何かの証になるなら
骸ってたまに頭おかしいんじゃないかと思う。
「いくら何でもそんなのいりませんよ、俺は!」
「? 君の為に取り寄せたのに」
迷惑そうに眉根を寄せて六道骸は腕組みをした。ど、どっちが迷惑なんだ! と、思うのは、骸が背後に巨大な象サンを従えているからだ。
並盛町、昼下がり。
土曜日なので午前で授業が終わった小学生がいたりなんかする。象サンは小学生に群がられていたが、六道骸は、特に気にせずに右腕を広げて説教をした。
「僕の好意を無下にするんですか? 君らしくもありませんね。金目のものなら受け取るくせに」
「象は金目のものかよ?! て、そうじゃね――ッッ! 何これ! インド産?!」
「六道輪廻産です……、」
ホッとした。幻覚なら、すぐに消せるはずだ。
しかし六道骸は腕組みする。傲慢な態度のまま鼻息で嘲った。
「とでも言うのを期待してるんでしょう? 残念でしたね。本場アフリカからの輸入ですよ。飼育係は犬です」
「も、戻してこいよ! ワシントン条約とか大丈夫?!」
「NGですね。モロに引っかかってます」
「ぎゃああああ?!!」
回れ右をするが、しっかり襟首を掴まれていた。
骸は手綱を引いた。象の首につけた首輪は、ヘビ皮で出来ていて巨体に似合わぬ細身な一品だ。小学生がきゃーきゃーと歓声をあげた。遠目で様子をうかがっていた主婦が、慌てて我が子と思しき子どもを抱きかかえて後退る。周囲の動き全てを無視して、骸は象の鼻に足をかけた。
「ま、まてっ! 思い止まれこの変人!!」
「失礼ですね。とにかく、行きますよ」
「どこに?! っちゅーか首絞まってるっつの! なんで象?!」
肩越しに振り向いて(ちなみに後ろ襟首掴んだまま鼻を昇ろうとしてるので、俺が宙吊りに近いことになってるんだけど)、骸はオッドアイを軽蔑に染めあげた。小さくため息をついて、一言。
「単細胞」
「…………?!」
冷や汗がダラダラと噴き出た。
ヒョイと鼻を乗り越えて骸が象の背中に立つ。その脇に降ろされて(首吊りになった時間は一秒にも満たなかったのでウゲッと心臓が0.5秒止まるくらいの衝撃で済んだ)、慌てて骸の足にしがみ付く。
「お、俺なんか言ったっけ?! だあああ動いたァッ!!」
「生きてるんですからね。ほらほら、蹴飛ばしますよ」
「おまえ善良なガキども相手に何いってんの?!」
愕然とする間に象が前進する。きゃーきゃーした悲鳴はまだ耐えない。小学生が骸と俺とを指差してうらやましそう、に……。
「……あの子たち、乗せてやったら?!」
思わずうめくと、骸は、酷くつまらなさそうに俺を見下した。骸自身は俺に好意があるとのたまうが、こういう瞬間に実は憎まれてるだけじゃ……、とか、思う。絶句するあいだに、六道骸はパチンと指を鳴らした。
「わっ?!」
フワリと体が浮いた。象が浮いたのだ。
見れば骸の指先から蓮のツルが伸び始めていた。つまらなさそうにしたままで、骸は自らの髪を掻き揚げる。彼が全身で風を受けて、ばさばさと黒曜中のジャケットをはためかせる頃には、俺と象とは空中にいた。
「ああああっっ?! 何これなにこれえええぎゃああ!」
パオーン!! 象サンが四足をバタつかせる。間違いない、俺と同じ気持ちだ! 思わず抱きつきながら骸を睨みつける。
高速で空を移動しつつも骸だけが涼しげな顔をしていた。いや、実際、涼しいけど! 寒いけど!
