ダブルサイド

 

 


 やられた、と、思った時には遅かった。夢見がかったような、不思議なトロリとした感覚で脳裏が埋め尽くされる。六道骸はベッドに腰掛けたまま楽しげにクスクスとしていた。そのオッドアイが、怪しく光る。
「今日は君に責められたい気分なんですよね」
 右目が、爛々として綱吉を捕える。学校帰りの制服姿、そのままで綱吉は右肩を抑えた。吐息が荒くなる。自然、骸を見返す瞳に熱がこもった。
「骸さん……」震声でささやいて、頬に手をかけた。肩からカバンのベルトを外して捨てた。ベッドに乗り上げた綱吉を見上げながら、骸は口角をしならせる。綱吉は苦悶に眉間を寄せていた。六道骸のマインドコントロール能力にかかっている。
「んっ……」
 自ら骸の唇に口を寄せて、舐める。
 誘うように上唇が動く。綱吉はすぐさま隙間めがけて舌を捻じ入れた。何故にかつての宿敵にしてライバルの同性相手にここまで燃え上がるのかわからない、が、これもマインドコントロールされているんだろう、が、彼の口内を貪ることに夢中になっていた。溺れそうな程にゾクゾクとくる。
「う、むっ。むくろ、さ……、骸さん」
 両目を熱で濡らして、綱吉が骸の後頭部を抑える。
 舌が口内を這いずり回って歯茎を撫でて唾液を流し込み吸引する。薄目を開けて、骸はその全てを甘受していた。やがて、横たえられる。くすくすと笑いが止まらなかった。
「息があがってますよ、そんなに僕を征服したいんですか。どこまで、何をしたいんですか?」
「征服……? オレは。骸さん。欲しい」
 襟首に手をかけながら、首筋に舌を這わせる。
 綱吉はうっとりとして微笑を浮かべていた。この肌が。骸の肌はすべらかで思っていたよりもずっと気持ちよかった。中のシャツを捲りあげて直接背中を愛撫する。くすぐったそうに喉を鳴らして、骸は綱吉の行動を見守っていた。上半身を脱がされて、腕を組んだままで背中を丸めて笑いだす。
「なんて、子どもっぽいんでしょうね。君は。最後までのやり方知ってるんですか?」
「マンガで、見たことある。ここ……」
 うわ言のように囁いて、骸の尻を撫でる。
 オッドアイがピクリとした。
「そうですね。そこです。……先は?」
「…………」
 綱吉が手を止める。
 その両眼は見開かれていた。興奮したように呼吸が上擦るが、何かを恐れるように小さく唇が閉口する。数分が経った後で熱を込めて吐息をこぼした。自分を落ち着かせるように。
「こんなこと、できない……。だって。いくら好きでも……」
 熱に惑うように両目を細める。つう、と、その額から鼻筋に向けて汗が垂れた。
 極度の興奮状態にあることは明白だった。ずるりと骸から後退りして、ぜえぜえとしつつも首を振る。震える手が、迷彩柄のシャツを拾った。骸に投げつける。
 そのまま、素早かった。身を翻して部屋を飛び出していく。
「…………。ほう」
 閉まった扉を眺めつつ、体を起こした。
 オッドアイは情欲塗れで潤みを帯びている。上体だけ裸体の中途半端な格好で、物足りなさげに自らの手首を掴む。しばらく熱の余韻に浸っていた。十分ほど。
「やはり最後は中身の違いなんでしょうね」
 側頭部に人差し指を当てて、ぽつりとうめく。
 その瞳は窓へと流れた。サッとシャツを着て薄雨の中にでていく。綱吉の行き先を探るのはそれ程難しいことではなかった。

