祝うもの祝われるもの


 家の前で美少女が自分を待っていた。沢田綱吉は以前に彼女からキスを(頬にだが)贈られているので、彼女を見ると少し意識してしまう。いそいそと駆け寄ると、美少女クローム髑髏は小首を傾げた。
「ボス。パンツちょうだい」
一挙に温度が下がる。綱吉はクロームの肩を掴んだ。
「む、く、ろ、さあああん!! 何してんだアンタ!!」
「……ボス。痛い」
「クロームさんのフリすんな! 悪質だな?! 何だよ一体――、今度の用件は何だ! もうおまえとの鬼ごっこも映画館もゴメンなんだからな!」
「…………。ボス。痛い」
がくがくと揺さぶられながら美少女がうめく。と、唐突にブッ倒れたので、綱吉は悲鳴をあげた。慌ててリビングに連れて行くと、美少女はむくりと体を起こす。黒曜中の女子制服というのは、そろいもそろってミニスカなのか。艶かしく太腿が覗いて、綱吉はドキリとして後退りした。室内には奈々もいないしリボーンもいない。窓の向こうはカラッと晴れていた。
「よかった。どう言っていいのか、わからなくて。私は本物のクロームだよ」
「く、クロームさん……なんだ? なんでウチに?」
尋ねてから、ハッとする。
「……なんでオレの下着?!」
クローム髑髏は部屋の中を見渡す。やがて、台所を見つめた。
「じゃあ、ボス。クッキー作ろう。作り方は教えるから、まかせて」
「しししし質問に答えてないよ――?!」

…と、いうことがあった翌日だったので、綱吉は校門の前で待ち伏せする黒曜中の少年に目を丸くした。記憶を辿るなら、城島犬である。骸の配下の一人で、呂律の回らない喋り方が独特だ。
「お。ウサちゃん、こっちこっち!」
もしかしなくてもウサちゃんってオレですか。白眼視しながらも歩み寄る。
「やったー、ゲットゲット! じゃあ、行くびょん」
「ん……? えーと、犬さん? どこに? というかなぜここに?」
「うっわ! ウゼー! 質問だらけでウゼー! いいからこいよ!」
「うぎゃあああ――?!」
引き摺られて暴れるが、並盛生は揃って目を反らした。知らないフリだ。そうして拉致されて、解放されたのは二時間後である。犬はカード選びだといってあちこちの小売店に綱吉を連れ込んだ。
「まじめに選べよ! ぶっ殺すぞ? ……お? これなんかいいんじゃねーれす? パイナップル型のカード」
「?! け、犬さんがそれでいいって思うならいいんじゃ――」
「ばっぁーか! オレがいいって思ってもしょーもれーらろが!」
始終そんなノリだった。ヘトヘトになりつつ夕日に背中を炙られて帰宅路を行く。
……オレは何かしたっけ? と、家の前に佇む少年を前に自問した。柿元千種は、ポケットに両手を突っ込んで背中を丸めていた。壁の方を眺めていたが、綱吉に気がつくと顎だけで頷く。
「……行こう」
綱吉の横を通り過ぎていく。
「ど、どこに?」
ほとんどお義理で質問して、綱吉は口角を引き攣らせた。
千種は眼鏡の奥の瞳を窄めてみせる。ポケットから手をだすと、ヨーヨーが握られていた。
「壊してつれていったらめんどい。来ないのか」
「い、いや。疲れてるんだけど」
「来ないのか」
ほろり、目尻が光る。
結局、またよくわからないデジタルカメラ選びに二時間も付き合わされた。綱吉の出番はたった一回だった。どの色がいい? と、それだけ尋ねる為に連れて行かれたらしい。

夜、ベッドに倒れこみつつ綱吉は両手両足を伸ばした。天井は低い。
「ぬあー! 何なんだ昨日といい今日といい!」風呂上がりだ。その嘆きとほぼ同時に、ガラリと窓が開いた。素早い。侵入者は三人。彼らと彼女は、慌てて壁に背中を押し付け引き攣る綱吉を静かに覗き込んだ。
「ボス。私たちと一緒に来て」
「なんらよー。みんな、似たようなこと考えてんじゃんか」
「……誰の目から見ても明らかなら、話がはやい」
「ハ?! い、いや――、つーか……う、うわあああ!」
クロームが縄を出した。犬が素早くその縄の端を綱吉の体に巻きつけて、千種が体を押さえつける。あっという間にグルグル巻きにされた。犬の肩に担がれながら綱吉が絶叫する。昨日、今日、両日分の鬱積を篭めた絶叫になった。
「何なんだおまえらはぁあああああ!!」

 

 

