骸とツナの時空間

 

 

 白い光が弾ける様子が繭を燃やす様子に似て沢田綱吉が驚いた。白光は、一束ずつ解けながら虚空へ広がって先端を赤く燃やす。光と熱の帯が天井一面を交差しながら埋め尽くした。
 出遅れた、と、察したのは、一人の男性が光の中心から降りた瞬間だった。
「おや?」
 綱吉には見覚えのある顔だ。
 だが、少年の記憶にある姿と彼とはズレがある。顔つきも背丈も体格も違った。かつては、少年としての線の細さがあったが、今は厚い胸板と逞しげな両手足があった。六道骸は、手にしていた三叉槍を床に刺して沢田綱吉へと歩み寄る。
 彼にしてみても目の前の少年は記憶にあるものと異なっていた。骸が知るよりも小さく、幼く、眼が大きい。
 骸は綱吉の頭を撫でた。
 中腰になって、まじまじと覗き込む。
「これは……。十四歳の綱吉くん」
 六道骸が呟く。綱吉は青褪めたまま硬直していた。この六道骸、二五歳だ。顔や服に血飛沫の痕がこびり付いていて血生臭い。
「ビャクランっていうのは?!」
「くふ。そんなことより、見てください。また一つレアリングを手に入れましたよ」
 自慢げに二五歳男は十四歳の少年に右手をかざす。
 目玉を模したリングに、奇妙で幾何学的なラインを刻んだリング、天使の羽根を生やしたリング。
 骸は自分の行動に自分で酔った。うっとりと、陶酔のまなこで右手を見つめる。
「これで、世界征服への道が縮まる。くふっ、くふふふふふー」
 沢田綱吉は後退りした。本能が故だ。
「あの、なんか、クローム髑髏の様態怪しかったから駆けつけたんだけど……。必要ないなら、帰るな。おつかれさん!」
 アルバイト店員の気楽さそのまんまで別れを告げて踵を返すが、
「くふふっ」二五歳の彼は甘くなかった。
 沢田綱吉の肩をがしりと掴んで、問答無用で引き寄せると胸に抱きこむ。
「かーわいいんですねっ。んっ」
「?!」
 綱吉は両目を限界まで見開かせていた。
 ちょん、と、額を突付くように軽く唇が触れ合った。
「いっ……いぎゃああああ?!!」
 六道骸を突き飛ばす。突き飛ばすつもりで両手を前に出した。しかし骸はビクともしなかった。
「今日はラッキーなことが多いですね。十年バズーカ使ったんですね」
 愉快そうに十四歳の少年を見下ろし、骸は綱吉の頭を撫でさすった。かわいい、かわいい、小声で繰り返して、あやすような口調だ。綱吉は心底から鳥肌を立てた。
「なっ、おま、骸! 水牢はどした! ムクロウはどした!」
「あんなもんただの偵察ですよ。この身体ももう僕のものだ」
「わっ?! だっ、だあああ?!! 人攫いーっ?!」
 骸は細腰を掴んで担ぐと走り出した。
「こんなトコにいちゃアブナイですからねえっ」
 迷わずにビルの窓を突き破る。男の指先でヘルリングが瞬いた。幾何学模様から溢れた白光が足元を照らして彼らを中空に縫い付ける。
 空中散歩のような優雅さで六道骸は歩き去った。後には悲鳴の余韻だけが残る。

 

 骸は少年をソファーに放り投げた。
 それきり、踵を返して戻ってこない。
 十四歳の彼は居た堪れない気持ちになった。豪華な屋敷の中で、ソファーの反対側の端で、どう見ても二十四歳の自分自身が申し訳なさそうに体育座りで控えているからである。
 これは、質問できない。何か訊き出せる空気ではない。
 青褪め、冷や汗でびっしょりな十四歳の少年にマグカップを差し出す手があった。柿本千種である。
「これはどういう事情なんだ?」
 千種が尋ねるが、城島犬は首を振った。
「シラネ。とにかくもてなしらってさ」
「骸さまは?」
 クローム髑髏は、盆に菓子を載せて駆けつけた。
「血を流すって。シャワー」
「…………」
 二十四歳沢田綱吉が、気鬱そうに十四歳綱吉を見つめた。
