(!!要注意!!)
(※本誌ネタ・人によっては大嫌いなあのネタです)
(白蘭vs綱吉で結果は…本誌の十年後展開ぽく)











嘴別れ


 枯れ葉が百を越える。突風がために宙を舞って塊を形成する。塊を突き破ったのは五匹の百足だった。百足は九匹に増える。三十七匹に増える。剛球が跳ぶように、オレンジ色の塊が群れの中心を掠めて突っ切った。彼は草上にバウンドするように着地して、飛び起きるなり、走り出した。そのときには頭上から追い縋る百足の群れは五十を越した。
「ハァッ、ハァッ……!」胸の肉を突き破らんとするほど鼓動が大きい。彼のスーツには所々に切れ目が走る。切れ目は赤黒くにじんでいた。出血がひどい。
 百足の群れが急下降した。彼は仰ぎ見ることなく両手を水平に並べた。親指と人差し指を使って三角形の印を作ると、両足を揃えて、
 どうんっ! 地表向けて炎が放たれる。
 青年はシューズから噴出した炎の力によって宙に飛んだ。百足の群れは地面に激突してのたうった。森の奥、背後から拍手が響いた。うぞめく百足の大群、その数匹に足を乗せて彼は悠々とした態度だった。
「スゴいね、それ。今までに手に入れたどのボックスの炎よりもキレーだよ」
「あんたたちの目的はボックスなのか?!」
 青年が唾を飛ばす。空中に静止して、スーツの上着を脱ぎ捨てた。百足の群れが足元目掛けて大挙する。
「こんなものっ!!」
 彼は果敢に上着を振り被った。大剣を振り下ろすように、鋭く叩きつけて、炎がアッという間に百足に移る。ばしゅっと連結部が外れた。一瞬で黒くコゲて落ちていく。
 地上から、白髪の男が口笛を吹いた。
「改良が必要だな。さすがだよ、ボンゴレ十代目クン」
「オレを殺す気か?!」
「そりゃー答えるのが難しいヨ」
 左頬に人差し指を宛てて、男はクスッと唇を水平に引く。ボンゴレ十代目こと沢田綱吉は目を丸くした。短く切りそろえた前髪も後ろ髪も汗で湿っている。
「何なんだ。一体どうしたいっていうんだ?! 要求なら呑むっていっただろう……? これ以上、無益な殺しをするなって条件のどこが不満なんだ」
「そこなんだよネ。ボクら、絶対に分かり合えないよ」
「じゃあ何のために話し合いの席を用意した!」
「綱吉クンを呼ぶためって言ったら?」
 戦慄の眼差しで男を見下ろし、綱吉は拳を握る。
「許さない。オレを引っ張り出すためだけに、あんたは何人の人間を手にかけたと……」
 チッチッチ、と、男が人差し指を左右に降った。ニコリと捉えどころもなく笑ってみせる。キツネの笑顔があるとしたらこれだ。
「気にしないの。もう、気に出来なくなるんだからサ」
 沢田綱吉は深呼吸をした。両手両足の炎が厚みを増す。――ふざけんなっ!! と、一喝の直後、全身から炎の渦が放たれた。
 百足の群れが動いた。男は飛び退く。
「トラップ発動だヨ」
「?!」
 男が足にしていた百足が五匹、炎に向かって伸びた。
「えっ?!」彼らは炎を呑み込んだ。炎の壁を突破して沢田綱吉を強襲した末にその胴体を縛り上げる。
「な、なんだ?」
 ぎちっと強く締められて狼狽する間も、
「実はね、旧型は効かないと思って、ボクの足の下に新型を連れてきておいたの。不意打ち、成功したカナ? ムカデに縛られんのどうカナ?」
 男は両腕を広げて解説をする。沢田綱吉は薄く悲鳴をあげた。全身を包む炎が、見る見る内にムカデに吸い上げられる。
「……なっ……」
 綱吉の視界が揺れた。
 次の瞬間には、背中から地表へと落ちていく。ぼとりっと落ちると、上空で待っていた群れが丸ごと突っ込んだ。ボンゴレ十代目は片腕で地面を引っ掻いたが、抜け出ることは叶わずに全身が百足に覆い尽くされた。
 男はにやりとしたまま新製品の記録を撮っていた。手にはカードサイズのハンディカムがある。
「ウーン。バッチリだね。天下の綱吉クンに効くなら、炎のボックスにはこれで決まりだよ」
「うっ……ああ……?」
 青年が掠れた声で混迷を訴える。腕も足も喉も顔すら百足が張り付き炎を吸い上げていた。口だけが露わになってぱくぱくと何事かを唱えるが、やがて、百足が全ての火を放出すると、沢田綱吉は衰弱して横たわるだけになった。
「…………」
 歩み寄り、男は横顔を撮影する。
