骸・襲撃






  たぁんっと着地した人物を確認するなり沢田綱吉はウゲッと悲鳴を呟いた。並中の制服にカバンを肩からかけて、校門を出たばかりだ。
 その人物は黒いジャケットに黒いジーンズ黒いブーツ、悪役ですと言わんばかりの真っ黒スタイルで不敵な笑みを浮かべていたので尚更だ。六道骸はカラの両手を沢田綱吉めがけて開いて抱きつこうとした。
「そうはさせるかぁ!」
 綱吉の右側から人影が飛び出す。獄寺隼人だ。
「任せた、獄寺くんっ!」
「はい!!」
「逃げるんですか」
 獄寺に右手首を掴まれつつ、六道がうめく。
 知ったことではない。下校途中の並中生を掻き分けて、家とは反対の方角へ飛び出した。わざと遠回りをするのだ、が。
「!」「あ!」
 小走りに戻した時に、一人の少女が角から顔を出した。
 六道骸と同じ髪型に右目の眼帯。クローム髑髏だ。言うまでもなく六道の手先である。少女は、携帯電話を耳に宛てていたので、
「骸さま! ボスを発見しました」
「んぎゃあああ?! あっ! うわあああ!!」
「東に逃げました」
 報告を背中で聞き流しつつ、綱吉は商店街に飛び出した。緊迫して辺りを睨む。どこかに伏兵がいる――、その可能性が充分にある!
「ええい、逃げ切ってやる!」
 漫画喫茶に目が止まり、綱吉はビル四階に向けての階段を駆け上がった。
「一人、二時間お願いしますっ」
「もちろん僕がおごってあげますからね」
「ひどわああああああ!!!」
 後退ったあまりに壁に背中を激突させる。どずんっと激音が響いてビルが揺らぐ気がした。綱吉の錯覚だが綱吉の背骨に響くくらいの重たい一撃だった。
「あッ……、いてて」自分で自分の体を傷めたので、思わず、肩を抑えて眉根を寄せる綱吉である。六道骸は、同情の眼差しをして、綱吉の肩にポンと手を置いた。
「自分の体は大切にするといいですよ」
「だっ、誰のせいだ?! つーか一番オレの体に無体なことするのは誰だよ!」
「さっ。ビップ席を取りましたー」
 誇らしげに両手を拳にしてみる六道骸。綱吉はクラリとした。水牢から彼を救出したのは、リボーンと九代目の決断であって綱吉は全然関係無いのだが、
(何でコイツはこんなにオレに惚れ込んだんだ……?!)
 二人用の個室に案内される。入室の直前、カップル席との札を目にして綱吉の意識が遠のいた。
 ブラックの布が張られた高級感あるソファーだ。二人掛けで向かいには薄型テレビがある。手を引かれるまま骸の隣に座り、綱吉は呆然とした。今日は金曜日だ。これで、月曜日からずっと放課後に拉致されつづけたことになる。
「…………。うっ」
「おや? なぜ泣くんですか」
「ななななんでこんなことにっ」
「なぜって……」
 骸は、照れたように右耳に前髪を一束引っかけた。
「君が、僕のこと好きなんでしょう?」
 どうしてそんな解釈に。綱吉は何度となく告げられた言葉に慣れずまた愕然とした。骸はにこにこしてDVDの用意を済ませる。
「ハイ。かけてあげますよ」
「納得いかない。骸さん、お願いですから許してくださいっ」
「どこをどう許せって言ってるんですか?」
 綱吉にしたのと同じように、自分にもヘッドフォンをかける。骸は、足を組んで、ソファーの後ろに両腕を引っかけた。
(ツッコミしづれーチョイスだなまたっ!)
 綱吉が両手をわなわなさせる。静かな効果音が耳に入る。タイトルが表示されるとほとんど同時に骸が肩に手を置いた。
「…………」ぐいっと寄せられて、もたれかかった形になる。テレビ画面では女性が逃げ惑い、男性が金属バッドを手にして……。ぱかり。無言でヘッドフォンを外し、立ち上がった。
「ゾンビ映画じゃないかァーっっ!! 何がむなしくて男二人でゾンビ?! ホラー?! アクションかよ! おまえが怖いわぁあああああああっ!!」
 六道は動揺しなかった。責める眼差しをして、
「シッ。人がいっぱいいるんですよ」
 唇の前に人差し指を立てる。綱吉は涙目になった。
「おまええええええっ。オレにどーしてほしいわけだっ!? 精神的に追い詰めて何かの復讐がしたいんだろっ! そーなんだろええい白状しろおお!」
 ちょっと錯乱気味である。シィイイ! と、先程より強めに非難して、六道骸は綱吉の手首を取った。座らせる。
「おかしい」即座に綱吉が呟いた。
「なぜですか?」
「座る場所がおかしい」
 六道骸の膝の上だ。骸は、にやっとして後ろから綱吉の体を硬く抱き締めた。
「ぎゃッ」それに驚いたのと抗議したのと、ヘッドフォンを被せられたのに仰天して綱吉が体を縮める。骸は背後から綱吉の顎を抑えてテレビ画面へ向けた。人間がゾンビに襲われている。
「…………ッ! 骸さんっ!」
 小声での非難にも骸は涼しげだ。綱吉の耳に口を寄せ、指で、ヘッドフォンをどかす。
「こうしたら逃げられないでしょう? 大人しくしてください。僕もそんな気が長いほうじゃないんですよ」
 軽やかに恐ろしいことを口にしてくる。
 綱吉は青褪めて振り返る。骸は、エモノを見るとも恋人を見るとも判別つけがたい目をして綱吉を見下ろしていた。事態の解決にはまったくならないことに気がついた。
(こいつ、ハナから映画じゃなくてオレを観る気だ……)
 そうこうしている間に、映画で虐殺が始まって、綱吉は震え上がった。演出がまた怖いのだ。骸がにやにやとして見下ろしているのもまた怖いというか腹立たしいというか!
 六道骸は、綱吉の髪をいぢりつつ、始終鼻歌混じりだった。



おわり




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