 思わず後退る綱吉である。冗談を抜かして世の中全部に絶望しているような目付きをしてくるからだ。
「ふぅ! いいお湯でした!」
「ひぎゃああああ?!」
 六道骸は、全く唐突に綱吉達のあいだに顔を突き出した。
 迷彩のTシャツにスラックスにとラフな姿である。首にタオルを巻いていた。フローラルな香りがした。
「綱吉くん。こちら、綱吉くんです」
「見りゃあわかる」
 仏頂面で、頬杖をして、二十四歳男性。
 六道骸はソファーの背もたれを乗り越えて沢田綱吉の間に落ちてきた。足組みし、我が物顔で両隣の男性の肩を抱き寄せる。
「…………」
 噛み締めるように両目を閉じ唇だけで笑っている。千種と犬が白々しい眼差しをするが無視である。
「骸さま、ロリコンれすよ……。それじゃあ」
「なんとでも言いなさい。くふふ」
「あ、あのぉ。気持ち悪いんですけど……」
 脳天にぐりぐり頬擦りされて十四歳綱吉は呟いた。体温が下がっていく一方だ。
 二十四歳綱吉は、同じことをされても、腕組みしたままフテくされるだけだった。顎を引いて強く眼を閉じている。
「かわいいなぁ。んー、初々しさがある」
 語尾にハートマークまでつけるほどの言いようだ。十四歳の綱吉が青褪める。
「た……」
 硬直した末に、恐る恐ると手を伸ばした。
「助けてください!」
 袖を掴んで縋り付く。自分自身に向けてだ。この状況、信用できるのは、恐らく彼しかいない!
 二十四歳の沢田綱吉は、ダークベージュのシャツに黒いパンツ、それをすらりと着こなして、髪型は十四歳の時と同じだ。ただ顔立ちが大人びて背も伸びた。六道骸には負けるが。
 青年は、無言で骸の襟首を掴んで自分の方へと引き摺った。
「なんですか? 君ももちろん可愛いですよ」
「黙れロリコン。そっちのオレに手をだしたら犯罪だって気付けよ」
「犯罪なんて今更ですよ。さんぴーでもしませんか?」
 二十四歳綱吉が辛抱堪らんとばかりに立ち上がる。骸をソファーに向けて投げた。向かい合わせになり、拳を叩いてあわせ、
「テメー、歯ァ食い縛れ!!」
「ぎゃあああ?!」
 ばびゅんっと疾風が走る。二十四歳綱吉の拳がソファーにめり込んだ。そこに骸の姿はない。彼は、背もたれに片手をついて、数秒ばかりを空中で制止していた。
 手を離せば、無論、落ちる。二十四歳綱吉の拳を股で挟んで、素早く捻り上げた。十四歳綱吉には何が起こったかわからない。骸がぐるんっと身体を回すと、二十四歳の自分が呆気なく壁に向かって投げ捨てられていた。
 ばあんっ! と、派手に壁と激突するのを横目に、
「だって綱吉くんなんか凶暴になっちゃったんですもん。それよりもコレ! 見てくださいよ!」
 一同に向き直ると、骸は朗らかにリングを見せびらかした。
「! それがビャクランのリングですか」
 千種が眼鏡を鼻の上へとずり上げる。犬と髑髏も身を乗り出した。
「そうです。時空を操る。綱吉くん、だから君は十年前の世界に帰れなくなったんですよ」
「! リングの効果だったんだ?!」
 リングには天使の羽根を模した飾りが付く。その羽根が淡くピンク色の波紋を広げた。
「ふむ。使えそうですね」
 六道骸は心底から楽しげににやりとした。
「ヘルリングも似合いますが、こういうのも僕に似合うな」
「とにかく、十年前のオレは戻せよ」
 弱々しい声が割って入る。二十四歳の沢田綱吉だ。怒りのまなこで骸を射抜きつつ、埃を払ってソファーに戻ってくる。
「今の君はいいんですか?」
 からかうような問い掛けに、綱吉が青筋を立てた。
「戻せつって戻すんかい! うそつけ!」
「まー、その通りですけどぉ。最近、君との会話がパターン化してきて味気ないんですよねえええ」