「……ウン。後でこれ、ボンゴレの本部に送ってあげるから。ボクって優しいデショ」
 白制服の胸ポケットにハンディカムを押し込める。男は、改めて名を名乗った。白蘭といってボンゴレを殺す者だと言う。
「うん? 鳥がうるさいね」
 眉を寄せて、白蘭はボンゴレの肩から鳥の羽根を取り除いた。炎の熱で焦げているが、元は、純白の羽毛に茶色い線が走っていたのだろうと見て取れる。
 ホーホーとふくろうの呼び声に耳を寄せて、白蘭はうっとりと微笑んだ。
「キミも鳥のように羽根があれば死なずに済むのかもネ」
「…………」ボンゴレは虚ろに白蘭を見上げた。しゅるり、と、最後の百足が胴体を放して白蘭の背後に消えていく。
「キミの炎が最適だと思うんだ」
 白蘭の声には勝者の余裕が溢れていた。
「でも今の綱吉クンは炎にくせがありすぎなんだヨ。……例えば、十年前のキミなら、その炎も幼いからボクにも制御ができるだろーねえ?」
「何を、考えて……るんだ?」
「さァねえ。強いて言うならキミのことカナ」
 下唇を軽く舐めて、白蘭が手を伸ばす。襟首をつかまれ持ち上げられても綱吉は無抵抗だった。身体中の炎が奪われる――まるで、血管から血を抜かれたようで、全身が岩のように固くなっていた。動けない。
「やめろ」くぐもりを帯びた声と共にボンゴレは震え上がる。胸元を探る指が奇妙な妖しさを含んでいた。顎を上に向けて辿られて、密かに鳥肌が立つ。
「一応サ、試してみないとね。今のキミでもボックスに適合するかもしれないだろ? ボクの新しいボックスには、ヒトを込めてみよーと思うんだよ。綱吉クン」
「…………人を?!」
「ソ。すてきデショ? 炎の妖精を飼うみたいなもんさ」
「そ、それだけのために?! 今まで?! みんなを苦しめてきたっていうのか」
 綱吉の瞳が怒りに染まる。迫り来る死の気配も身体中の痛みも忘れて叫んだ。
「だれがあんたの子飼いになれるかっ!!」
「どうかな〜〜」茶化しながらも白蘭は自信に満ちていた。「キミの体は――、おっと、神聖な儀式を俗物的にいっちゃァダメだネ。キミの魂はボクを受け入れるかもしれないヨ?」
「?!」
 ギクリとして、綱吉が目を見開かせた。
「あんた――、なにか、ボンゴレとつながりがッ」
 ダァンッ!!
『!!』
 銃声が森の隅までこだまする。
「ぁっ……?」沢田綱吉は轟音を聞き取ると同時に衝撃を感じた。右の側頭部から左の側頭部へと抜けた。
 白蘭に背中を支えられたまま、力無く首を反らして手足を投げ出す。
 ぶらり、両腕が虚空を漕いだ。
(…………?)
 急激に白くなっていく視界の中で、逆さまに、
(ふく、ろう……)二メートルほど離れた樹上から、大梟が綱吉をまっすぐに見つめていた。白い羽毛に茶色い線を走らせた見事な一羽で、嘴が白い。
「ぁ……ぅそ……」
 遠のいていく意識の中で景色が反転する。そこでは遠い国に住んでいた――かつての故郷、並盛町で子どもに勉強を教えている。教壇に立って獄寺や山本、雲雀といった同僚に囲まれて――平和――傍らに笹川京子がいて、彼女と一緒に、彼女に良く似た幼稚園児の手を取って家へと帰っていった――強制的に流れ込むイメージに羨望と失望とが重なって、胸中に一人の少年が思い浮かんだ。
(なにやって……骸……)
 沢田綱吉の瞳が急速に焦点を失うのを見て、白蘭が舌打ちをした。
「あーああ」
 一滴の涙を顎までこぼした末、綱吉は首を折って動かなくなった。
 ほーほーと、樹上でふくろうが鳴いた。
「死んじゃった。ねえ、正チャン」
 じとり、と恨みがましく白蘭は背後を振り返る。
 木陰で自動小銃を構える青年がいた。眼鏡をかけ、鼻は少々赤らんでいる。両足を肩幅に開いて、銃口は沢田綱吉の頭部を狙っていた。
「なに。嫉妬カナ?」
「そんなんじゃありません」
 ショルダーホルスターに小銃を戻しつつ、青年は首を振る。
「家が近所だったよしみです。白蘭サンはほんとに酷いことしそうだったから」
「ヘエ〜? 正チャン、ボクの頭の中がわかるの?」
「わかりません」
 即答しつつ、ボンゴレ十代目の死体を眺める。頭部からの流血が激しく、白蘭の腕を汚していた。
「処理班を呼びますか……」
「ああ、いらないヨ。ボクの車に乗せてく」
「え?」
 白蘭はにっこりと目を細めて