◇◆◇◆◇◆

 おかしい。雨に打たれつつも綱吉は自問していた。公園だ。
「なんでこんな……、くそ、いつまで……、解けない……」唇を食む。頭がずきずきとして足が縺れる。雨中の公園というのは静かだ。近寄る人もいない。奥まった場所でブランコに座り込んでいた。
 骸がしかけた筈のマインドコントロールがまだ解けていなかった。息があがる。骸さん、とか細く繰り返すと体の芯から震え上がった。ゾクゾクとして堪らない気持ちになる。だが。
「…………ッッ、く、う」
 苦しげにこうべを垂れて、そのまま数分を過ごして口を引き結ぶ。
 顔をあげれば靴が見えた。六道骸は、綱吉と同じくびしょ濡れになりながら佇んでいた。つまらなさそうに視線を向けて、濡れた前髪を左右に分けながら、近寄ってくる。
「骸さん。くるなよ。なにするんだよ。これ、解けって」
「君が最も望むことを言い当てに来てあげたんですよ? そうしないと解けないですから」
 綱吉が腰かけるブランコの鎖を引き寄せる。ギィ、と、くすんだ音が続いた。ブランコの板を掴んで腰元まで持ち上げる。腰かけていた綱吉は戸惑って背筋を反らせた。彼の方が背が高いので、普段は滅多に同じ目線にならない。
 それが一直線上にあった。オッドアイがゆらりとして、誘うように細くなる。
「……好きですよ。抱かせてください」
「!」 
 がくん、と、全身が跳ねた。
 一呼吸遅れて綱吉の全身が真っ赤に染まる。ぶわっと目尻から涙がでた。堪らない。深層心理をあっさり指摘されて、おまけに彼の思惑通りに骸を襲った記憶がその後についてくる。
 次の瞬間には両足で骸の腹を蹴った。
「ぐふっ!」
「お、おまえなぁあああ! 人を弄ぶのも大概にしろ――っっ!」
 ギッとブランコの鎖を後ろに引いて反動をつける。そのまま、前に身を投げて二撃目を叩き込もうとしたが――、それは避けられた。骸は不本意そうに眉間を寄せている。既に蹴られた鳩尾を抑えつつ、けほっと堰をこぼす。
「解かなくてもよかったんですけどね。別に。君本来の人格が永遠に葬り去られるだけだ」
「なななななに恐ろしいこと平気で言ってんだテメェエーーー!!!」
 再び反動をつけてブランコを引く。前に漕いだ瞬間、体を捻ると脇に反れた骸の腰を掠った。
「いたっ。何するんですか、その遊具の使い方間違ってますよ」
「おまえは六道輪廻の使い方を間違えてるよ! もっと有効に使えよ!」
「っていわれても困りますね。自分の欲望に使う以外に何が」
「ええ?! えー、売店のお姉さんに使ってサービスしてもらうとか」
「せこいですね」
 綱吉が黙る。ブランコを降りた。
 その肩にするりと掌を絡みつかせて、骸が口角をしならせる。
「まだ体が熱いでしょう? 可愛がってあげますよ。かわいい僕のボンゴレ十代目」
「……骸さん、おまえ、今日はどういうつもりだった?」
「ちょっと気が向いただけですよ……。まあ、予想できない結果ではなかった。しかしたまには流れに身を任せたくなる時もある。君は、本当に、僕の理想をこれでもかってピンポイントで突いてきますよね。かわいかった。強制的に僕に欲情させられ」
 バシッと腕を振り払って綱吉が公園の外目掛けて走り出す。うぎゃあああ!! と、悲鳴をあげていた。骸は後頭部を掻く。雨の中でいつまでも鬼ごっこをする気はないし、自分も飽きてきている――、が。
「まあ、これが君と僕とのデートだっていうなら歓迎しますけど」
 くすくすとさせつつ、右目の六道輪廻を発動させる。今度は幻覚の中で逃げ惑う綱吉が見たい気分だった。
 雨の中を走りつつも綱吉はこぶしを握り締める。全身が熱いのは確かだった。
「不利だ……、絶対に、オレが不利だ!」
「要するに、基本的にはいつでも僕から君への一方通行の意味合いを含んでるってことですよね。君は、いつも流されてくれるので、たまに僕も完全に君が自分の側の人間だと思うことがありますけど。実際は、そうじゃなくて、君は正常な人間で健全な思考の持ち主なんですよね。あああ、虐めたくなりますね。徹底的に辱めたくなる」
「何をブツブツいってんだよ?! こわいんだよ!! もう、散々だっての! 人のこころ抉りまわしやがって……!!」
 肩越しに振り返って絶句する。ぐにゃぐにゃと世界が歪曲して見える。幻覚だ。地獄道の紋をちらつかせながら骸は支配者の笑みを浮かべていた。……経験から割り出すと、こういうときの骸には近寄らない方がいいのだが、綱吉には逃げることしかできなかった。追われている。






おわり



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