連なる鎖
棺桶が炎に集られた。炎の御手は教会に敷詰めた献花を散らして舞い上がる。白い花びらが、火の粉に混じって燃えた。着席するまま唖然とする一同。一人の青年が立ち上がった。
「プリーモ!!」悲痛で裏返った叫び声。
「何故だ! 炎の悪魔。彼を連れて行くだなんて聞いていない!」
炎が沸きあがり、祭壇の真上に集った。棺桶の真上でもある。悪魔は、馬の首の姿をした。
「種子を撒きにゆく。こいつにはもう少し生きてもらう」
「?! そ、蘇生するのか? それならこの場で」
新たに立ったのは銀色の頭をした少年だ。拳を握る。馬は首を縦に振ってヒヒンと吼えた。嘲笑うような響きを帯びる。血走ったまなこは、教会に集まる縁者を見渡した。
「運命はおまえらを翻弄する! また会おうぞ。次の頃にはわたしという種も消えているだろう――、だが、運命の眼はおまえらを見つけた! 楽しみにしているぞ。魂を燃やして余興を提供しろ我が子ら!」
「っ! 待て。プリーモを愚弄するなら許さない」
炎が天井を舐める。棺桶が浮き上がる。一喝と共に踊りだした人影が、喪服の袖口から棍棒を取り出した。銀製の細いつくりで、素早く棺桶の上蓋に叩き下ろす。
ガタァンッと棺桶が横倒しになった。最初の青年が、急ぎ飛びつき、蓋を外す。白面をした少年が横たわっていた。その場に集う誰よりも若いが、誰よりも信頼を集める者だというのは漏れ出たため息の数でわかる。
「プリーモ。失礼しますよ」
敷詰めた花びらの上から少年を抱き起こして、馬を模る炎を睨みつける。
「渡さない。プリーモはこの地に眠らせる」
「その願いは聞き届けられないぞ。現にその魂は我が手中」
「!!」青年はギクリとして両手を離した。プリーモ少年の体が、くたりと折れ曲がって発火した。業火の勢いをまとって、瞬く間に骨身を溶かす。
「くっ……う……!」
一同が後退りした。泣き叫ぶ者もある。目の前で、愛した少年が醜く変形した。やがて消えうせて塵に変わる。馬の影が塵に重なった。
「これでも埋葬するのか? 土に還すものなど何もないだろう」
「だ……まれ。冥界の底に叩きつけてやる!」
ヴウンッと音をたてて青年の両眼が光る。赤と青、左右で異なる光が眼球の奥から瞬く。
「やめろ! 悪魔には手を出すな」
青年の肩に手をかける。山高帽子を被った中年男性だった。尖った顎先に、手入れの行き届いた髯を生やす。柔らかなカーブを描く丸い瞳は可愛らしかった、が、今は眉尻を吊り上げる為に猛々しい。
「どういうつもりだ。プリーモについた悪魔だけが反乱をおこすとは……? オレには、テメェだけとは思えないぜ。最初からオレたちを嵌めるつもりだったか」
馬は小首を傾げた。プリーモの灰を我が身の一つとして、しゅるしゅると火の手を天井に近づける。天井を覆い隠して炎が盛る。だが誰一人も教会を飛び出そうとしなかった。
「力は手に入っただろう。おまえたちは、その超常の力をもってこの半島を制圧できる。代償があったというだけだ……。さぁ、さらばだ、行こう。プリーモ」
「…………!」誰もが息を呑む。
灰がきらきらと光り、人の形を生成した。炎がうねり血肉のように人型の中身を流れ込む。膨れ上がって弾け跳び、後には炎を肉体とした少年が残った。炎で出来た輪郭が、ぱちりと、瞬きして眼を開ける。新生児の清らかな眼差しだ。
炎のプリーモは教会を見渡した。かつての仲間、かつての守護者を眺める。唇がぱくぱくとしたが言葉は紡がない。
「さらばだ……。ふははは、さらば!」
炎がステンドグラスを突き破る。炎馬がプリーモの股下に首を差し込んだ。燃える背中に跨がされても少年の眼差しは宙を彷徨う。虚ろな灰を乗せて悪魔が空に昇る。残されたのは、立ち尽くす参列者、炎に巻かれた教会。最初の青年は声もだせずに破られた窓を見上げる。誰からともなく、名を呼びかけた。教会が叫喚に満ちる。
――混濁する意識の中で思ったものだ。どこに行く? なぜ皆がついてこない?
