モ…スターハンター風パロ
ちなみにへたれプレイすぎて継続を投げたので続きはないです
顔色を変えた少年が道を引き返そうとしている。
引き攣った口角、見開かれた茶眸は彼が望まぬ邂逅を果たしたと物語る。
洞穴の天井には直径二十メートルほどの穴が空いていた。
キノコは湿っぽい大気を好むので、穴から差しこむ月光を避けて洞穴の奥に生えている。そこから、反対側にある出口に向かって走っているので、片翼だけで三メートルはある巨大飛竜の赤い眼球には背中がしっかりと見えたのだろう。
魂の芯まで震わせるほどの咆哮が空を満たした。
「や、やばいだろ!」
ギョッとして、少年は、腰のベルトに手を伸ばす。
片手剣の柄を掴んだのと同時だった。
ごおう!
飛竜の着地と同時に起きた竜巻が、小柄な体を吹っ飛ばす。
「うわあああ! ぐっ!」
でんぐり返りを七回もやった果てに、洞穴の壁に後頭部を打ちつけて体が止まる。
少年は、慌てて、取りこぼした剣の柄を握りしめる。
だが頬が絶望からの汗ににじんでいる。
「ほ、他にモンスターもいないから安全かと思ったのに……っ、ギルドの貼り紙にあった新種って――目撃談よりずっと恐ろしげなんだけどっ?! 誰だデカいニワトリっつうーたのは!!」
「キシャアアア!」
「ひえええ?!」
経験の浅い少年でもわかる。初心者用のチェーンメイルの防具を心の内で悔いた。こんなことになるなら、防具の強化なんかに金は使わず、新しい強力なものに買い換えておけばよかった――、一撃を防げるか、わからない。
飛竜は、爬虫類風の体に白い体毛を生やして、蒼のトサカを生やしている。口は鷲と同じに鉤状になったクチバシだ。そのクチバシを大きく開けて、突進してくる!
「い、イチかバチか――、でぇええい!」
後ずさりつつ、右腕を振りかぶる。
先程、採取したばかりの毒キノコが握ってあった。
ぺしんっ。
むなしく、飛竜の額に当たって転がり落ちる。
「で、ですよねぇええーっっ!!」
半泣きで、剣を手にしたままで少年――沢田綱吉は背走した。
と。入れ違いに、駆け抜ける影があった。
キャインッと犬が切なく吠えた悲鳴がつづく。それが飛竜のものだと気づいたのは、相当、後になってからだった。
綱吉は目を皿にして後方をふり返る。
一人の少年が、両手に剣を構えて月光の下を舞う。赤い血が鮮やかに空に向かって伸びる。飛竜と戦っている。
「初心者が何でこんな上級狩り場にいるんですか?」
「え――?」
冷たい問いかけは、綱吉の真後ろからだ。
唖然とした顔で、また後方をふり返ると、痩せた少年が立っていた。綱吉はズザリと壁に体を逃がす。
少年のオッドアイに驚いたとか、侮蔑の眼差しに傷ついたとか、そんな理由ではなく、すぐ真後ろに巨大な銃器が組み立ててあったからだ。少年はガンナーらしい。
彼自身の三倍の背丈はあろうかというブルーボディの尖端が、飛竜に狙いをつける。ガチンッと重たく弾丸の充填音が響く。
「ヒバリ!」
「弱点は、足だね、こいつ」
声量は小さいが耳に届きやすい清らかな音色――、剣士が喋っている。綱吉が何も言えないでいる内に、戦況は、佳境を迎えて夜空に飛竜の断末魔がこだました。
これが一人と二人の出会いである。
「間違ってるそのイチ。勝ち目のない相手に向かって抜刀した。逃げるなら抜刀せずに即逃げる、これ、鉄則だよ」
「間違ってるそのニ。毒物は加工してから相手に投げつけましょう」
「う、ううう?!」
酒場の一角にて、三人の少年が同席している。
ハンターとは、通常、屈強な成人男性が活躍するものである。だが彼らは成人もまだで声すら少年特有の甘さを残している。酒場において目を引く一団である。特に、初心者装備で、見るからに幼い沢田綱吉が一番場違いである。
「つ、つい、反射的にやっちゃったんです……」
オレンジジュースの入った木製コップを両手に握り、綱吉がのどをつまらせる。
雲雀と名乗った双剣の剣士が、ハァッといやそうな嘆息をついた。
「反射ぁ? ハンター歴何年さ」
「二ヶ月……」
「どーいうコネでG級の狩り場に?!」
六道骸と名乗ったガンナーが目を丸くしている。頬杖を解いて、興味が出たという様子で綱吉に顔を近づけた。
「コネって」
綱吉が、冷や汗を浮かべる。
だが骸は引かない。
