弔い合戦

 


怒り狂って握り締めると、バキッと硬く音がした。サングラスが無残に二つ折りになっていた。獄寺隼人は逆上してツバを飛ばした。
「何いってやがる! テメーらがヤッたんだろーが!!」
背後には十数の黒服男を従えて、右隣には山本武がいた。左隣には雲雀恭弥。雲雀は、サングラスを外して、一同を見渡した。全員が喪服を身につける。墓地を前に彼等は睨み合いをつづけていた。
「沢田の仇、取らせてもらう。言い訳はきかない」
「何いってやがんだ! 骸さんの仇がァ!!」
血走った目をした痩身が叫ぶ。城島犬と呼ばれた彼は、両目の下に巨大なクマを作って幽鬼のような面持ちをしていた。犬歯を突き出して、錯乱してるようにも受け取れる。柿元千種が背後で眼鏡をずりあげた。
「派手にやれ。骸様に悲鳴が聞こえるぐらい」
「あったり前だびょん!! テメーら全員、拷問してやる! 一番残酷にやってやるびょん!」
「…………」二人の背後で、脇腹に片手を押し付ける少女がいた。
質素な黒で全身を包み、黒髪を肩の下まで降ろしている。クローム髑髏は、ロングスカートの裾を靡かせて前へと進み出た。犬すらも押しのけるように肩を張らせて、爛々とした瞳で、ボンゴレファミリーをまっすぐ射抜く。
「許さない。あなた達、絶対に許さないわ」
「こっちのセリフだぜ? ツナを殺した」
山本武の両眼には冷酷な光が宿りつづけている。日本刀の切っ先が、少女に向けられた。クロームは槍を両手にして咆哮した。
「許さないッッ。骸様を殺した!!」
「このくそアマが!」
獄寺隼人が喉の奥でうなる。背後のファミリーに向けて叫んだ。
「オイ、テメーら! 沢田さんに命かけろ!!」
「うぉっす!!」地響きのような返事が起こる。獄寺は空に向けて拳を突き上げ、命令した。
「弔い合戦だァ! 十代目の仇! 六道一派を皆殺しにしろ!!」
イタリア某所、数千人の死体を抱え込んだ墓地が戦場に変貌する中、ただ一人だけが墓地の石畳を進んでいた。花束を抱えた彼は、北西の最端まで歩いた。十歳頃の少年、真黒いスーツは背中を見ただけでは不釣合いに見えるが、正面から、その鋭利な顎を見初めただけでスーツの似合う美少年だとわかる。山高帽子がまた役者のようにニヒルで似合いだ。
美少年は墓の前で立ち止まった。
岩が組み立てられ、金色のプレートが貼り付けてある。沢田綱吉、と、掘られてあった。
家庭教師リボーンは、目を窄めて隣に置かれた墓を見た。黒色のプレート付きの墓だ。六道骸、とある。
「誰だ? 同じ日に葬式設定したバカは」
花束を沢田の墓石に載せる――花束で叩いたといった形容のが正しい。リボーンは肩を竦める。黒目が、まじまじと二人の墓を見詰めた。
背後からは銃声と悲鳴。爆音が混じって大地を揺るがした。
酷くつまらないものを見る目で、リボーンは墓の足元を睨んだ。
「……ま、さすがの殺し屋も死んだ男は殺せねえな。アホらし。アイツらも、アホだぜ」
語尾と共に踵を返す。リボーンの声音はさめざめしていて、哀愁が含まれていた。
「ホントに、アホばっかでやってらんねえよ」
リボーンは戦場へと足を向けた。後ろ手で別れを告げる。
しばしの時が間に入る。実際には数分だ。墓の裏から一人の青年が腕を出して、隣の墓の後ろに隠れていた男性を引っ張り出した。六道骸は後頭部の房を掴まれてあからさまに嫌な顔をした。
「抜けますって。ハゲていいんですか」
「おい、どーすんの?! 出て行くわけにもいかないし放っておくわけにも!」
「もうちょっと賢いと思ってたんですけど……」
「あああ、獄寺くん達もうちょっと冷静だと思ったのに」
