芳しくある

 


非常にくだらないとは思った。何をさせるんだろうとも思った。くだらないことを思いつく人間だ、くだらない。僕には他にやることがある。
彼は振り向いて少しだけ両目の輪郭を丸くした。
気後れしたように僕を見る。
「いやなら、いやって……」
「いえいえそんなことないですよ。楽しんでますから」
「? 今、一瞬すごい顔してたよーな気が」
「笑顔ですよそれは。すいませんね、笑い方がヘタで」
「はぁあ? 演技なら得意だろ」
「新しい演技を考え中でしてね」
買い物袋を両手に抱えて商店街を歩く。
僕の前を行く少年は滅多に振り向かなかった。だからこの会話は楽しい。それは真実だ。彼はまたくだらない店を前にして足を止める。彼の隣に立つ少女は、はにかみながらディスプレイの商品を指差した。
「オレ、買ってくる。骸さんまだ持てる?」
「ええ。それが君の命令ならばね」
くだらない。ふざけてる。増えた箱を肩にのせて片腕を添える。商店街が終わった。待っていたベンツに荷物のすべてを突っ込んで、彼は少女を車に乗せる。エスコートに彼女は照れていた。僕の知る限りじゃこの少女と彼とが付き合い初めて二ヶ月だ。沢田綱吉はマフィアを始めてから日が浅いがボンゴレ十代目としての立場がために収入は多い。沢田綱吉はとりあえず休日にショッピングにでたら彼女が興味を示したものは何でも買っておく。滅多にあえないから少しでも喜ぶことがしたいと。沢田綱吉は女慣れしていない。多分、あと半年くらいで別れるのじゃないかと僕は思う。だからこの関係は静観している。
ベンツが去ると彼の背中が言った。
「骸、このあとどーする?」
「せっかくの休日ですからね。遊びにいきますけど。君は?」
「会議があるんだ……」
気鬱げにため息をつく。なるほど、腕時計を見れば午前と午後の境目。午後から仕事があるので彼女と別れたわけだ。彼は肩をぽきぽき言わせながら来た道を戻り始める。
「いやだなあぁ。おじいちゃんがくる……。オレ、一番若いからすごい風当たり強いしそのわりにこき使われるし。いやだなああ、あの人たちの集まりは」
彼は今年で十九歳になるのだったか。僕より二つ下だったはず。
「…………」
先程の彼女とはきっとすぐに別れる。
そう思うもう一つの理由が目の前に沸いてくる。
僕がわざわざくだらないことに付き合うのもこれのためだ。沢田綱吉の肩を掴んでみる。少し、強く引くと彼は軟弱なのですぐに足を崩す。よろめいた体を支えるフリをして耳をかじった。
「っつ!」
僅かな血の匂いがする。舌より鼻の方が僕は感度が高い。
裂いた場所に顔を埋めて鼻腔いっぱいに香りを嗅ぐ。かぐわしい。彼は眉を寄せて懐を漁った。その手がピストルを取ろうとしている。暴力には暴力で返す、マフィアを始めて一ヶ月くらい経ったら沢田綱吉はそれを覚えたので僕は少し残念だった。
「いけませんね。自分から僕を誘っておいて。いきましょう? 攫ってあげますよ。ボンゴレ十代目は謎の男に拉致されて、暴力されていたので参加できませんでした……。それでいいじゃないですか」
くだらない。沢田綱吉が女と付き合いだしたのもくだらなかった。
その前から僕との関係はあった。僕が手をだしたからだが彼もまんざらじゃなかった。彼は僕がある程度の好意をもっているんだろうと踏んで、あるいは、昔好きに弄んだ報いのつもりか彼女との逢瀬によく僕を呼ぶ。そういうときは、ただの小間使いだ。今日のような荷物持ち。なんてくだらない。
肺の底まで深く息を吸う。彼の体内を流れていたものの一部が、芳香となって僕の体の深いところまで侵入する。この感覚が好きだった。
「骸。オレの香水わかんないのか? おまえが抱ける体じゃないよ」
腕から抜け出して彼はそんなことを言う。思わず笑みが洩れた。
「彼女の香水ですね。いい香りだ。柑橘系、……よく似合うじゃないですか。君にもね」
「昨日の夜から一緒だったから。残念だったね……。あと、別に、オレはおまえに連れ出してくれって言ってたワケじゃない。都合よく解釈するのは昔からの悪いクセだぞ」
君もね。胸中だけで付け足す。最初が悪かったのか、沢田綱吉は本気で僕が沢田綱吉の血にだけ欲情しているのかと信じていた。
「君の香りは他の何にも勝りますよ。それしか感じない自信はある」
「そーかな? けっこうついてると思うぞオレは」
手首をふんふんとして嗅ぎ出す沢田綱吉。拒否してるんだか歓迎してるんだかよくわからない態度だ。こういうときは、押し切ってくださいと言ってるようなものだが。
「予定を君で遊ぶに変更していいんですか結局?」
「困るよ。オレ、彼女いるもん」
少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべてくる。
おろかだ。でもかわいい。僕も笑み返す。
「香水、君の血で全部上塗りしてあげましょうか? そうなればさぞかし楽しいでしょうね。いい香りだ。僕は一日その体を嗅いで楽しみますよ。臭いだけでいける」
「…………。変態?」
「どうでしょう」
少しだけ傷ついたような顔をする。それが気持ちいいので延々と血に欲情してるんだーって勘違いを続けさせる。僕も大概にくだらないことをする。
そしてまた曖昧な答えときた。くだらない。けれど、甘美だった。ガードされるとその分だけ突き崩す瞬間の悦が増す。

おわり



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