アナザーエンド

 

 


  自分よりやや短い手足、自分より頭一つ分低い背丈、自分より酷い強烈なクセ毛、列挙すれば暇がないほどの相違点にも馴れた。少年は、炎の纏った両手を頭の上で結び合わせて、標的目掛けて叩き降ろす。
  どがぁん! と、轟音と共に対象物が飛び散った。
  残骸は一瞬で大火に巻かれる。ニヤニヤしながらヤクザ共の末路を眺めていると、
「骸さま。エンジンかかりました」
  土手の上から声がかかった。
「オレをナメた真似するからこうなるんだ。文句があるなら、ボンゴレファミリーに言ってやれ。イタリアの超巨大マフィアだよ、知らねーの?! アッハハハハ!」
  足元には無数の成人男性が倒れこむ。三日月に向かって高笑いするのは沢田綱吉その人だった。確かに、彼は一大マフィアの若きボスだった。
「か、かしらァッ……!!」
  炎上する三階建てのビルを見つめ、うめくのは丸刈り頭の青年だ。彼は憎々しげに沢田綱吉を睨みつける――不様に這い付くばった姿勢のままでだ。綱吉は嗜虐的な笑みを浮かべて、相手の額をスニーカーの底にした。
「ウザッ!」
  凶悪に唇の両端を吊り上げて、顎を蹴り上げる。
「ジャパニーズマフィアの時代なんだ終わった。これからはイタリアの時代だ。よく覚えておけよ、ウジ共」
  綱吉は土手を登った。待ち構えていたワゴン車に飛び乗る、と、車体が急発進する。柿元千種がハンドルを握りながら冷静な質問をした。
「今の彼、生きたまま残してよかったんですか」
「いいんですよ」
  綱吉は己の炎がために額に汗を滲ませていた。スポーツタオルで顔を拭う。拭いきると、彼は、先程の狂気じみた振る舞いなどどこふく風で淡々と告げた。
「彼は骨のある男でしたから。面白くなると思うんですよね。きっと、日本中の支部に呼びかけて、沢田綱吉の一味に復讐しにいきますよ……。クフ、フフフフ」
  グラデーションが移るように、声色が変わる。
「アルコバレーノはどうでますかね。フッ、クフフッ」
  車内に含み笑いが満ちる。千種は黙ってハンドルを握るのに集中した。ボンゴレ十代目こと沢田綱吉が、六道骸に大敗を喫してから七日が経過していた。


「骸さァン、逃げたヤツなんか放っていいんであ?」
  顔を合わせるなり、少年がつまらなさそうに尋ねた。
「アルコバレーノは侮れない。僕の顔を知った上で未契約なのは彼だけです。モノにしなければなりません」
「ふーん……」ソファーから片腕を垂らし、ぶらんぶらんさせつつ、城嶋犬がホットドックを齧る。骸は、ベッドから体を起こすと左の側頭に流れる血潮を拭った。手の甲にベットリと赤が滲む。
  ベッドのふちにグッタリしてしゃがみ込む少年がいた。
  血の気を失って失神している。赤いシャツにチノパンをあわせた格好で外傷は無い。柿元千種が、背後から歩み寄って少年の腋下に手を入れた。
「部屋に入れておけばいいですね」
「お願いします。ふあ」
  あくびを噛み殺しつつ、自分もホットドックに手を伸ばす。犬は引き摺られて退場する少年を見つめていた。黒曜町でマンションを借りて、生活すること四日目。捕虜たる沢田綱吉には一室が丸ごと与えられていたが。
「骸さん。アイツ、ランチアみてーにすんれすか」
「クハハ。先輩みたいに僕の代わりにはできませんよ。由緒あるイタリアンマフィア、ボスの血を継承する少年ですからねぇ」
「なんれ連れてきたんれすか?」
  ホットドックの二つ目に手を伸ばす。骸は、クスリとした。迷彩のTシャツに黒曜中学校指定のパンツ、首には有刺鉄線を模したチョーカーを巻くスタイルだ。
「どうでもいいですけど、犬、ホットドック以外のものも作りなさい」
「ええっ。精魂こめて夕食にしたんれすよ?!」
「ウィンナー炒めてパンに挟んだだけじゃないですか!」
「えええっ?! じゃあ、パイナップル入りの酢ブタってのなら作れまふよ……、あ、冗談じゃないれすよ?! マジれすよ?! マジれ、それなら得意料理なんれっ……、あっ、あっ」
  あぎゃああああ!!! と、黒曜町一等地の高層ビルから悲鳴が沸き起こる。しかし全室に防音設備があるので、悲鳴は千種にすら聞こえないのだった。