「別に死んでても構わないンダ」と、言い切った。
「は、はぁっ? 白蘭サン? すぐ逃げなきゃ追っ手が来ますよ! ボンゴレサイドの!」
「つれてくよ。やりたかったんだもん」
「子どもですかぁ?!」
 仕方ナシに歩み寄ると、当然だとばかりにボンゴレ十代目が背中に乗せられた。
「ひぃっ! しかもこういう展開!」
「ガンバッテ、正チャン」二人組が森の出口を目指す。その背後をふくろうが飛んだ。ほう、ほう、鳴声が暗闇に沈む。
 森の脇に停車していた小型自動車に死体を放り込み、追っ手がないのを確認して入江正一はハンドルを握った。冷や汗が頬に滲む。
「白蘭サンの車でしょコレ。俺の車は一体……」
「乗り捨ててクダサ〜イ」
 正一はぶつくさとしつつもハンドルを切った。走り出した車内の後部座席で、白蘭はいそいそと死体に手をかける。襟首を解いて、首から臍までをスゥッと撫でて、白蘭は声を潜めて語る。
「……この子がソラをとんでるの、見たことある? 妖精みたいなんだヨ」
「悪魔みたいに見えましたけど」
「正チャンは先入観があるからネ〜。暗示にもかかりやすいし。ヘタレだし」
「何なんですかっ?! やんなら早くしてください気持ちのわるい!」
「……そう、それなんダヨ」
「うわぁああ?!」
 ぎゅりぎゅりっ。車体が傾ぐ。深夜の道路に急停車していた。
 白蘭は、正一の胸の前まで腕を伸ばしていた。ぐいっと彼を引き寄せて囁く。
「死後硬直が起きてるんだけど」
「は? ……そりゃ、もう、二時間くらい経ってますから」
 時計を確認しつつ、正一。白蘭は重苦しくため息をついた。
「正チャンのせいだ。責任とって」
「ハァ?! ふざけないでくださいっ!」
「見てよ。ほっぺたが硬いんだ」
「つれてくるなぁあああ!!」
 運転席に押し込められた死体に仰け反り、車外に転がり出た。沢田綱吉の遺体は頭からアスファルトに落ちた。
「…………っっ!」
 虚ろな瞳が空を見上げていた。右目から、薄っすらと涙の痕が伸びている。
 青褪めて、正一は運転席に戻った。
「もういいですね。このまま、置いていきましょう」
「う〜ん……。ウチの本部に霊安室があれば……」
「そんな気味の悪いもの欲しがる精神が……」
「ボクは欲しいヨ? あ〜あ、参ったなァ。生きてた頃は、きっとマシュマロみたいに柔らかかったんだろーにネ。もったいない。食べごろを逃した気分だヨ」
 無言でエンジンをかける。正一は、景色が動き出したことに安堵した。白蘭は助手席に入り込むとポケットからマシュマロの袋を取り出す。
「十年前の綱吉クンはぷにぷにだと思っておくヨ。仕方ない」
 横目でマショマロをぷにぷに押してる青年を見つめ、正一は唇だけでため息した。フーッと重々しく。
「ん?」だが、バックミラーを見て眉間を皺寄せた。
 沢田綱吉の死体――そのシルエットに何かの凹凸ができていた。確認するまでもなく車体が滑り、バックミラーから死体が消える。
「マシュマロ、食べるカナ?」
「いりません」
 首を振りつつ、正一は背後を覗くが何も見えなかった。
 白蘭の手が強引に首の方角を自分へと直す。
「食べるデショ」
「うどがぁっ! いらんっちゅーに!!」
 膝上にぶちまけられたものに仰け反り、また運転が乱れる。正一はそれきり死体に張り付いたものの存在を忘れた。どちらにせよ追っ手が来るには早すぎる。
 暗闇の中、両側に森を聳え立たせた車道の上で、ふくろうは静かにしていた。体の下では青年が体を横にしていた。首が曲がって、瞳が虚ろに大空を見上げている。
 森から羽音がした。十代目ェッ! と、切るような叫び声が後に続く。ふくろうは静かに佇みつづけた。やがて、死臭を嗅ぎ付けて人影が飛び出した。道路の真ん中で叫ぶ。
「綱吉!!」
 枝葉がざわめきながら風を運ぶ。ふくろうが飛び立った。ほー、ほー、呼び声を闇に溶かしながら羽根をはばたかせる。雲雀恭弥は唖然とした。沢田綱吉は頭部を打ち抜かれて絶命していた。両目は閉ざしてある。鳥が啄ばんだような傷痕が、僅かに、目蓋に残されていた。ばさばさした羽音が遠のいていく。

 

 


おわり




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