エクレアの恋
その1
稲妻が落ちたような出会いだった。つぶらな瞳、ふわふわした髪の毛、痩せすぎず太すぎず育ちすぎずの子ども。一番ヒットしたのはその声だ。少し甲高くて、上擦っていて、可愛い中に男性としての琴線を通したようなもの。あの唇が僕の名前を紡げば五割増しでこの世は天国に見える。確信して――もちろん妄執じみた確信だとはわかっている――要は、それが現実になればいいだけだということもわかる、ともかくも僕は行動を開始した。八月某日、いきなり挫折する。笑顔はバッチリのはずだったが、急ぎすぎた。世界破滅作戦のために体が欲しかっただけなのに予想以上の抵抗にあう。僕自身が投獄される嵌めになる。かわいい薔薇にもトゲがあるという日本の格言を思い出す。ちょっと表現が違ったかもしれないが、まぁ、些細なことなので気にしない。
その2
彼のために守護者とやらを引き受ける。守護者? マフィアの? と、思うが、自力での脱出が困難なので保険は多くあるべきと思い直す。この頃、女の子の体は柔らかいんだなぁと変態じみたことを理解する。新たに手に入れた少女は便利だが、彼女の姿を借りてウロウロしていると千種と犬がものすごく嫌な顔をする。最初の晩、面白かったので二人に下着姿を見せびらかしたのがいけなかったかもしれない。凪はこういう悪事を知らずに僕を信じてくれるので楽だ……、違った。かわいい。僕のものだ。機会があったら凪のフリをして沢田綱吉に迫ってみようと思う。彼は童貞だ。(勘だが言いきれる)
その3
凪が株をあげた。多分僕も株をあげた。勢い余ったか、はたまた彼に覗き見の才能でもあるのか精神感応される。水の牢に入ってる現状がバレる。僕としては少々、腹がたつので、沢田綱吉の評価を下げようと思う。彼は本当に危険かもしれない。やはりかわいくても薔薇にはトゲがあった。
その4
見透かす力がボンゴレに備わった特殊能力だと家庭教師が言っていた気がする。失敗を悟る。頻繁に精神感応されて暗躍しづらい。思ったよりも目障りだ。かわいいだけで、後は、僕の手駒になりきれるカンタンなヤツの方が好みだと痛感する。
その5
よくわからなくなってきた。沢田綱吉が僕を助けるとか言い出した。バカじゃないかと思った。宝石みたいな光を宿して彼は僕を見る。何かを期待するように、もしくは哀れむように、このかわいい男の子がなぜそこまで僕を本気で気にかけるのかわからない。僕は、多少、変態的な傾向を持っているので沢田綱吉に興味を持っているのは理解できるのだけど。相手からも興味をもたれるとは、正直、想定外でどうしたらいいか迷う。
その6
そのときが来る。どうしたものか、わからない。僕を閉じ込める水の檻はいまや僕の防壁だった。これを割られたら、僕はボンゴレ十代目と向き合わなければならない。それは恐ろしかった。まだ、身の振り方を決めていない。
その7 〜エクレアの恋〜
つぶらな瞳、ふわふわした髪の毛、痩せすぎず太すぎず育ちすぎずの子ども。子どもは、唐突に呟いた僕を不思議そうに見返した。
「エクレアの語源は雷。雷みたいに早く食べないと中身が漏れちゃいます」
「気に入らなかったか?」
イスに座ったまま、膝の上のケーキボックスを見下ろす。エクレアが四つほど詰まっていた。誰が選んだのか、やたらと少女めいた見舞いの品だった。
「甘いものは得意じゃない」
「ウチの母さんは、これ、すごい好きなんだけど」
「置いておいたらいい。クロームが多分食べますから」
「そうしておくよ。骸、こっちは? 緑茶」
「……いただきます」
断わる理由はない、と、いうことにして受け取った。監禁してた水槽が割られて、気付けばベッドの上にいた。日本だ。雲雀恭弥ゆかりの病院らしかったが、ボンゴレファミリーの中で見舞いにくるのは沢田綱吉とその家庭教師くらいだった。
ペットボトルに口をつけながら見つめてみる。彼を。見れば見るほど好みだった。彼は黙り込む。その声が好きだ、何か、適当に喋ればいいと思うが、あいにくコチラも話題が浮かばなかった。下手に口を開けば恐ろしいことをやりそうだった。口が独り善がりになる。強引に内側に押し込んで、喉を震わせる。
「ただ、僕は……。そんなに求められても、と思って」
「?」
「何でもない」
やはり独り善がりになる。
まさか、僕の自慢の髪型にちなんでエクレア買ってきたとかあるわけがない。僕も馬鹿だ……、と、思う。しばらく月日が過ぎて沢田綱吉はまたエクレアを持って見舞いにきた。彼は冗談のように告げる。
「雷なんだっけ? おまえの髪型っぽいから買ってきた」
(……まさか、キスしたくなるんですか? 六道骸)
このとき、水の牢にいる分には、肉体的な干渉がまったくなかったので、この恋愛ごっこをするには有利な立場でいれたんだとようやく気が付いた。日本の格言でいうなら後の祭り。エクレアみたいに電光石化で進めばいいのにと少し思う。ショウジョ漫画みたいな展開は僕にはつらい……。それを引き起こしてる当人は、この頭の中にいるわけだ。どうしてくれる。
おわり
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