「それしかないでしょう。ここいらで高価なアイテムを一つでも手に入れれば、その鎧よりよっぽど上等なの買えるでしょう」
「し、知らないよ……。オレはレアアイテムをゲットしてこいってココにつれてこられただけで。場違いだとはわかってたけど」
「誰に?」
恭弥も尋ねる。
十秒ほど、躊躇った後で、綱吉は師匠の名前を口にした。
「りぼーんだってぇ?!」
目の色を変えたのは恭弥だ。ビールの入ったジョッキが僅かに飛びあがる。それほどの怪力で、強く、テーブルを叩いた。
骸の方もポカンとした顔をする。
「伝説のガンナーが、まだ生きてたんですか」
「教科書で読んだよ。湿地帯の新種を五十六種も見つけて砂漠地帯では大型飛竜の生態を暴き雪山で二百六十七人の命を救い、密林においては――」
「ああ、彼は、ファンなので気にせずに」
驚き、怯えすらにじませて恭弥を見上げる綱吉に骸が告げ口をする。
恭弥が、また、テーブルを叩いた。
頬を赤くしている。
「どこに行ったら会えるの?!」
「さ、さあ。どっかいっちゃった」
「カレとどーいう関係?!」
「孫とおじいちゃん……」
がぁん、と、バックに閃光を走らせて、恭弥が青ざめた。
「結婚してたの?!」
「そこがショックを受けるポイントでいいんですか」
半眼で、冷や汗をこめかみから垂らし、骸がツッコんだ。
だがすぐに真面目な顔をして綱吉の肩に手を置いた。
「しかしではギルドはリボーンとの繋がりが濃いと……。君の事情は知りませんが見習いでなおかつ素速く強くなりたいと考えていると……。ヒバリ」
「な、なんですか。ちょ、む、骸さんっ?!」
肩を抱き寄せてくる骸に、綱吉の声がだんだんと焦っていく。しまいにはイスごと後ろに下がろうとした。が。骸は、綱吉の両手をガッチリと捕まえて、逃げるのを許さない。
「ああ、でも僕らの年齢差を考えたらそうだよね。おじいちゃんのリボーンでも会いたいな。君さあ」
綱吉をふり返ると、恭弥が、骸の手の上に自らの手を重ねる――つまりは綱吉の手を掴もうとしている。
「骸」
「意見が合いましたね」
恭弥と骸は、互いの眼を白々と見つめた。
彼らが深い信頼関係とは無縁であるとすぐわかる眼差しだ。綱吉が、ハタとして、二人の顔を見上げた。
「あ、あの。オレはG級初心者ですよ?!」
「今日からは三人パーティーだね」
「異議無しです」
「異議あるだろォ?!」
「そうと決まれば早いよ。僕らの部屋においで。ベッドいれて三人部屋にしてもらうから」
「ちょぉっっとぉおおお?!」
「大丈夫です、アイテムは横流ししてあげますし、守ってあげますから。だからコネを横流ししていい仕事ください」
「リボーンに会わせてね。明日でもいいけどまあ一ヶ月くらいは待ってあげる」
「待っ……、まだオレは初心者演習だって全クリしてないんです! ぎゃあああ! いやーっ、離してくださいいい!!」
酒場の上は宿屋になっている。典型的な冒険者向きの建築物であるが、酒場の客達は、ぎゃあぎゃあと喚きながら少年一人を誘拐していく二人組に遠い眼差しを送った。
「今度の犠牲者はついに人間になったのか」
「あのコンビはまたどんな問題を……」
「つ、強ければいいんだ。ハンターは強ければいいんだ!」
宿屋の主人が額を抑えて嘆いた。未成年が起こした問題は、彼の責任となるので他人事ではないのだった。主人はこれを社会のヒズミと憎らしがっている。
「どういう関係で一緒に旅してるんですか?」
密林から噴いてくる夜風が、窓のガラスをかたかたと鳴らしている。綱吉はパジャマを頭から被りながら問いかけた。
「ホモに見える?」
恭弥が冷たく呻く。
「そ、そーいうつもりは滅相もございませんがそう聞こえたのなら申し訳ありませんでした!!」
即座に土下座して、綱吉。
骸が自分のベッドに腰掛けている。一番広い部屋を確保しているらしく、綱吉のベッドを新たにいれても狭くは感じない一室である。ただし部屋の半分はアイテム箱で埋まっていたので、雑多だ。
「ちょうどいい強さなんですよね」
フゥ。ため息をついて、ヤレヤレとかぶりをふりつつ、骸は手の中の火薬をビンにつめる。アイテムの調合である。
恭弥の黒目が、骸のベッドとの間にいれた綱吉のベッド――のヘリを――見つめる。
「君のベッドをココの位置に突っこんだ時点でわからないかな」
