失踪

 


綱吉はドキドキしつつ猫撫で声をかけた。
「骸さんは、今、どこにいるの?」
「僕ですか? 一言じゃいえませんよ」
「教えてよ。オレとお前の仲だろが」
「オヤ、アツイこと言いますね。でもホント難しい。例えば今なんか走ってますし、新調したスーツが早速ボロボロになって困ってるんです。血っておちにくいんですよね。ああ、白って僕のイメージと少しズレるとか考えますか? そんなことないですよ。意外と似合うんです。自分でそんなこと言うようじゃ信用できないって考えますか? そうでもないですよ。何せこの六道骸ですしね。ああ、すいません、全然質問に答えてないですね」
「ううん。いいよ。骸さんが正直に言うなんてこれっぽっちも思ってない。銃声がしてきた」
「ええ。もうすぐですね。覚悟はしてるんですか」
「このケータイ握り潰せるくらいの握力が俺にもあったらな。所詮オレなんて炎の力を封じられたら紙風船みたいなもんだよ。そう、だから、今、風船みたいに飛べたらいいなってすごく思ってる」
カツンッ。向こう側から乾いた音がする。骸は携帯電話を放り捨てたようだ。
「――骨折も痛いのもヤだけどアンタの手に落ちるよかマシだっつの!」
「君は浅はかなんですよねっ。決定的なところで!!」
「なぁっ?!」
身を投げた直後、下の窓を突き破って影が踊り出た。
日の光を浴びて真白いスーツが光る。毒々しくも赤い斑点が散らばって、生地が破けた個所もあった。美丈夫は筒状の装置を握り締めた。親指でボタンを押すと同時にワイヤーが天頂目掛けて打ち上げられる。
「?! やめろ! 死んだ方がマシ!」
ボンゴレ十代目は二十階建てのビルから飛び降りた。
骸は身を捻って綱吉の腕を掴む。ワイヤーはびゅるるるっと空を裂いて伸びつづける。ビルの屋上に先っぽが落下して、途端、ガクンッと唐突に衝撃が起きて青年二人が苦しげにうめいた。腕一本で自身と綱吉とを支えて、骸は両目を閉じた。苦悶が美しい面立ちを歪にいじる。
「ぐっ……。こんなことくらい、僕が想像できないと思いますか。ボンゴレ」
「やめろよ! 離せ! アンタまで落ちるぞッ」
目蓋があがればオッドアイがある。赤目が光り、同時に二人の背後でガラスが飛び散った。ビルの窓ガラスが一面、見えない力で押し破られて地上に向けて落ちていく。赤目を光らせたままで骸は両足を振り被った。振り子にして、屋内へと飛び込む。
かに、見えた。綱吉は驚愕で両目を見開かせた。落下が止まらない。
「今のは幻覚です。ボンゴレファミリーの目を眩ませるため。僕らはこのまま落下して逃げますよ。クロームと千種がハイウェイで待っている」
「こ、んにゃろォ! ざけんな! いつオレがアンタの仲間になるって言ったよ!? 誰がマフィア抜けるって言ったよ!? 迷惑なんだアンタの行動はいつだってえらい迷惑!!」
「いつ僕が君を攫わないと言いましたか。君は僕が好きだといった時に頷いた。だから僕には君を好き勝手にする権利が――」
「あるわきゃねえ――ッッ!! アホ!」
アスファルトがぐぐっと圧し迫る。激突の直前、ワイヤーがぎゅるぎゅると摩擦音を響かせる。ふわり、と、風船のように一度だけ浮き上がって青年二人は地表に着地した。天を指差し混乱する人々は、誰も気がつかない。六道骸の幻覚が二人を覆っていた。
「でも嫌いじゃないんでしょう?!」
ビルを背中に駆け出しつつ、骸が肩越しに振り返る。綱吉は首を振った。
「今、嫌いになった!!」
「じゃあそれまでは好きだったんですね」
グイッと綱吉の腕を引いて、骸はほくそ笑んだ。白いスーツには硝煙の香もこびりついている。
「けっこうです。また、後で惚れ直してもらえばいいだけです」
「だけ、じゃねーだろどう考えても! チクショ――!!!」
半泣きしつつ、引き摺られる格好で沢田綱吉は失踪する。黒煙立ち昇るビルが後に残る。






おわり



>>もどる