夢醒め
「行こう!」
晴れ晴れと少年が右手を差し出した。
笑顔に釣られて綱吉は手を握る。少年はギュッとことさら強く握った。もう離すことはないというほど力強く。
「どこに? きみは?」
澄み渡るような空が天井にある。少年はニコニコしたままで掴んだ手を引いた。
「守ってあげるから。怖くないよ」
「? どこにいくのか、教えてくれないのか」
「教えてあげる。まだ、ダメなだけ」
悪戯っぽく笑って少年が早足になる。ポツンとできた黒シミのように綱吉の胸にも疑念が湧いた。素直に眉根を寄せることで訴える。少年は、笑ったままで走り出す。勢いがあった。
「どこにいくの?」
「秘密だよ。後のお楽しみ!」
「どこに連れて行く?」
「ヒミツ!」
嬉しげに歯を見せる。
綱吉は鼻腔の奥でため息をして、少年に従った。後頭部に房を作った独特の髪形。髪色は黒いが、光の反射によって紺色にも見えた。綱吉はまた疑念が湧いた。
「ねえ、君。こっち観て」
振り向いた瞳は二色だった。右が赤く左で青く、肌は陶器のように透き通る。少年の首から下は漆黒のシャツに膝丈のズボンで、はみ出た両手両足と顔とが浮き上がって見える。綱吉は歩調を乱して目を擦った。
「? なんだか君を見てると変な気がする」
「どうして? お兄さん、変だよ」
からかうように微笑む。綱吉は言った。
「君のが変だよ」
「…………どうして?」
「え? あ、あれ。何言ってるんだろう」
口を抑えたが遅い。綱吉は直感的に悟った。少年の微笑みはもはや太陽の光を受けていない。朗らかでもない。底冷えした冷気が口角から漏れていた。
に……、と、ゆっくり歯を見せて笑いなおして、少年は首を傾げた。
「いきましょう。連れて行ってあげる」
「どこへ?」
先ほどより慎重に尋ねた。
少年はしばらく沈黙する。やがて、早口でうめいた。
「地獄へ。久しぶりですね、沢田綱吉。君を六道輪廻に招待する。僕と同じ乾いた存在になってしまえ。同じところに堕ちれば君はきっと僕のものになりたいと願う」
残酷さを隠さず、その両眼は爛々とした光で覆われていた。綱吉の脳裏に死のイメージが浮かんだ。殴られた気分に見舞われる。
「殺すの、か……? 骸?」
「違う。愛してあげます」
夢は醒めない。
おわり
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