追うもの逃げるもの


だぁんっ!
雷が落ちる。幻覚だと見破れたところで無意味だった。
(ゲームでいうところのレベル20勇者とラスボスでバトルって感じじゃんか?!)
半泣きで雨で滑るアスファルトを駆け抜ける。実際、六道骸は一度自分が完勝した相手だが、あれから設定が付け足されて…違った、知らない間にパワーアップして幻覚を現実にする能力を手に入れた。はっきりいって、最強だと思う綱吉である。
「ほらほら! 丸焦げにしちゃいますよ!」
「お、まっ、げほっ」
叫ぶと雨が口に入る。
綱吉は死ぬ気の炎を両手と額につけていた。
ただ、雨で分が悪い。イクスグローグを握り締めてもかつての力が発揮できない気がした。いや。そもそも、これもおかしいのだ。ハイパーモードになっているけど、理由がない。小言弾も受けていないし、そんなに死ぬ気で戦おうとも思っていない。
意味することは一つ。骸にやられたということ。
このハイパーモード状態も骸の作った幻覚なのだ。何だよ応用すればマジ最悪最強じゃん戦闘能力がインフレしすぎと胸中で阿鼻叫喚しつつ、拳をぶつけ合う。炎が弾けて勢いを増した。
「くふっ。どこまでも僕のてのひらで踊ってもらいましょうか」
たたらを踏んで減速しつつも、黒曜中学の学生が三叉槍を振り被る。
きっかけは些細にして根深かった。綱吉は経緯を知らないが、復讐者のもとから骸が帰ってきた。霧の守護者をクローム髑髏と兼任することになった。まぁそれはいいが。ただ実際に、初めて、偶然に二人きりになると彼は態度を変えた。
たまたまそれは綱吉の部屋だった。彼は首に下げた霧のリングを出した。
『これ、返したいんですけど、どれだけ酷いやり方で君に返せば受け取ってくれますか?
『オレに言われても……。リボーンに……。ていうか、ボンゴレ九代目かウチの父さんに……。でも、なんで、前に「酷い」ってのがついてるんだよ?
『それは、僕が君に酷いことをしたいから
そちらを伝えるのが本題だったようだった。
以来、思い出した頃にふって沸いてでて、追い掛け回してきて痛い目を見せて、たまに、まるで恋人にでもするかのように可愛がって甘えさせて、一人で満足して何処かに消える男。それが綱吉にとっての六道骸になった。
「ふざけないでくださいよぉ……! 今日はまたよくわかんないもん引き連れてっ!」
「作ろうと思ったら作れたんですよ。ほら、すごいすごい」
突然のパワーアップに六道骸はけっこう無邪気だった。彼が無邪気ぶるときは裏側に悪意を持っているが。今とて、笑顔で天に人差し指を向ける。暗雲の下をぐるぐる旋回する生き物――、龍だ。それが、雷を落としてくる。
「なんかのファンタジーゲームのようですよね。RPGみたいな伝説の剣とかも作れそうな気がしますよ」
妙な趣味に目覚めていく骸である。綱吉は目で呆れて見せた。
「そーいう、根暗な趣味は一人でやれよ! いい迷惑だ!」
「おや、そういう言い方をしますか」
白けたように骸が目を細める。三叉槍の尖端をアスファルトに向けた。同時に、雷が落ちる。綱吉の真上だ。死ぬ気の炎を射出させて避けて、そのまま天空にあがった。
――戦闘能力のインフレとはよくいったものだけど、その真っ只中にいる骸に追い掛け回されている内に綱吉もそれを巻き起こす側に入った。振り被った両腕を龍の胴体目掛けて叩きおろし、炎を爆発させる。
ぱぁんっっ!!
風船のように龍が避けて、暗雲が霞みに変化した。
「ほう。やりますね。ですが、そこまで計算してないわけでもない」
独り言のようにうめいて、骸が目を細める。劇的な変化だった。
「……わっ?!」
空中で死ぬ気モードが解けた。
「ちょっ! うわっ!! わぁあああ!!」
両手と額の炎が消えて、足から落ちていく。ばたばたと暴れてみても無意味だった。地表に――、叩き付けられる! その瞬間、サッと影が飛んだ。六道骸だ。綱吉を横抱きにすると、空中でくるっと素早く完成度の高いバク転をまったく無駄に披露して、民家の屋根へと着地する。