 骸は不満げにする。二十四歳綱吉が口角をひくひくさせた。早足で骸へ歩み寄る。
 十四歳綱吉ですらバトル再発だと理解できた。
 慌てて、二人の間に割りいる。今しかない。
「待ってください。どうなってんですか? オレは死んだはずじゃあ?!」
「コイツの幻覚だよ。オレは生きてる!」
 二十四歳綱吉が自らの胸を叩く。
 骸はにやっとした。
「キケンだから匿ってあげたんですよ。まぁあと百年はいてもらいましょうか」
「白骨化するわッ! だああああ!! もーヤダこんな生活!!!」
 幼児退行したように喚き散らす二十四歳。
 それを楽しげにクフクフしつつ見つめる二十五歳。
 十四歳は遠い目をした。……なんだ、この未来。イヤなパロディ映画か悪い夢かギャグかとにかく最悪だ。その予感を増長させるかのように骸が言った。
 オッドアイは、十四歳の少年を楽しげに注視している。
「ところで、せっかく時空を操れるようになったので試してみていいですか?」
『なにを!』
 綱吉が二人、同時に叫ぶ。
「ハーレム作ってみたいですね」
 は?! と、声を揃えたのはその場にいる全員だった。六道骸、二十五歳。いい歳こいて中身はますます破滅的な方向に向かっている。

「む、骸さまぁ。わたし、お乳はでませんっ」
「誰も出せとはいってないですよ」
 呆れた顔で骸はクロームの腕から赤ん坊を取り上げる。おぎゃあおぎゃあと泣き喚く赤ん坊、頭に茶色い産毛をつけている。
 ヴヴンッ。六道骸は右目を瞬かせた。途端、鳴声が止まる。
「はい、完璧です。今のうちに哺乳瓶と粉ミルクを」
「は、はいっ。骸さま、何を見せたんですか?」
「母親の幻覚とミルクを呑んでる幻覚です」
 慌てて買い出しに出かけるクロームの背中を見送る、その六道骸はエプロンをかけていた。全身真っ黒なスタイルに、迷彩柄のブーツを履いている。クマさんマークのエプロンが異様に浮き立っている。
 そのエプロンの裾を掴む幼稚園児がいた。
「お兄ちゃあん。母さん、どこ?」
「ああ。大丈夫ですからねー。僕がたっぷり遊んであげますからねー。くふふー」
 幼稚園児を抱え上げる六道骸である。腰まで伸ばした後ろ髪がぶらんっと揺れた。それを、摘んで、つん、と後ろに引く小学生がいる。
「骸サン。オレはどうすればいいの? 学校は?」
「もういかなくていいですからねー」
 ランドセルを背中にした小学生の手を取って、目の前を通り過ぎてく二十五歳に何もいえない。十四歳綱吉と二十五歳綱吉は、揃って同じポーズでソファーにうな垂れていた。ソファーに体育座りして膝に頭を埋めている。
「……だめだ、もうオレ何もいえない」
「苦労をわかってくれるか」
「めちゃくちゃわかりました。何ですか、あの詐欺師は」
「そうなんだよ。信じられるか? ほとんどの言葉は通じないんだぞ? まるでエイリアンだよ! 腹の中でなんかシギャーッとか叫ぶ変なの飼ってるんだ! このキ○ガイ! エストラーネオの実験で頭どっかおかしくしてんだよ!」
 二十四歳綱吉は叫ぶと共に興奮して頭を抱えた。遠くで、犬と共に幼児綱吉達の相手をしていた青年がうめく。呆れた目をしていた。
「酷いこといいますねえ。君たちは、将来、あんな大人になっちゃだめですよー」
 小学生ツナと両手を繋いで手遊びをしている最中だ。しかし骸は腰をあげた。エプロンを犬に押し付け、
「じゃあ、後はお願いします」
「ま、待て! 骸! またオレを連れてくる気か?!」
「さー、次は年齢上げて行きましょうか! どんな風に成長してるか、楽しみですね。綱吉くん」
「やめれええええええ!!!」
 二十四歳が金切り声をあげる。綱吉は慌てて彼を取り押さえた。
「骸っ。マジでやめろよ! 二十四歳のオレが発狂する!」