(とはいっても、大体は順調だな……)
  広々したキングサイズベッドに大の字を広げつつ、六道骸は天井を見上げた。
  煌々とした電灯が八つ並んで円を作る。それぞれ長さが異なり階段状に段差がある。骸は、ミリシャンデリアの光で目を細める。慣れた筈の光ではある。首元に嵌めたチョーカーに手を当てた。
  契約した体を使うのには精神力を必要とする。このところ、沢田綱吉の体であちこち暴れまわることばかりだったので、普段より多く睡眠時間が恋しい。チョーカーを留め合わせる金具を探り当てたところで眉間に深く皺が寄った。
  目蓋を閉じれば炎の臭気が鼻を突く。順調に行っていないこと、それが正確には二つある。
  右隣の壁を見つめた。向こう側には彼の個室がある。
(思ったより気に入った、なんて、千種たちには言えないな)
  捕えた初日に、勝利の余韻に酔うあまりに勢いで犯して以来、私用で訪れるのは初めてだ。憑依に必要なときは千種か犬かが骸の前まで引き立てる。
  さすがに六時間近く経っているので沢田綱吉は意識を取り戻していた。赤紐が両手首を後ろ手でまとめ、ベッドの支柱と結びつける。移動ができる距離は非常に小さく、その範囲内に洗面所――ただし、通じる先の小部屋には洗面器と便器があるだけで扉が無い――、と皿が数枚置かれている。
  外開きの扉を押し開けるなり、綱吉は悲鳴らしき嗚咽をあげた。
「…………。恥ずかしいんですか?」
  小馬鹿にしつつ、六道骸は醜態を見遣る。背中を丸くして、皿から水を舐めている最中だった。驚いた余りに、顎で皿を引っかけてしまい口元が大きく濡れた。
「アンタ。なんで」
  怯えを宿した卑屈な目つきをした。綱吉が後退る。
「酷使させていただきましたから、メンテナンスまでやろうかと思いまして」
「いらない!!」
「防音ですよ、ここ」
「やめろ!! 来るな!!」
  ニッと口角を吊り上げて、骸は少年を縛る紐を握った。引き倒されて、綱吉が苦痛に喘ぐ。その体は、ところどころに火傷と切り傷がある。
「ご心配なく……。手当てもしてあげますよ」
「さ、わる、なッ」切れ切れの悲鳴を無視して少年をベッドに放り投げる。華奢な体が、リバウンドして中央へ転がった。背中を丸めて体を庇ったが、六道骸は片腕で綱吉を振り向かせ唇を重ねる。
「ひっ……!」
  しっかりと顎を抑えると口付けを深めた。内側の粘膜を擦り、咽喉の奥まで舌先を伸ばす。綱吉が咽た。キスというより咥内への暴虐である。
「顔は傷がつかないようにしているんですよ」
  たっぷりと舌を絡み合わせた末に、骸が体を起こす。その手には海外製の軟膏がある。蓋を開けると、たった今、自らで噛み切った綱吉の唇へとクリームを塗りつける。
「…………っっ!」
  綱吉は両眼に涙をにじませて骸を睨み付けた。
「こうすると君にお化粧してあげてるみたいですよ」
  キュッと親指で下唇を拭う。骸の眼差しから逃れるように綱吉が目を反らした。くすくす、笑って、両足を大きく割り裂く。チノパンを下着ごと脱がされた。その間、体を捩るが骸は綱吉を逃しはしない。
「こればかりはどうしようもありませんね……。君の中で感じることができるからよくわかりますよ。君の炎は本当に強烈だ。自分の体でさえ焼こうとする」
「いィッ……つあ……!!」
  腿の焼けどに軟膏が塗りたくられる。
「本来なら、超直感がある君にだけ使える能力なんでしょうね」
  軽やかな声音で、爛れた皮膚をぐりぐりと圧す。小刻みに震えつつ悲鳴を漏らす、少年のその仕草も好きだったので骸は必要以上にその体に触れる。
「う、っく……、っ」
  つう、と、指の腹で肌をなぞる度に、沢田綱吉は震え上がる。痛みが訪れるとわかっているので、骸の動きに過敏になって、怪我のない場所であっても震えて音をあげる。
「おい……て、けよ。自分でできるから」
「これ、親切ですよ?」
  シャツをまくりあげて、ぬるぬると腹にも塗りつける。綱吉は目尻を痙攣させた。
「やめろよっ……。い、いらない」
「きみはつれない事ばかりを言う……」
  くすくすとしながら、軟膏を脇に置いた。両足の間に体を割り込ませると、綱吉の顎を抑えて再び口づける。シャツのボタンに指が引っかけられた。ぷつぷつっと外れていく感触。綱吉が奥歯を噛んだ。憎らしげに六道骸を睨みつける。
「…………。日本に来たのは正解でしたね。君を前にすると本当にそう思う。僕の身代わりにはできませんが、専用のオモチャにならしてあげますよ」
「だ、れがっ……、んむっ!」
  ディープキスが数分に及ぶ。綱吉の反抗を咎めるようでもあった。六道骸のオッドアイが見開かれて口角がつりあがる。
「名誉なことですよ? 犬や千種にはさせてない」
「ゲホッ! ぐっ、……、んっ、かはっ」
  咽ぶ姿をじろじろと眺める。綱吉は、呼吸を確かにする頃には頬に涙を落としていた。生理的なものか心理的なものかは当人にすらわからないが、
「む、くろ……、いつか、オレを連れて帰ったこと、後悔する日がくる。はっ、ハッタリじゃないんだからな! いつかだ! いつかっ、コーカイ、させて……やる……!」
「クフッ。刺激的な告白ですね」
  綱吉には精一杯の虚勢だ。鼻で笑い飛ばして、再び口付けを強いた。




おわり




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