蜘蛛は蜘蛛らしく

 


少し虚しくなってきて、六道骸は質問の形を変えることにした。
椅子に深く腰かけたままで膝の頭に両肘をつけて、両手の指を結び合わせて、その上に顎を載せた格好をしている。骸は唇を僅かに開いて喉を震わせる。
「蜘蛛の足は何本ですか?」
「…………?! なっ。なにいうんだよアンタぁ」
沢田綱吉は怯えて首を振った。縛られている為、不自然な仕草となる。少年は両手を頭上に掲げたままだ。両足を伸ばしてもんどりうっただけに骸には見える。
綱吉の肘の関節部に鉄製のリングが嵌まっている。右と左を繋げて戒めて、天井のフックから少年を垂らす。両膝にも同様のリングが嵌まってボンゴレ十代目をただの捕虜に成り下げさせる。
「何本ですか。また痛い目に合いたいなら喜んで応じますが」
乗馬用の鞭が六道骸の膝上にあった。左右で色の違う瞳をそちらに向かして笑う。明らかに恐怖を宿して綱吉が震声をあげた。
「言えない……。骸はトリックも話術もうまい。オレは勝てない。だから、どんな些細な質問でもいわ、な、ッッ!」
ビッと頬に蚯蚓腫れが走る。骸は顔色を変えずに、片手で顎を支えて頬杖したままで鞭を振るった。
既にシャツは破けている。シャツの前は千切れ千切れになって綱吉の両腕に絡み付くだけの分しか残っていない。
悲鳴を堪える仕草を眺めつつ、骸は足を組んだ。椅子に背中を押し付けて、蛍光灯を見上げる。狭い拷問室を照らす光は弱い。足元は充分に照らさない。
「痛いですか? かわいそうに。少し濡らしてあげましょうか」
慈悲も誠意もない口調でうめいて鞭先を舐める。湿るのを確認すると綱吉の肌へと押し付けた。赤く腫れた右の乳首をゆるく押し潰す。綱吉は眉根を硬く寄せて骸を睨んだ。怯えが大いに含まれて、両目は潤んでいる。
「ボンゴレファミリーの本拠地が言えないのは充分わかりましたよ。沢田綱吉。僕は始めに何ていいました? 僕の質問に答えないとココから出さないと言ったでしょう?」
蚯蚓腫れの上に鞭で辿りながら、骸は口角を吊り上げる。
「いい訳が欲しいですね。君の口を一切割らずに赦しを与えたといっては僕の名が廃る。僕が自分の顔を潰してまで君を赦すと思いますか? 思ったよりも君が頑張るのでそろそろ休憩がしたいんですよ。腹が空いてきた」時計を横目にして、骸はますます楽しげに笑う。
「五時間。よく保ちましたね」
「骸。アンタ、約束を守るような男じゃない」
「そんなことありませんよ? その可愛い童顔に一生残る傷をつけるのは僕も少し忍びない。言ってくださいよ、ねえ」
強請るように甘えた声をだして、骸は小首を傾げた。
「答えてくれたら休憩を挟みましょう。約束です。蜘蛛の足は何本ですか? 七? 八?」
沈黙は長い。綱吉は下唇を噛んだ。拍子に、汗と血が混ざったものが顎を伝い落ちていく。
「……六本だったと思う」
「八本ですよ」
即座に切り返す。綱吉を睨む目は厭きれていた。
「い、いいだろ別にっ。蜘蛛なんかジッと見たことないんだから! 骸、もう帰れ」
「蜘蛛の足は六本ですか」
「いつまでも引き摺ンなよなッ。笑うなッ」
綱吉の声音には痛みと疲労が滲む。六本ねえ、と、うめいて骸は乗馬鞭の柄を自らの顎に当てた。
軽く笑む眼差しはどこか怪しい。綱吉が両目を鋭く絞る。
「約束は守れないのか、アンタ。最低だ……」
「僕はよく蜘蛛男とか言われます。例えとして使われる。蜘蛛とか蛇とか悪魔とか。酷いものだとゴブリン」
鞭の柄を頭の左側に押し当てて、軽やかな調子で数えてみせる。骸の様子はそれまでのものと違ったので綱吉は鳥肌を立てた。ゾッとして瞳孔を縮めていく、その様子に、骸はますます楽しげにして柄を頭にぐりぐりと当てた。
「一つ。二つ。三つ。四つ、五つ」
頭から左手に、左手から右手に、右手から左足に、左足から右足に柄を移動させる。最後の体の前に持ってきて骸はニヤリとした。
「蜘蛛って形容をしてくるのは、大抵、大抵僕の罠にかかった連中です。女であったり金持ちであったりする。彼らを騙すのは別に構わない。ただ僕はたまに自分の胴体を確認して、備わる足を数えてみて呆れ返ることがある。僕は八つも武器を持っていません」
「…………。骸さ、ん、約束。約束守れよ」
それが最後の綱であるかのように、頭を垂らす。綱吉の両目は酷く怯えていた。一挙一動を逃さぬように、強く見つめて警戒している。
「僕は最低ですから。これでもけっこう下品です。そういう類の話、君は嫌いそうですね? 念願のボンゴレ十代目が目の前にいて、ずっと二人きりで、尋問しつづけて、僕は確かに疲れてきました。腹も減った。段々と君が色っぽく見えてきた」
綱吉が首を振る。縛められた両手両足を振り回すが、ぎちぎちっと鎖が擦れ合うだけだった。乗馬鞭を持ち替えて、骸は、静かに自分の股間に柄を立てた。
「六本目。くだんないジョークとか考えたりするんですよ、これでも。それを君に語る日が来るとは思ってませんでしたが、しかし、おかしいですね……。男なんぞにこんな気分になるなんて」
「来るな! やめろ馬鹿!!」
「沢田綱吉。ええ、そう、蜘蛛の足は六本ですよ。蜘蛛はこうして獲物を絡めていく外道なんですよ」
綱吉が激しく首を振る。全身で脂汗を掻いている。骸は、腫れた胸元を自らの指でなで上げた。乗馬用の鞭を片手で握ったままで浅く首元を舐めていく。
「ひ……?! く、くあ、あ、気持ち悪っっ」
鞭先をひたりとへそに当て、嬲るように中を掻き混ぜて、両手に残ったままのシャツを掴んで引き千切る。布きれと化した塊は躊躇いなく綱吉の咥内奥深くへと突き込まれた。
「んぐっ?! む?! ふうう、むあまああっ……!!」
ぶんぶんと大きく首を振る、その綱吉を見上げながら、骸は静かに両手を彼の背後へと回した。
「はひっ……?!」
腰を押し付けられて綱吉が震える。目尻から落ちるものがあった。
「こういう趣味を持ち合わせてるつもりはなかったんですけど……。まあ、構いませんよね。君はどうせ喋ることを喋ったら契約して、使い棄てればいいだけの男ですし……。マフィアですしね」
言い訳めいた物言いを繰り返して、自らの襟首に手をかける。骸のこめかみから一筋の汗が流れだす。元から、首筋に浮き立っていた冷や汗と混ざり合った。
「君を陵辱すればマフィアを陵辱することに繋がる。クフフ。合理的なやり方ではないですか」
声の震えを抑えつつ、骸は固唾を飲乾した。

 




おわり




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