「あがああっ、脳内血管切れるわ! そのリング捨てろ!!」
「いやですよ。これ以上に有意義な使い方があるんですか?!」
 天使の羽根付きリングを見せびらかし、六道骸は勝利者の眼差しを返してくる。
「まあ、嫉妬する君の気持ちもわからなくはないですが」
「この反応のー、どこをどー解釈したら嫉妬だ?!」
「…………フッ」骸は肩を竦める。
 リングがピンク色の波紋を放つ。羽根が羽ばたくと辺りの空間が軋んだ。
「どこをどう解釈してもそう出来ないから、君は可愛くないって言ってんですよ。綱吉くんの捻くれ者」
「捻くれざるを得なかったのはどこの誰のせいだぁああああ!!!」
「ぎゃあああ?!」
 綱吉を振りほどいて二十四歳男が盆を掴んだ。先にクローム髑髏が綱吉に菓子を出した際に使ったものだ。声もなくびゅんっとフリスビーの要領で繰り出した。ピンク色の波紋が収束する間際、スコンッと小気味よい音が響いた。
「は、ははっ! ざまあみろ!」
 と、間髪置かずに波紋の残り香から盆が飛びかかってきた。六道骸が投げ返したのである。
「なんなんだよもお?!」
 涙目になる十四歳綱吉である。ソファーの上に避難した。ガコッと顔面に盆を受けて、青年が床に転倒したタイミングである。
「いってぇ……。あ、あいつ。殴る!」
 顔に縦の腫れ線を作って二十四歳男が罵る。大人気ない。十四歳の少年は震え上がった。
「だっ……、誰かぁ。リボーン! 助けてーっ!!」
「まあ。ひまなら、自分の面倒でも見たら……」
 小学二年生の綱吉に追いまわされつつ、千種。疲れ果てた声だ。屋敷の中はきゃあきゃあわいわいと保育所のようになっていた。

 六道骸が帰還したときには、綱吉と同じように顔に縦の腫れ線を作っていた。
 二十四歳と目が合うと、中指を立てて怒りを示すが、
「ひっ、ひいいい?!」
 十四歳綱吉の悲鳴が屋敷に満ちた。二十四歳綱吉も目を丸くしてはいた。
「なんで血だらけなんだ?」
「僕と応戦しました」
「六道骸と?」
「ええ。ま、勝ちましたけど」
「…………あ、そう」
 骸は地べたに気絶している三十歳前後の沢田綱吉を転がした。ソファーの上で体育座りをしてる十四歳綱吉に気が付いて、気が抜けたように目尻を柔らかくさせる。
「緊張しているんですか? リラックスしていいんですよ。自分の家だと思って」
「いや、それは、かなり無理っ、あ、こっち来ないでくださいっ」
「おやおや。つれないことをいう」
「ひっ……」十四歳の少年は如実に怯えを瞳に映す。骸は興味深げにそれを覗き込む。
「懐かしいですね。出会った頃の綱吉くんだ」
「ちょっ……、や、撫でないでくださ」
「否定がやわらかいのがまた。じーんってきますね!」
 クシャクシャと髪を撫でて、
「顔をよく見せてください。ああ、そう、僕は君のその目が好きですよ。透き通っていて青空みたいだ。惚れますね」
「?!」
「くふふ。まあ、まだ十五歳の僕じゃ、君には絶対そんなこと言わないでしょうけど」
 頬にキスをして骸は顔をあげる。二十四歳綱吉を振り返ったのだ。隅で、壁に背を預けて、面倒臭そうに辺りを眺めている。
「この子のツメを煎じて喉に突っ込んでやりたいですよ」
「骸もな。いい加減にこんな馬鹿なことはやめたらどうだ?」
「いやですよ。さぁ! 次は四十代!」
「ロリコンハンターの次は中年ハンターれすか、骸さん……」
「いや、もう沢田ハンターでいいんじゃないかな」
 犬と千種の冷ややかなツッコミも気にせず、骸は再びピンク色の波紋に飛び込んでいった。本人はどこまでもノリ気である。
 年齢はどんどんと上がった。
 そのとき、二十四歳綱吉は九十歳綱吉のために車イスを取りに走っていた。
「あー、もう、足腰弱いんだったら無理すんなよオレ!」