「は、はい……。だから仲が悪いのかなって……コンビネーションはバッチリでしたけど……」
「人はねー、互いの利益で、つき合うンだよ。草食動物」
いいながら、恭弥がゴロンとベッドに寝そべった。
「あぁ。骸、あとはよろしく。その子が逃げないようにしといて」
「クフフフ。僕の手にはなぜか手錠が」
「ホントになんでだよ?!」
爆薬の精製を終えて、骸が綱吉のベッドににじり寄った。
この状況では、正面から迫ってくる彼を逃れる術がない。綱吉は、手錠の鎖がベッドの支柱に結びつけられるのを血の気が引いた顔で見守った。
「リボーンに会うとかコネだとかが叶うまでこんなコトする気ですかまさかっ」
「ちょっと勘違いがありますかね。ひとまずは君が使えるかどうかがわかるまでです。コネとかの意味でですよ。というわけで、さあ、コネを発動させなさい」
「んな無茶なぁ?!」
見たところは同じ年頃だが、六道骸には他人に有無を言わせない不思議な重圧を発する少年だった。綱吉は、笑顔で黙りこんだ彼を前にして言葉を失う。
うつむいた彼の頭に、自らの顔を寄せて、骸がしたり顔をする。よしよしと言わんばかりに後頭部を撫でた。
「お父さんが権力者なんでしょう? トモダチのハンターに上等な甘い蜜たぁっぷりの楽でワリのいいお仕事を回してェって甘えてくるだけでいいんですよ」
「そ、そんなこと……。オレには……」
と、パジャマの背中を掴む手があった。
「リボーンに会わせてちょうだい」
恭弥が、狩人の目をして綱吉を見上げていた。
「…………」
沈黙する綱吉である。
フッと骸は鼻で笑った。自分のベッドに戻ると、布団を片手で掴み、同情を誘うようにしおらしく告げる。
「この年齢でしょう? ハンターとして活動するの、けっこう苦労してるんですよ」
「ずっと憧れてたんだ。会いたい」
「……ひ、引っぱらないでくださいっ」
ベッドのハシに逃げると、恭弥は綱吉のパジャマから手を離した。
スイと自らの右手を差しだす。
こぶしである。綱吉が見つめると、小指が立ちあがった。
「約束だよ。嘘ついたら双剣の錆にする。本気で」
「い、一方的な指切りげんまんじゃないですか?!」
抗議はサラリと横に流して、恭弥も布団を掴んだ。寝返りを打って、丸くなってしまう。
二人の少年はもう眠るつもりのようだ。
照明が独りでに変化を起こし、室内が暗くなっていく。ランプに植物のつたが繋がっているので、人の息づかいを察知して光量を調整しているのだと綱吉にも仕組みが理解できた。
「ひ、ヒバリさんも骸さんも、どーいう性格してんですか……」
呻き声は困りきっていた。
両手についた手錠を眺めつつ、深いため息をつく。確かに父親は超のつくG級金持ちだ。リボーンは自分の家庭教師だ。だが、
「家出……してきたんだけどなぁ」
蚊の羽音よりも小さく、唇の中で呻く。そのための資金が欲しかったので、父の名を利用して強引にG級狩り場に潜りこんだだけの身だ。
飛竜に食われた方がマシだったかも。
と、この後の運命を憂う少年であるが、夜が明ける頃には開き直っていた。ヒバリと骸の強さは本物なので、彼らから、技術を盗めば――ハンターとしてどうにか生計が立てられるように、なれるかもしれない。どうにか二人の要求をかわしてパーティに混ぜてもらえれば状況も変わるに違いない。
と。
実際に夜が明けた後である。
「…………」
「…………。大した度胸だね」
「みたいですねえ〜」
手錠をつけたまま布団に抱きつき、よだれで枕をグッショリと湿らせつつ、綱吉が眠っている。恭弥と骸がそれを覗きこむ。時刻は昼を過ぎて、太陽は一番高いところを通りすぎている。
「さすがはリボーン直伝の素質がある子ってコトかな。ふうん。負けられないよ」
「重役出勤に慣れたガキって意味なんですかねこれは。クフフ。せいぜい、僕が利用してあげますよ。ところでヒバリ、今日の狩りは?」
「主賓が寝てるし、明日でいーんじゃない」
「同感です。主人に伝言しときますか」
……G級の実力がある割に、自由奔放すぎる天災(誤字ではない)ハンターとして名高い二名である。
今日も宿屋ナミモリに主人の嘆きがこだまする。
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