メテオトラップ

 

 

 並盛高等学校の真上に隕石が降る。目にした光景をそのまま信じることは出来ない。身の周りに、幻を操る超人が複数あるからだ。少年六道骸、幼児マーモンを思い出しながら、沢田綱吉は一足飛びに校舎の壁を走っていった。
 重力が後ろ髪を引く。手足がバラバラにされる中で、その痛みを吹っ切って駆け抜けて、気付くとまた手足が元に戻っているようで、壁を走る違和感には馴れない。
(サイレンが聞こえる。消防車か救急車かパトカーだ! くそっ、町中に見えるくらいの大技を発動させるなんてェッ、何考えてんだ!)
 背中から生やした炎が膨れる。両手を包んだ炎も膨れて、花火を打ち上げるように少年を飛ばした。
 ダァンッ! 同時に己自身でも高く跳躍する。
 遠くからは、地表から隕石向けてミサイルが発射されたよう見える。幻覚とわかっていたので、綱吉は隕石に混じっても平然とした。校舎の屋上には、驚いた顔をする少年と幼児。
「骸! マーモン! 何してるんだよっ」
「ツナヨシ、せっかくのトラップなのに!」
 骸の肩で、幼児が怒号をあげる。
「方陣なんだ! 入るんじゃない!」
 きゃんきゃん騒ぐ傍らで六道骸は頬を強張らせる。その指先は虚空に伸びた。静止した。火の粉が飛び交う最中でも、震えることなく、真っ直ぐに綱吉へ差し伸べられる。
「ちょっとぉ?! 商売あがったりだよ!」
「シッ」
「骸! あっちの肩持つ気か!」
「ああ見えて彼は飛べない鳥なんですよ」
 骸の手を取って、綱吉はフワリと着地した。
 炎が背中に吸い込まれて、焼けたYシャツだけが残る。背中には火傷が無く、肌は絹のように滑らかだった。炎に特殊な耐性を持つボンゴレ十代目だからこその荒業である。
「…………」シャツの正面は無事である。
 なので、きゅ、と、襟首を直して、綱吉は術者二人組みを睨んだ。
「何だって言うんですか、この騒ぎ!」
「ミりゃわかるだろ。隕石だよ」
「綱吉くん。そういう炎の使い方、いけないって言われたでしょう? 服が丸ごと焼けて大失敗したクセに……」
「街単位に通用する大技使えって誰が言った!」
「天変地異に頼った方が自然にできるよ。絶対に、足が止まるだろ」
「全裸で空をとびたーいなんて変態趣味があるなら話は別ですけどね。そんな趣味があるなら僕に告白なさい」
「隕石なんか自然に降るかぁあああ!! 今すぐ中止!」
「これの準備にどれだけかかってると思ってんの?! もちろんマネーがだよ!」
「そうだ。するなら場所を選びなさい二人だけのプライベートビーチなら調達してあげますから」
「どんだけ奔放な変態なんだオレは?!」
「そこの変人黙ってくれよ話がこじれる!」
 不満げにしつつ、六道骸は腕を組む。
「どうして僕が変態という話にすり替わるんですかね」
 鼻先に人差し指が並ぶが華麗に無視である。
『…………ッッ!』綱吉とマーモンが手をわきわきさせる。
「あぁ何だろ、この無力感と腹立ちは!」
「胃が捩れるっつーんだよ!」
 頭を抱える綱吉にさすがのマーモンも同情の眼差しを向ける。骸は、彼らを前にして、冷静なままの声で
「訂正がありますよ。この幻覚は日本全土にわたっ」
「尚悪いわぁああああ!!!」
 頭を叩かれても反省の意思がなかった。
「僕らの任務は敵の侵入を防ぐことです」
「……まァそうだ、他の何よりも優先しろって契約書にある」
 マーモンが懐を漁る。綱吉は無視した。
「オレはどこの誰だ? ……いや、なんの候補だ」
「ボンゴレ十代目最有力候補」
 隕石がまだびゅんびゅん降っている。マーモンは口を尖らせる。骸も同様だ。綱吉は苛々した声で口上を続行する。
「あんたらは誰の為にこーいうことしてるんだ?!」
 幼児と少年はちらりと互いの顔を見た。マーモンが頷く。
「マネーイズベスト」
「綱吉くんのため」
「ボンゴレファミリーは金があるしボンゴレ十代目最有力候補のいつもの姿は?!」
『…………』
 先に折れたのはマーモンだった。
「まぁ、世の中、金だよ。マネーだよ。ラジャーだよ、ボス」
 肩から跳びたち、ふよふよしながら方陣の撤去に向かう。止めはしなかったが六道骸は粘りはじめた。不機嫌な目付きで綱吉を睨みつける。
「ここまで派手な幻術を作るのにどれだけの苦労をしたと思うんですか、ボンゴレ十代目。大丈夫ですよ。ボックスだ何だといい始めたこの世界、隕石が降ろうが槍が降ろうが見逃してもらえますよ」