「いや……こ、こんなことがおこるなんて思ってなくて……」
 松葉杖がないので老人はよろめいている。
「そりゃあ誰も思わないですよね」
 十四歳綱吉は諦め顔で九十歳に手を貸していた。
「ほら、乗せて乗せて! 危ないなー、もー。しっかしろよ」
「すまんなぁ……」
 三人の様子に、骸が感動して手を合わせていた。
「綱吉くんを介護する喜びが味わえると思ったら介護する綱吉くんが見れたというサプライズですねこれは! ああ、なんたる光景ですか。胸にこみ上げますよこれは」
「そうれすかぁああああああ?」
 犬が怯えすら宿した瞳で骸を見る。クローム髑髏は哺乳瓶を片手にあちこち走り回っていた。
 柿本千種はすうすう昼寝に勤しむ五歳児を抱えつつ呆然としていた。
「なんだ、この修羅場……」
 沢田綱吉は一歳から五歳、十二歳、十四歳、十八歳、二十歳、二十四歳、三十歳、三十八歳、四十五歳、五十二歳、六十歳、七十歳、八十歳、九十歳と幅広い。それぞれ思い思いに集まってあちこちで話し合っていた。主に議題は六道骸の横暴ぶりについてだった。
「ほ、本気で帰りたいなぁ」
 十四歳綱吉が車椅子を押しつつうめく。二十四歳綱吉は、その隣で、深刻な顔をしていた。
「ウチの骸がほんっと馬鹿なことして申し訳ない……。元から馬鹿なんだけど、このごろさらに加速して」
「さてっ!」
 ひとしきり堪能したらしく、六道骸が掌をパンとたたき合わせた。
「みんなで住める家でも探しにいきましょうか!」
「骸。待て」
 フ、と、万物を諦めるような暗い目をして、二十四歳綱吉が拳を握った。
「いつかお前と決着つけなきゃいかんと思ってた。きっと今がそのときだ」
 すたすたと歩み寄る。骸はあからさまに警戒して戦闘態勢を取った。こういうところは、十四歳綱吉から見ても二人は呼吸がピッタリ合ってるよう見えた。
「ちゃんと稼ぎますよ。君に苦労はさせませんって言ったでしょう最初に」
「そおいう問題かっ! 明らかに異常空間すぎるんだよ周囲をよく見ろ!」
「ええ? 綱吉くんパラダイスですが」
「本気で一回死んでこいいい――ッッ!!!」
「くふっ。綱吉くんのパンチなんてもう見切っ、っ、ぐう?!」
 元からのメンバーも沢田綱吉一同も全員が驚愕した。余裕綽々の態度で一人、悪夢を振りまいていた張本人たる六道骸がふっ飛ばされたのだった。唐突に、横合いからだ。
 そこにはピンク色の波紋があった。一人の老人が、波紋の中を進んで姿を現した。
「うっ……?!」
 二十四歳綱吉が後退りをした。
 日本式の着物に全身を包み、杖を支えに立つご老人。膝を折って背中は完璧な猫背である。十四歳綱吉は顔にモザイクをかけた方がいいかもしれないと思った。老人はオッドアイをしている。
「……え……?!」
 ソファーに激突し、横転していた六道骸が戸惑った。
 殴られた頬を抑えて、信じられないように――オッドアイを見開かせて、喉を詰まらせている。
「綱吉を返してもらいましょうかなぁ」
 ご老人は、重く告げた。杖の先をびしりと骸に突きつける。
「いかに六道骸といえど、他の六道骸の幸福を妨げる権利はないと言わせてもらいましょうっ! あ、ああ、綱吉っ! 無事でしたか?」
 やはり、この老人も六道骸だ。最後には喚いて車椅子の綱吉に手を振った。
 綱吉は慌てて車椅子の車輪を手で回転させる。
「ああもう、ほら、迎えにでてしまったじゃんか……!」
 彼が一人で行ってしまったので、十四歳綱吉は困惑した。
「え? あれが、ずっと未来の骸と……オレ?」
 六道骸の二十五歳は、唖然として、九十一歳の自分を見上げている。
「そんな……、こ、これが僕ですか。こんなシワクチャなのが」
「お、驚くポイントがそこかっ?!」
「うっ。醜い!」