「どれだけお人好しになれば気が済むっていうんでしょうかね、僕は」
「何言っちゃってんだ骸!! 降ろせェええ!!」
「空中散歩はお嫌いですか」
右目の赤を鈍く光らせる。六道骸の蓮が象の四肢に絡んで、その蓮のツルは遥か地平の向こうまで続いていた。というか声が出なくなってくる。日本列島を通り過ぎたように見えた。
視線を下げれば、雲の下に海がある。大西洋だか、太平洋だが、日本海だかはわからない、け、ど。
ガタガタと震えつつ、いやまさかコイツでもここまでは――、でも有りえそうだった。骸はどこかネジが吹っ飛んでいる。確か、けっこう前にイタリアへの出向をいやがって、いたが、その後は何も聞いてなかったので、素直に出向いて……帰ってきたものとばかり思ったが。
「…………?! 誘拐?! まさか俺つれて逃げる気じゃないだろーな?!」
「さて、ね」
小馬鹿にした口調だ。
骸は風にも負けないで立っていた。
「僕はこれでも根っからの悪人だって自覚がある。ここに在るのは一頭のアフリカ象。僕と、君。僕は望んでいますが望んではいない。綱吉くんは、ごくたまに僕に望むことがあるでしょう?!」
「は、はぁっ……?! 意味が、よく、わから、うわっ!」
飛行スピードがあがる。足が滑った。伸びた手がシャツの襟首を掴む。骸は、そのまま俺の腕を取ると自分の腰に手のひらを宛がった。
掴んでおけ、という意味だろう。
……よくわからなくなるのもまたこういう瞬間だ。落ち着かない気分で、頭上を睨むと骸はオッドアイをクスリと笑わせた。唇が、歌うように薄く開く。
「君を望んでるのか望んでないのかわからなくなる時はあるってことですよ。だけど僕は君に望まれるなら、それを成し遂げてあげたくなる。君はそれで少しは僕に」
微笑んでくれはしないだろうかと。
最後だけ、つぶやく時に目を反らした。俺のがギクリとする。けど、骸は、辿り付いた大地を確認しただけのようにも見えた。
パチッと再び指を鳴らして、その瞬間、ぶわっと風が吹く。
ぱおっ。
象が中途半端に吼える。
「えっ……? ど、どこ、ここ」
骸の腰に抱きついて身を縮めていた。パチパチと両目を瞬かせても視界は変わらない。地平線が、見えた。草原とまばらに生える痩せた樹木。テレビで見るようなアフリカのサバンナだ。
「象牙を刈る為だけに殺すなんてかわいそうに」
他人事のように骸がうめく。象の鼻をくだると、途中で俺に手を差し出した。
「……おまえのセリフか? それ」
「いいえ。二週間前の綱吉くんのセリフです」
……やっぱし。口角がヒクリとした。手を掴んで、降ろしてもらいつつも象を振り返る。唐突な変化についていけない様子で、野太い四足で地団駄を踏んでいた。
「そんなこと、いったっけ……」
「犬と一緒にテレビゲームしながら。で、イタリアで、それっぽいのを見つけたので、張っておいたらアタリだった……。君に見せようと思って、せっかくだから日本に転送させたのが昨日です」
六道輪廻の能力というのはド○えもんに近いらしい。ど○でもドアか。半眼になると、骸はみるみる機嫌を急落させる。憎々しげに睨んでくる。
「…………っ、どーも! どうもな! わざわざサンキュー!」
「本当にそう思ってますか? 余計なことしやがって、とか思ってるでしょう?!」
「ま・さ・か!!」
ブンブンと首を振る。骸は首輪を解くと顎をしゃくった。自由にされてアフリカ象は辺りを見回す。
「――――」右目を瞬かせて、骸は低く何事かをうめいた。
遥か、遠方を指差す。地平線の向こうにグレーの波がある。
アフリカ象は、群れに向けて歩き出した。その後ろ姿は刻々と小さくなる。あんな巨大なくせに意外と足が速いものだ。
「うん。本当に嬉しいと思ってるよ。骸さんもいいことできるじゃないか」
ぱおーん、と、群れに合流する頃に鳴声がした。笑みが漏れる。こんな場面に遭遇して、悪い気になるヤツなんていない。
俺の笑顔をまじまじ見詰めつつ、骸は顎を抑えた。
「褒めてるんだか貶してるんだか、わかりませんね。しかし任せてください。この六道骸ならばアフターフォローもバッチリです。マインドコントロールも仕掛けて既にあの象もあっちの群れも互いを群れの個体であると信じ込んである状態です。おまけであの象は群れのリーダーの妹だと思わせておきました。老後も安心のサービスですよ」
「な、なんか黒いぞっ?! 思ってたより平和じゃないな?!」
「自然界の掟を捻じ曲げてしまいました」
格好つけたように自らの額を抑えて、骸が口角で笑う。
こういうのを見ると、超、引くわけだが。ドン引きってヤツだが、骸は気にした様子もなく、片手にしていた首輪に視線を落とした。
「つけますか?」
「なんで?!」
「わかってないようですが、僕はまだイタリア出向中ですよ。君に象を見せようと思って日本に飛びはしましたが、まだ仕事が山のようにある。一ヶ月はそちらに戻れません」
「え?」
淡々と呟きつつ、骸のオッドアイは爛々としてる。
何かを言わんとしていた。瞳に脅されている気分だ。また、好かれているんだか憎まれているんだかわからなくなる。
「骸さん……? ついてこいって言ってるのか?」
彼は小さく顎を引く。単に身動ぎしたのか、頷いたのか、判別がつかない。だから骸もきっと自分がどうしたいのかわからないまま動いているんだと推測できた。
いや、その推測に縋るしか、俺がどうするかを決められる材料がない。骸も自分の感情がわかりきってないのだと仮に考えてみる。その、仮に乗っ取ったままでしか動けないけど、それなら、
「イヤだよ。日本での生活あるし。骸、そうやってまた戻ってくればいいじゃないか。遊びに来てよ」
「それはそうですが。綱吉くん。そういうわけでも……。僕は、ただ証が」
途中で止めて、代わりに象の群れを見上げる。
フウ。小さくため息をつくと、皮製の手綱をピッと横に引いた。思わずたたらを踏む。
「うわっ?!」
無造作に振りあげて、鞭のように振り下ろしてくる!