沢田綱吉は頭を抱えた。骸と共に喪服である。サングラスも揃いのものをつけていた。葬式が出ると聞いて、綱吉と骸は慌ててイタリアの地に舞い戻った次第だ。個人決闘の直後、行方不明になったきりなので死体はあがらないが――、ファミリーはボスの死にきちんとした形を与えることを望む。綱吉は、一ヶ月前のことを思い出して歯噛みした。
「相打ちになったと思ってるんだ……。やっぱり連絡した方がよかったんじゃ」
「追っ手がきますよ。特に最強のヒットマンに出てこられたら君を守れない」
目を丸くする。骸は、興味がない風を装いながら戦場を見守っていた。綱吉には、彼が意図的に自分を振り返らないようしてると感じられる。
「千種達に不利ですね。彼等は殺すと思いますか? 綱吉くん」
「……わからない。完全にキレてるみたい」
墓石の裏でコソコソしつつ二人で様子を窺う。リボーンは、墓地の入り口で一人で静かに機関銃の組み立てを行っていた。骸が見咎めて鋭く息を吸い込む。
「さっきの、家庭教師は僕らの真相に気付いてると?」
「そうだと思うよ。オレ、今、リボーンが仲裁してくれたらいいなって思ってるんだけど……」
「そんなに甘い男ですかねー、あれ」
墓石の裏でヤンキー座りしつつ、六道骸は頬杖をついた。反対側の手には拳銃が握られている。
綱吉は、口角をむずむずさせてその拳銃を見下ろした。
「撃つなよ」
「撃ちませんよ。多分ね。せっかく逃亡がうまくいったのに、ここで僕らがでたら台無しになる」
「…………。あのままじゃ、」
「わかってますよ。僕の子達が負ける」
拳銃の安全装置を親指でいじりつつ、骸はつまらなさそうに戦地の三人を見つめた。綱吉はハラハラした。素直に顔にだして、自分の懐からも拳銃を取り出す。
「――ウチのファミリーにも手を出させる訳にはいかないからな」
「君は僕の方にも自分の方にも被害を少なくしたいんでしょう。いつものことですね。反吐がでる系の平和論」
「余計な感想を付け足すなよ、骸さん」
(いざとなったときに飛び出せばいい)二人の意思は共通していた。それでも沢田綱吉は冷静に骸一派に倒された部下を数えていた。骸は、部下三人の体にできた傷を数える。
「殺しすぎ、あんたのとこ。さすが六道さんの部下だな」
いやみのつもりで綱吉がうめく。こめかみに青筋が立っていた。
「僕がいない間にまた腕をあげたようですね」
他人事のように骸がうめいた。二人は既に中腰になって墓石から飛び出す準備を整えていた。
と、
ダダダダダンッという激音が戦場の時間を止めた。
雷が連続して落ちるに等しい轟音だった。火花を散らしていた槍とトンファーが、ぶつかり合ったままで制止する。クロームと雲雀は即座に距離を空けて叫んだ。
「邪魔しないで!」スカートを翻して眉尻を吊り上げる。鬼の形相をするクロームに劣らず、雲雀恭弥も完全に逆上して怒鳴りつけていた。
「ざけんじゃないよ、赤ん坊!」
「十歳の紳士を捕まえてその発言はねーんじゃねーの?!」
自らの帽子のツバを掴んで取り外す。リボーンは両目を陽の下に晒した。
「テメーら、争うな。葬式なんだから静かに悼めよ」
機関銃の表面を撫で付けながら、家庭教師がうめく。綱吉と骸は目を丸くした。……やや、間を置いて、二人は急ぎ踵を返す。勘付かれたら面倒だった。
逃げる道すがら、綱吉は自慢げに胸を張った。
「ホラな? リボーン最高だったろ?」
「キザ。格好つけですね、彼」
不満を抱えた声音は無視する。綱吉は自分の胸に向けて大きく頷いてみせる。丘の上まで走った後で、墓地を見下ろした。大きく手を振る。骸はポケットに両手を入れて、綱吉が別れを告げるのに飽きるのを待った。


おわり





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