「オレが見逃さないっつってんの!」
「……じゃあ聞きますけど」
 六道骸は、オッドアイをうるりとさせた。
「僕に任務を頼んだのは何年ぶりですか?!」
「二年ぶりかな。もう頼まない」
「なぜですか! そりゃー水牢脱出直後はハメを外してイタリアの孤島を海に沈めたりアジトを二個ほど潰したりしましたがっ、だからといってデスクワークって僕の才能が腐るでしょうよもー少しマトモなにんむをっ」イヤイヤする子どものような手振りまでつけて早口で捲し立てる。非難の眼差しを受けつつも綱吉は半眼を返す。自業自得だろうが! と、五回ほど胸中で叫んだ。
 綱吉の反応が冷たいので骸は演技を切替えた。
「と、まぁ、ガキのよーに駄々を捏ねたくなる気持ちもわかるでしょう。僕はこれを絶対に失敗させたくないんですよ。綱吉くんの助けになりたいから」
 ふと見てみれば、マーモンは方陣の解除に熱中し始めている。
 隕石群は落ちてこない。ぎゅるぎゅる音を立てながら落下する映像だけを永遠に見せられているのだ。そのぎゅるぎゅる音が遠のきつつあった。
 沢田綱吉は声を潜めた。唇だけで囁く。
「確かにこの任務が失敗すればボンゴレ十代目最有力候補サンにとっちゃマイナスだろうな。敵の侵入をやすやす許したってことでさ……。うまくいけば見捨ててもらえるかもな」
「……二年前だって僕は綱吉くんの助けになることをした」
 密やかに、骸がうめく。綱吉は鼻腔でため息をした。隕石が、上空で、ピタリと止まる。シャツの背中が焼けているので、火の粉が止んで風が戻ると寒くなった。
「でもボンゴレ十代目だから。オレは」
「僕は君の帰りを待ってる」
「…………あ、そう」
 涙腺が突付かれる心地がしたが、綱吉は非情になった。手加減なく六道骸の右頬を張り倒す。
 ぱあんっとした衝撃で綱吉に頬を向けたまま骸は動かなくなったので、綱吉は、彼の腫れた頬を見つつ不機嫌に告げた。平手がじんじんと傷んで嘆く。
「ボンゴレ十代目最有力候補サンは何千っていう部下を持つ立場になってるんだ。勝手な行動は謹んでもらいましょうか」
「痛いなぁ」
 沈黙の末に、骸は、苦笑して頬を抑えた。
「わかりましたよ。また僕は左遷ですか」
「ああ」
「やれるならすればいいですよ。くふ、前回で学習しましたから、任務は失敗じゃありませんよ。方陣は二重に張ってあります」
「あっ?!」
 マーモンの悲鳴が木霊する。
 校舎の屋上に書き殴られた方陣が光った。チョークの粉が浮かび上がる。粉の下に、黒ずんだ液体で何かが書かれてあった。マーモンが仰天する。
「こ、こんな大掛かりなモンいつの間に! 予算オーバーだよ六道骸!」
「ど、どういうことっ?」
 慌てて屋上のフェンスに駆け寄る。隕石が一瞬で消え、暗雲が弾けて、町には平和な青空が戻っていた。六道骸は得意顔で人差し指を空に向けて腰に片手を当てていた。
「言うなれば……集団催眠、ということでしょうか……」
 自分の才能が恐ろしいとばかりに額を抑え、胸を張って、青空を透かし見ようとする。綱吉とマーモンが顔を見合わせた。ほとんど同時に、綱吉はつかつかと、マーモンはふよふよと六道骸へと詰め寄る。
「つまり今まで見てたのは今日の錯覚です。わかりますね? これは昨日の天気です。僕らとこの町は明日の幻覚を見ていたことにっ、なっ」
「二十四時間分の過労手当てを払えェ――ッッ!!」
「オレの労力と睡眠時間を返せええ――ッ!!」
 首に掴みかかられつつ、六道骸はクフクフしていた。
「隕石作戦、実行しなくてセーフでした」
 どこがどうセーフだぁああああっっ!!!
 と、渾身のツッコミを入れたところで、綱吉は目が覚めた。
「うわ?!」沢田家のベッドの中だ。
 どうやら骸の語ったことが真実らしい。なんて男だ……、と思いつつ(六道骸はまぼろしをリアルにできるので恐らく綱吉の対応如何で調整するつもりだったんだろう)、いまだ校舎の屋上で方陣を書き殴ってるはずの術師二人組を思ってみる綱吉である。
 屋上全体に描いた魔法陣。もう一度描くことを覚悟で、こういう馬鹿をしかけてくるから、綱吉は骸を嫌いになりきれないのだった。
「……あ、寝不足……」
 作戦の決行日なのに。カーテン向こうの朝焼けを眺めつつ、右側の頭を支えた。すこし頭痛が起きている。




おわり




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