「大丈夫でしたか?」
白い歯がきらっと光った。爽やかだ。
「お……まえなぁ! いい加減にしろよ! 命いくつあっても――んぐ?!」
「お姫様を助けたらキスさせてくれると聞きましたよ」
つう、と、鼻筋から唇を落として下降させる。唇に重なると舌を出した。舐めさすられて、ぞぞぞぞっと鳥肌が立つ。懸命に口を閉じたままで綱吉が骸の肩を突っ張った。その抵抗、待ってましたと言わんばかりに笑みを深めてますます執拗に唇を押し付けてくる。やがて彼は最終手段にでた。
背中に添えた腕だけを残して、鼻を摘む。十秒。二十秒。
「〜〜〜ぶはっ!!」顔を真っ赤にして綱吉が大口を開けた。だが息継ぎをする前に骸が口を塞ぐ。本当の地獄はそこからなのだった。
「?! むううう!! んんん――っっ!!!」
まだきちんと呼吸してない。完全に窒息手前に陥って綱吉が顔を青くした。そのまま、ぐいぐいキスを深めていくのに抵抗できずに背中を反る。びくびくと首筋が痙攣して全身が跳ねていた。窒息だ。キスで殺される。最終的に、綱吉が動かなくなった。
「……ン」
キスの最中にも息継ぎできる。骸はしっかりそれをやったが綱吉にはやる隙を与えなかった。ぐったりした口内を好き放題に貪って満足感を得る。五分ほど後でぴちゃっと水音を鳴らして顔をあげた。綱吉は骸の腕一本で背中を支えられたまま仰け反り、だらりと腕を垂らしたまま動かない。目蓋を深く閉ざしている。呼吸停止による仮死状態に入っていた。
「…………。やっぱり、そそられるタイプなんですよねえ」
じーっとその様子を眺めてみる。次第に、がはっと喉を動かして、綱吉が激しく咽こんだ。
「ボンゴレ。綱吉? 大丈夫ですよ。酸素配給が断たれても人間は五分くらいでしたら脳に影響はでませんからね」
「あっ……なっ……! ハァッ、アッ……げほっ」
心臓を抑えて苦しげに息をする。ぜっ、ぜっ、と、涙目で骸を見上げても言葉はでなかった。全身が酷く脈打っていて、しかし手足は氷のように冷たい。気のせいでなければ三途の川も見た。綱吉の両眼には恐怖があった。
「な、なんてこ、と……するんだ……?! こ、こんな、死に方は……」
「屈辱ですか。かわいいのに。殺すといいましたか? いやですね。まだそんなつもりにはなりませんね」
「……まだ?! お、おい、こ……ら!」
青褪めてゲホゲホしている綱吉を興味深げに見下ろしつつニコリとする。
「霧のリング、どうやって返すのか提案する気になってくれました?」
「…………」絶句する。そんな、リボーンに半殺しにされるような……。いつの間にかその方法を綱吉が考えることになっていた。何で六道骸のためにそんな、ことを。思うがこのままだと骸に半殺しにされる回数のが多くなりそうだった。
六道骸はとことん興味深げに綱吉を見下ろしていた。その眼差しは何かの執念を練りこんでいる最中に見える。彼自身はふつうに見下ろしているつもりでも、綱吉は、明らかに自分を見る目が他の人を見る目と違うと感じていた。一言でいうなら、怖い。何でそんな目でオレを見るんだっていうくらいに妄執じみていた。並々ならぬ気配をビシバシと感じる。まだ……、まだ、キスだけで済んでいる内にどうにかこの男を追い払った方がよいのでは。
それはこのところ毎日のように感じる綱吉である。
だが、ひとまず、綱吉はこめかみに立った青筋のままに怒りで口角を吊り上げた。
「もしかして、さっきの龍とか……、お姫さまがどうたらっていうのがやりたかったのか?」
「おや。わかりますか。そうです。惚れますか?」
「ンなわけがあるか――っ?! どこにお姫とキスして窒息させる王子がいるんだよ!!」
怒られても骸に応えた様子はない。幻覚が解けると、大雨でビショビショになったはずの街はカラッと晴れ上がった。

 

 


おわり




>>もどる