人形とおもちゃ

 


(……あれ?)
 違和感に少女は足を止める。
 斜め上を見上げる。尖った顎にすらりと伸びる鼻筋。平均的な日本人よりも高い。しかし外人といいきるのが難しいほど日本人的な顔立ちをした少年がいた。
 六道骸。実際、彼の正確な出身地は誰も知らなかった。
 彼の従者にして代行者にしてもしもの時の保険、彼の気が向いたら恋人さえ務める少女は密かな動揺に怯えていた。見たこともない顔をする、と、それはつまりは彼にとって特別な感情を呼び起こされるものなのだ。
(笑ってる……)両目をキツネのようにしてくすりくすりとする彼は初めて見た。それどころか、まるで酔い痴れるように自らの顎を人差し指の第二間接でうれしげに撫で回している。
 視線を落とす。動かなくなった少年が骸の靴の下にいた。
「クローム? どうしたんですか。そんなに僕をみて?」
 六道骸はソファーにどっかり腰をおろした姿勢のままで尊大な態度だ。足を組んで、軸足で沢田綱吉の頭を踏んづけている。彼はとっくに目を回して意識を失っていた。
「ううん……。骸さま、ボスは本当に私の部屋でいいの?」
「? ええ。お願いします」
 君の部屋が僕の次に広いじゃないですか。
 廃墟を背にして骸は不思議そうに問いかける。クロームが目を細めた。何かを囁くように、唇を薄く開く。
(私も骸さまの玩具だけど。ボスもそうしちゃっていいのかな)
 シャツを掴んだ。ずる、と、緩慢な動きで足の下から沢田綱吉を引っ張り出す。拍子にシャツが捲れて、青く滲んだ鬱血がのぞいた。骸は瞬間的に噴いた。肩を揺らして、手でクロームを招き寄せる。
 その意図は簡単に知れる。クロームの両手が気絶した少年の胴を撫でた。する、する、シャツを捲り上げていく。完全に捲ると、骸は芸術品でも鑑賞するような目付きで沢田綱吉の肢体を眺めた。舐め回すような視線、と、先日に読んだ小説の一節をそっくりそのまま思い出す。
(骸さま。楽しいんだね)
 背後から少年の胴を抱き締めつつ、少女は眉を寄せる。
(ごめんね、ボス。でもそういうことなら。私もボスに酷いことくらいできるんだから)
 骸のこの様子なら明日か明後日には部屋を訪ねてくるだろう。そのときに、趣向を凝らせば骸は喜ぶに違いない。咄嗟に自分の性癖が骸とは違ってとことんノーマルであることを悔やんでいた。クロームの寝室には、縄とかろうそくとか怪しげなものは何一つなかった。


おわり



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