おれとあなたの名前

 



「なあ、オレの名前を言ってみ」
「ハイッ。ボンゴレ十代目です!」
「…………。ありがと」
 一瞬、脳裏に色々と過ぎったが、結局のところボンゴレは某有名キャラクターみたいに残酷な所業を犯すほど度胸がなかった。マフィアのボスっていったら、それくらいしてもいい気がするが、自分の性格とは違う。
 九代目は、イタリアにやってきた沢田綱吉に一軒の屋敷を用意した。メイドの数は五十人、シェフは三人、執事は一人、どこの御曹司だという話だ。正直、変化しすぎた日常についていけない。しかしながら綱吉は颯爽とした足取りでレッドカーペットの上を歩き出した。このカーペットが続く先に、綱吉の寝室がある。
「おやすみなさいませ、ボス」
「今日もお疲れ様ッス」
「うん。ご苦労さま。おやすみ」
 ガウン姿で向かいつつ、綱吉は遠くを見る目をして顎を引く。ため息がこぼれそうな気分だった。
(損だよな、この性格。マフィア向きじゃないって。この立場を利用して悪行三昧―、とか、贅沢三昧―、とか、そーゆーことして罪悪感ナシな性格だったらなあ。部下も使えなかったらポイポイ捨てちゃったりね)
 憧れの悪役像を想像しながら扉を開ける。ベッドに向かって、シーツに皺が寄っていることに気付いた。誰かが座っていたような痕だ。
「コ・ン・バ・ン・ハ」
「ぎゃああ?!」
 扉のすぐ横に男がいた。夜の色をしたスーツ姿。綱吉は飛び退いて、咄嗟に取り出したコルトガバメントを侵入者へ突きつける。45口径のパワーガンを前にしても水鉄砲を突きつけられたような態度を取るだけだった。青年は鼻で笑い飛ばしてベッドに歩む。
「行くってメールしましたよ? 見てないんですか」
「なっ。きょ、今日は、十二時にはパソコン消し――、ってケータイは風呂上がりにも見たぞ?!」
「メールはしました。見てないのは君の責任です」
 だから銃を下げろとでもいうニュアンスだ。綱吉は渋面で睨み付けた。
「いつだしたんだよ?」
「一分前に」
「アホかぁ!」
 思わず再びコルトガバメントを突きつけたが、侵入者は片眉で面白がっただけで動揺しない。付き合うのもバカらしくなるほど、彼はリラックスしていた。靴を脱いでキングサイズベッドに昇る。
「ちくしょお。何しにきたんだ」
 ついに諦めて、綱吉はガウンの懐へと銃を仕舞い込んだ。侵入者はニヤリとして自らの首を彩る赤色タイを外す。
「君が大失敗したっていうから。からかいに」
「帰れ。窓開けてやるから」
 窓は三重になっている。全て防弾ガラスだ。
「嘘ですよ。慰めにきてあげたんです。あの女子は君が大事にしていた子でしょう? ボンゴレはフェミニスト気取っているから、女が死ぬと特に落ち込む」
「女の人と子どもには優しくするのが――」
「非常識、です。彼女らも銃を持たせたら人殺しができる。一つの恨みで命を落としかねないこの世界では同情するほどバカな行いはない」
「オマエのスタイルを押し付けられてもな。クロームは元気?」
 ヒクリと眉根を動かして、侵入者は不機嫌になった。
「真っ先に聞くことがそれとはね。女好きめ」
「女の子に優しいオレがいいんだろ? もー、なんなんだアンタは! 帰れ!」
「慰めにきてあげたんです」
 上着までベッド下に捨てて、彼はワイシャツとスラックスだけの姿になった。誘うようにペロッと自らの口角を舐める。
「僕じゃないと満足できないでしょう?」
「その自信満々に非常識なところ、直らないのか? 人を呼ぶことだってできるんだぞ」
「僕が出張命令無視してるとでも? きちんとやってますよ。日本でのお仕事とイタリアでのお仕事、両方とも」
「またクローム使ってんだろ……」
 今度は、舌を伸ばして含み笑う。
「彼女はそれが幸せなんですよ。僕もね。ボンゴレはこういう時間の作り方は気に食わないですか?」
「悪党っつってんだよ。非道! 外道!」
 指差しされても彼は平然としていた。舌を引っ込めてシリアスにボンゴレ十代目を見つめる。
「僕の名前を言ってみなさい」
「え?」
「僕の名前を」
「……何だよ、ヤな感じだな。六道骸」
「そうです。つまり外道でナンボ。さ、久しぶりに一緒にスポーツしましょ、ボンゴレ十代目」
 ばさりと薄手のブランケットを広げ直して、骸。
「…………」気が遠くなる錯覚。こめかみを抑えて顰め面をした。あまりの強引ぶりに膝が抜けそうだ、が、それは相手の思うツボすぎて嫌になる。綱吉は、やがて弱々しく問い掛けた。
「アンタこそいえるの? オレの名前」
「君の名前? ボンゴレ」
「オレの名前を言ってみろ」
 六道骸はいささか卑屈に口角を吊り上げた。
「沢田綱吉。綱吉くん、もしかして僕が思っているよりずっとショックなんですか? 秘書一人殺されたのがそんなに?」
「アンタにはオレの気持ちなんて絶対わかんない」
 断りながらも、綱吉は扉に体重を預けた。ガウンの内側からコルトガバメントを取り出す。
「……いいですよ」
 ベッドの上でオッドアイがしなった。骸は甘美に囁きかける。それがどれほどボンゴレ十代目にとって甘美であるか、熟知しているから、ことさら甘く低く響かせるのだ。
「ここに僕がいるから。捨てて大丈夫」
「…………」
 後ろ手で扉に鍵をして、
「いつ帰るんだ?」
「朝まではいますよ」
 胸に潜りこむと骸はすぐさまガウンの裾に掌を忍ばせた。腋に両手を差し込んで裸の体を持ち上げる。サイドテーブルにコルトガバメントが置かれた。
「元気だしてくださいね」
 持ち上げた首筋にキスして、確かに、宣言通りに慰めを口にした。



おわり

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