エストラーネオの子供たちは自分の誕生日を知らない。
ふつう、そういうのは周囲に居る大人達が覚えていて、教えてくれるものだ。だが、誰も教えてくれなかったので、現在の彼らは自分の生まれた日も自分の正確な年齢も知らなかった。とりあえず、六道骸は柿元千種や城嶋犬よりも年上だろうと適当に結論付けてある。それには何の根拠も無い。彼らの上下関係を写し鏡のように反映させただけだ。
そんな事情でイベント好きの六道骸も誕生日ネタにはノータッチだった。彼らの中に新風を入れたのはクローム髑髏である。
彼女はエストラーネオの子供ではないので、自分の誕生日も正確な年齢も知っていた。復讐者の手から解放されて、黒曜ヘルシーランドに潜伏を続けて一ヶ月になる。
「骸さま、お祝いしよう! 誕生パーティ!」
「パーティですか。いいですね」
犬と千種は骸はパーティという単語にだけ反応しているなと直感する。が。何はともあれ、星座表を見せられて六道骸は双子座を所望した。
「これがいいですね。人には常に二面性がある。……先輩には逃げられましたが、僕はこれまで通り表に立つつもりはない。今は、クロームが僕の代行でもありますしね。僕は常に二人いる内の陰になる方だ」
じゃあどの日にしよう。配下の三人は日付をチェックした。5月22日から、6月22日まで。彼らと彼女は顔をあげないままで意思の疎通を感じていた。
「……この日だな」
「この日だね」
「この日れすね」
「クフフ。じゃあ、その日で」
三人が指差した日付を見て、骸は愉快な様子だった。くつくつと含み笑う。
「三人とも、そんなに僕が好きですか?」クロームが即座に返事をする。照れていた。犬も遅れて頷く。千種は無言で俯く。骸はその意味を知っている。千種が否定しない時は、肯定している時だ。
「…………」くすり、オッドアイを陰鬱に曇らせて骸が笑みを深める。
ただ、近くにあったクローム髑髏の頭を撫でた。
何はともあれ、これで決まりだ。あと一週間で誕生日プレゼントを用意せねばならない。

 

廃墟と化した映画館、二人の少年は互いを見詰め合ったままで硬直していた。黒曜ヘルシーランドの三階、壇上で片方の少年が片方の少年の膝の上でいる。青色がかった黒髪にオッドアイの方がジッともう一人の体を眺めていた。
「む、むううっ……」涙交じりで彼は首を振る。
両手両足は縛られて白袋の中に横たわりつつ悶えていた。クローム髑髏と城嶋犬、柿元千種は誕生会を終えるとでていった。骸の膝の上にこれが最後のプレゼントです、と、放っていって、六道骸は素直に誰もいなくなった後でその紐を解いたのだ。
中に沢田綱吉が詰まっていることは気がついていた。
誕生会が始まる前から。ソファーの裏手で袋がモゴモゴしていれば気になるし、気配を探ることも容易いのですぐにわかったがクローム達の前なので知らないフリをしたに過ぎない。
「沢田綱吉……」
ただ、この格好は予想外だ。目を丸くする。
間を置いて、骸はさらに袋を脱がせた。肩が露わになる。
素っ裸の体をレース付きのピンクリボンで拘束した格好だ。骸は少し頬を赤らめた。両目を細めて、いそいそと綱吉の頭を袋の中に押し込める。
「んふ――――っっ!!」
「いただきます」
「むぶ―――――――っっ?!!」
自分の体の下に敷いて、両手を合わせたままで骸がうめく。
「これはケーキのあとですけどデザートになるんでしょうかね」
彼は今まで一度も口にしなかった最後の言葉を告げた。まだ、キスや写真だけでどうにか済んでいる内に追い払えると思っていた綱吉には死刑宣告に等しかった。
「この胸の高鳴り……、きっとそうなんでしょうね。初めて会った時から君が好きでした」
「むううう! むぅふぁふぁふぇふ!!」
間違ってる! と、思うが声が出ない。骸はにこにことしてリボンで縛められたままの唇を舐めた。騒がれると面倒なので、とりあえず、ここはこのままでコトを済ませるつもりだ。
「一回、既成事実作ってしまえばこっちのものですよね」
明後日を眺めつつオッドアイをキラキラさせる。袋がばたばたともんどりうっていた。
「むふ――――!!!」
「クフフフ。何いってるかわかりません」
すう、と、リボンの交差した胸元を撫でる。しかし、そこで気がついたように骸は両目を瞬かせた。もう何度も言われたし、クロームや犬や千種も言ってくれた。言ってくれないのはこの少年だけだろう。
「……本当に6月9日に生まれたような気分になってきますね」
小さく呟く。こんな場面なので絶対に言ってくれない、と、思うので骸は朗らかに笑んだ。
「ハッピーバースデー、六道骸!」
「むふぁふぇ――――っっ!!」
待てこのやろう!! 叫び声はリボンに吸い込まれていった、とか、なんとか。

 


おわり




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