い払うのも逃げるのも、手遅れだとはわかっていたが。
その内、何かのきっかけで思いつめて、
「君を殺して僕も死ぬ」
……とか、いうんじゃないかと危惧するわけだが。
脱がされかけたシャツを抑え真っ青のまま逃げようとした綱吉の腕を引き止めつつ、骸はけらけらした明るい笑い声をたてた。
「そういわないだけマシでしょう? いっしょに生きましょうって堅実的なこと言ってるのに……。堅実的な男は嫌いですか」
「おまっ! 自分がそうだと思ってるなら大間違いだよ! 鏡見ろ!」
「うーん顔のよい男性が映るだけですね」
骸は人差し指で顎を抑えたまま瞑目する。
「指摘させていただくと性格の悪さは鏡に映りませんよ。僕は実態のない霧ですからね」
「うぐっ?! と、とにかく、この手をっ、放せよ! もーここにはこない!」
「ほーう」
「あああ?! 冗談だけどな?!」
手首の骨が軋む感覚に綱吉が仰け反る。それをスキとみて、ずるずる引き摺られていた。六道骸は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「でも僕はウソをいったつもりはない。もしものときは人生共にしましょうね」
「〜〜〜〜っっ、縁起でもない!」
甘えるように首筋に鼻を埋められて、綱吉は歯噛みした。まだ……、まだ、完全に六道骸との関係を納得したわけではないっ、と、妥協はしたが、特にこういう関係なのを納得したわけではないっ。と、言い聞かせつつ、頭を撫でてみる。
反応はないが、骸の場合はそれが本当に満足したときの態度らしかった。わかりにくい態度である。

 


おわり




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