かみのろ

 



 沢田綱吉は無造作に『デス○ート』を突き出した。六道骸に向けて。六道骸は、左右で色の違う瞳を大きく二回だけ瞬きさせた。
「どういう意味でしょうか。読めと?」
「少年漫画だよ。新世界の神になるってやつ」
「ほう。いかにもファンタジー……」呟いて、受け取ろうとしたが、沢田綱吉は骸が手を差し出しても無反応だった。怯えたまなこで骸を射る。
「これはファンタジーじゃなくてサスペンス漫画。かなり流行った。オレも嵌まってた」
「…………。自分、イタリア人です」
 唐突に六道骸が宣言する。その目はジッと表紙の主人公を見つめていた。細身の少年が、十字架のシルエットを背中にして巨大鎌をナナメに構えている。骸はそのビジュアルに興味がある様子だった。
 釈放後、日本にやってきてから呼び出しの回数がダントツで多い。六道骸にとっては不幸なことに、能力が多彩な上に犯罪経歴がある――つまり弱味があるので、リボーンは六道骸を使役しまくっていた。
 沢田綱吉は戸惑って両目を丸くした。図らずも呆れた声がでる。
「日本語、もしかして読めない?」
「喋れます」
「読めなかったのか」
「難しい漢字でなければ問題ありません」
 綱吉は手元の一巻をパラパラめくった。ン、と、小さくうめく。
「ルビ振ってあるから大丈夫だろ。で、オレが聞きたいのは――って何でイテテテテテテ!」
 無言で骸は綱吉の頬を抓っていた。睫毛を伏せたままで無人のハンモックへと視線を投げる。家庭教師の帰宅を待つこと、一時間。綱吉は内心でギクリとする。
「も、もうすぐだからさァッ、痛いですよッ」
「Goddamn……」
「ハァ?!」
 素早く右手の中指を突き立ててから、六道骸は何事も無かったかのような澄まし顔でデス○―ト一巻を取り上げた。パラパラと捲って、眉を潜める。
「この程度なら読めます。失礼極まりません」
「何か今ものすっごい不適切な侮辱が見えたぞお前! ガデム? イタリア語?」
「君には永遠にわからない語です」
 骸は足を崩して、綱吉が黙り込むのを見上げた。ベッドに腰かけた為に綱吉の顔のが高いところにある。
「英語もわからない沢田くんはかわいいですね。いつか埋める」
「何をだよ?!」
 両手をわなわなさせつつ、綱吉はハッとした。骸の手元を覗き込んでページを手繰る。
「これだよ、これ。お前に聞きたいと思って――」
「……『僕は新世界の神になる』?」
 登場人物のセリフを読んで、骸は首を傾げる。胡乱に沢田綱吉を睨んだ。
「お、おまえ、これがやりたいのかなぁっと!」
「新世界?」
「世界大戦がどうたらっていう口癖……。最近少し考えてみたんだけど」
「そのプリン並みの脳みそで」
 驚いたようにオッドアイを見張らせる。綱吉のこめかみがピクッとしたが、取り合わずに、綱吉は頭を振って骸の隣に腰かけた。
「壊した後にどうするんだよ。この漫画みたいに新世界の神様でも名乗るのか?」
「……神? 僕が?」
 動揺を孕んだ声音で応えて、しばしの沈黙。六道骸は硬直していた。やがて、首だけを浅く振る。
「神は……人殺しなんかしない。だから僕も神にはならない。もちろん、人を殺さぬ神などいないが、僕はそんなものはイヤだ。いいたいことは通じますか?」
「いいや。ぜんぜん……」
「神も仏もない世界がいい、新しく作るなら。こういうことです」
 漫画を閉じて綱吉に渡した。骸は考えるように目を細めて唇の閉口を繰り返す。
 ジッとそんな六道骸を見つめた。この頃、よく部屋を訪ねてくるこの少年が大罪を抱えた男であり哀れな犠牲者であると綱吉はわかっていた。だからこそ、彼について考える気になった。犯罪者だからこそ深く考える機会があるなど皮肉としか表現できないが。
 綱吉は真剣に言葉を待った。授業中でも作らない顔だ。それを知らずに、骸は独りごとを呟く。
「きっとその世界は醜い。希望がないのですから。僕は、その世界こそが観たい。希望がなくなったとき、彼らが果たして僕と同じような行動を取るのか――同じような感情に見舞われ――破壊に走るのか。あの時の行動が正しかったか否かが証明される。世界大戦がおきれば、きっと」
「起こすこと自体が目的ってことか? それって酷いんじゃないか? 世界を壊したがる割りには……無責任……」
「無責任だから壊すんですよ」
 侮蔑と腹立ちをこめて骸が横目で睨む。
 綱吉は頭だけを後退りさせた。返された漫画本を両手で強く握り締める。綱吉の内側を読んだように嘲笑った。
「話し合えば僕を抑えられるとでも思いました? 沢田綱吉。どう抵抗しようが容赦はしません。君の体は僕がいただきます」
「そういいながら、おまえの行動はどっか変だよ。だからよくわかんなくなるんじゃん」
「さてね」
 茶化しつつも色男の口角が引き攣る。綱吉は、それに気付けても真意をはじき出すことが出来ない。まるでテストで出題された数式だ。途中で明らかに計算に失敗していると自覚したときのように思考が凍り付いてしまう。
 リボーンはあれでキッチリした性格である。六道骸に、こう何度も早めな時間を告げるわけがないと綱吉は思う。
 ――この男、ワザと待ち合わせより早く来ているのでは?
 確認できるだけのコマはない。リボーンは徹底した秘密主義の男だから、自分の予定を人には漏らさない。なので、タイミングを読みきれず、綱吉は毎回のように六道骸との微妙な時間を過ごす嵌めになる。
 漫画を手にしたまま、綱吉はころころ転がる沈黙を持て余していた。六道骸、存在感はあるので、無視がしにくい。骸は部屋の壁を見たままボウッとしている。
「…………。世界大戦、阻止」
 不意に思いついて、綱吉は骸の後頭部を漫画本で叩いた。両目は骸の反応を探るため横顔を注視する。骸は肩を竦めて硬直していた。
「なんちゃって……」
「…………。ガキ。あほ。ふぁっ――」
「不適切な表現はやめろってば」
「そうですか?」
 べしっと押し付けられた本をどけるでもなく、六道骸は静かに不快を訴えた。
「ガキの遊びに付き合うのはあんまり楽しくありませんね。でも沢田くんは僕を止めたいんですか?」
「まぁ、そうなる――っつーか全人類がそうだろ!」
「殺してでも止めたい?」
「だからそういう危なげな方法じゃなくて」
 ウンザリした声になる。その声色に満足して骸は唇だけで笑い飛ばした。
「そういえば、Gaddamnって言葉。ガッデムって発音した方がわかりやすいですか」
「あ、――ガッデム! 外人がよく言うな」
「神を呪う、って意味ですよ」
 軽快な調子で言うので、やはり、綱吉には真意を導き出すことができない。六道骸が本気で神を呪ったのは五年前の話だった。屍だらけの部屋で骸は生まれ変わった、そして、彼の内部に立ち入った言及をするならば、六道骸には沢田綱吉のこの部屋も実験室の一つに思える。改変を迫られている。真横で返答に困っている若きボスたる少年に。二度目の生まれ変わりは骸の望むものではなかった。今更平和に生きるなんてしたくない。






おわり

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