 美意識を傷つけられたとばかりに骸が目を覆う。
 ご老体は車椅子から綱吉を抱き上げて、手を引きつつピンク色の波紋の中に消えていった。最後に振り向き、
「あと五十年くらいでおまえもこうですよ。くふっふっふ。じゃ、そういうことで。ああ、ビャクランからコレを借りるの大変だったんだからな、綱吉くん」
「まだリング使えるなんて骸さんは若いねえ」
「ひい?!」
 二十四歳綱吉が青褪めて耳を塞いだ。
 ご老体の二人が完全に姿を消す。しばらく、沈黙が降りた。誰しもが何かを言いたくて堪らないが、一番に発言すべきなのは六道骸だ。骸は、人生最大の決断であるかのように、思いつめた声音で、
「わかりましたよ。この計画はここまでにしましょう」
「ということは?」
 十四歳綱吉が身を乗り出す。
「自分たちの世界に帰ればいいじゃないですか。あーっ、もう、ハーレムだったのに!」
「や、やったぁあああ!!」
 大部分の沢田綱吉と犬と千種、クローム髑髏が歓喜した。六道骸はぶつぶつ言いながらもリングで時空に歪みを作る。
「これ以上、やたらと歳を取った僕には会いたくありませんしね。仕方がない」
 意外とこれが本音かもしれない、と、思う綱吉である。
 十四歳の綱吉が最後まで残った。
 二十五歳六道骸は、名残惜しげに綱吉の手を取った。
「お元気で。時間を大事にして生きてくださいね。困ったら僕を頼るといい。君の力になれるはずだ」
「あの、そんな握り締めると痛いんですけどっ」
「だってさ。骸」
 二十四歳綱吉が六道骸を引き剥がす。
「じゃあな。情けないところばっかり見せてごめんな」
 握手をすると、途端に名残惜しくなった。十四歳綱吉が尋ねる。
「あなたは、もうボンゴレに戻らないんですか?」
「戻れるなら戻るけど」
「クハハ。ありえないと思いますけどね」
 骸が綱吉の腰を掴んだ。二十四歳の彼は、ひくっと口角を引き攣らせるが。怒りを爆発させることはしなかった。静かにうめく。
「骸さん。もう、いい加減、不毛なことはやめないか?」
「そうですね。お互いに意地を張るのはやめましょう。僕の本命は君なんですから。……僕を捨ててまでボンゴレに戻りたいんですか?」
 六道骸は声を潜める。綱吉は眉根を寄せた。すぐには返事をしない……それが続きの言葉を予感させて、十四歳の少年は首を振った。
「オレ、もう行きますから!」
「! そうか。元気で」
 素っ気ない別れの言葉だ。
 だが、六道骸にはわかったらしい。リングからピンク色の波紋を広げつつもニヤリとした。
「結末を知るのはいやですか?」
「えっ……。だ、だって。骸と話したことすらろくにないし。アイツは、ボンゴレをうらんで」
「それはどうでしょうかね。綱吉くん。彼にもこういうことしてあげて――」
 前髪を掻き揚げて、額を出すと、骸がキスをした。十四歳綱吉がぎょっとする。その瞬間、光が広がった。繭に包まれるような広がり方をして、気が付くと、
『――まぁどうなるか知りませんが、喜ぶと思いますよ』
「……んあっ?!」
 綱吉は自分の部屋の真ん中で倒れていた。
 胸にランボを抱えている。……なんだかんだで、十年前の、元の世界だ。
「な、……んだったんだ。一体」
 うめきながら、額を抑える。と、濡れた感触がした。不意に六道骸はどうしてるだろうと思えた。先の未来では、十年後も水牢の中にいた? よう? だったし……。
「助けてあげなくちゃな」
 うんっ。一人で納得して、立ち上がった。でもなんかうやむやで自分だけ元の世界に戻ってきた気もするので、ひとまず、身の回りの確認からだ。綱吉は電話をかけながら部屋を出た。

 


おわり




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