がぁう! 背後で獣の咆哮がした。手綱をしならせて後退りしつつ、肩を掴まれる。骸の背中に庇われた格好だった。
「肉に飢えてるようですね。そろそろ引き上げますか」
「チーターって無理じゃないか?!」
足が速いじゃん! チーターがじりじりして俺達二人の様子を窺ってる。次の瞬間、ビシィッ! と甲高く空を割いて鞭が地面を叩いた。
チーターがビクリッと身を震わせる。
その一瞬を縫って、六道輪廻の花が咲いた。蓮のツルがぐいっと空に引っ張りあげる。
「どこに戻して欲しいか、注文があるなら聞きましょうか?」
「い、イタリアはヤダってば! 俺はまだ時期じゃない!」
「わかっていますよ。君は、思い違いをしているようにも聞こえますよ? 僕は、君が僕の留守のあいだに――、忘れてしまうんじゃないかと――」
風が轟音になって鼓膜を叩く。よく聞こえなかった。蓮のツルが靴裏に張り付いて空に持ち上げている。骸も同じようにして、空の方角を探った。
「つまらないとは、思ってるんですけどね。するだけ無駄、思うだけ無駄なことだってある。僕はまた君につまらない期待をしてくだらない嫉妬心で我が身を甚振るだけだ。でも、これは君にあげますよ」
日本についたら捨ててけっこうですけどね。
付け足して、皮肉げに笑う。蓮のツルが腰に巻きついた。戻される、と、直感した。咄嗟に骸の胸に片手を伸ばしていた。シャツを掴んで、思い切り手繰り寄せる。
「そんなこというなよ! 持ってるから。おまえが帰ってくるまで!」
「!」
オッドアイが丸くなる。
ドサ! と、背中が柔らかなものにぶつかった。
恐る恐ると目を開ければ、見慣れた天井。俺の寝室兼リボーンの寝室、自宅に帰っている。ベッドの上だった。上半身を起こすと、右手に握ったままの長大なヘビ皮が床にまで垂れていた。首輪というより、細長いベルトみたいだ。
「…………。あ、靴」
靴を履いたままベッドの上に。
背中が湿っている。靴を脱ぎ忘れたからだって、自分ながら無理のあるピースだけれどパズルに嵌めこみたい。よくわからないのに、またものすごくよくわからない行動をしてしまった……。
本気でやばいかも、と、思ったのは、五日後に届いたエアメールだった。六道骸は真っ黒いだけの封筒に黒いカードを一枚だけ入れていた。右隅に、白薔薇を模したワンポイントが小さく印刷されている。何でそんなロマンチックなチョイスを……、と、突っ込む気力もなくなる。
「帰ったら首輪のサイズを君用に直してあげますからね」
棒読みしつつ、目眩がした。また足元からじわじわした焦燥感が昇ってくる。誰かに相談しようにも、こんなことを相談できる相手なんて、それこそ骸くらいしかいなかった。
「つっくん? 誰からだったの?」
洗濯物を手にした母さんが不思議そうにする。慌てて階段を駆け上がった。
「友達だよ! 友達!」
そう、六道骸とは所詮そんな間柄だ。
だから、早く帰ってこないものだろうか、とか思ってもおかしくはないはず。首輪はどうでもいいけどっていうかドン引きだけど。一ヶ月は長すぎる。
おわり
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