炎の中で魂が洗われる。知らない国の砂浜で覚醒した。プリーモは我が身の熱さに驚いた。まるで炎のようだと。胸も痛かった。無数の悲しみで貫かれたか、銀刃でも刺されたようだ。
「うっ……、うう。痛ァ、た、助けてっ。誰かっ」
両手で砂地を掻き集める。足でも砂を掻いた。
あがて砂がピンと張りつめる。肩から毛布が落ちた。瞬きを繰り返すと、青空がクリーム色の壁紙に変わる。肩に手を置かれて綱吉はハッと我に戻った。
「ぎゃあああああ?! あっ、いっでええ!」
シーツを握り締めたまま、頭から床に落ちた。ベッドサイドで、六道骸が軽蔑の眼差しをしている。
「昼過ぎですよ。まだ眠っているなんて……。睡眠狂?」
「む、むくろっ……。あれっ。オレの部屋だ」
体と顔とをペタペタ触って、綱吉は眼を丸くする。喉に手を当てたときだった。夢で感じたように、熱い。体の中で喉だけだった。逡巡の末に綱吉は骸に喉に触れるよう告げる。
「熱くないか?」
渋々と喉を触っていた骸が、眼の色を変えた。
「熱いですね。いつから? 声はずっとそんなガラガラ声?」
「えっ? あ、言われてみれば……。風邪かな」
六道骸は眉間に皺を寄せた。複雑そうに両目を透かす。
「時が満ちたのかもしれない。始まりの罪を贖うための戦いが近く来ているのかもしれませんね」
「……え?」
「順調に強くなってるみたいですが、君が強くなるということは、体内の炎を原初に戻しているということだ……。審判は近くなる一方です」
「骸? 何の話をしてるんだよ」
六道骸は、両目を閉じて肩を竦めた。
「今の君はプリーモとしての記憶を持っているんですか? あのメンバーの中で、僕は輪廻転生の業を背負わされた。同時に歴史の語り部となることもね」
「…………」
眉を潜めたまま綱吉はジッと骸を見つめる。オッドアイ、頬のライン、顎の形とを何度も眺めた。夢中の青年との相違点に気がつくが、それ以上に重なる部分のが多くて冷や汗を掻いた。
「さっきの夢は、おまえの過去か」
「どんな夢を見たのかわかりませんが、恐らく違いますよ。それはプリーモの夢だ。君の過去なんですよ」
「オレは、そんなの知らない。覚えない」
「……それが正常でしょうよ。君は沢田綱吉なんだから。でも、一つだけ言いたい。お久しぶりですプリーモ。会いたかった。あの時、僕は、自分を燃やしてでも君を抱きつづけるべきだった」
骸は踵を返す。室内を見渡して家庭教師の不在を確認したからだ。扉を越えて、少年を引き止めたのは他ならぬ綱吉だった。苦しげに歯噛みをする。
「今度、また話して。昔のことを」
「興味があるんですか?」
「それがオレたちの運命なんだろ?!」
沈黙。六道骸は、眩しげな顔で振り返った。オッドアイの奥に螺旋がきらめく。螺旋はすぐさま押し殺された。
「もっと強くなってください。僕もそうする。これだけが、生き残ることができる唯一の方法だということを忘れることなく」
「あ……?」
両頬に掌が宛てられた。クイと上向きにした途端、額に柔らかなものが当たる。騎士が忠誠を誓うときの仕草に似ていた。主君の手を取って口付けするのと、同種の敬虔さを込めて骸は両目を瞑る。
綱吉は困惑した。生真面目な態度なので振り払うのをためらう。やがて、骸の方から体を離していった。
「ちょっと……。おいっ」
「?」
階段下で骸は眼で尋ねる。
言葉につまった。夢がぶり返す。心臓が縮み上がる感覚。綱吉は微かに震えた。
「骸さん。信じていいの? 味方と思っていいのか」
「あぁ。さあね。どちらにせよ、僕はもうマフィアも人の温もりも信じる気になれない……。君だけは別ですが。これで返答になりましたか?」
綱吉は首を振る。骸は肩を竦めた。
「それじゃ。またいつか」
おわり
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