底向かいの怪談
<こたつ怪談>

 
 
 水底に向かう。その時には、不思議と、昂揚する。そこに善いものがあるとわかっているからだ。またあった。よかった。秘密の場所だった。突付いて、突付いて、腐った部分から削ぎ落とす。腹が満たされる。腹が満ちることだけが生への歓びだ。複雑な思考も感情もないが満たされていた。腹が満ちる。また向かう。底に。またあった。新しいものが来た。新しすぎてこそぎ落とせない。日を置いてみることにした。段々と酷くふやけていく。もう大丈夫だろう。口をつけてみる。腹が満ちた。食べることだけで月日が過ぎていく。栄養が善い為か群れの中で一番の体を持つようになる。水底に向かう。ここはいい餌場だ。満たされていく。水中に見慣れぬ怪しいものがやってきた。それはふやけたものを引き揚げていった。満たされるためには必要なものだった、必要なものが減って落ち着かなくなった。また怪しいものがやってきた。繰り返しやってくる。どんどん落ち着かなくなる。満たされなくなる。怪しいものを排除することにした。体当たりを繰り返す。怪しいものに掴まれた。そのまま、地上に引っ張りあげられた。
「コイツ! お父もお母も喰ってやがった!!」
 怪しいものは酷く熱い。触られるだけで身が焼ける。もがくが、逃げることを許されない。何度も硬いものにぶつけられて、目玉が飛び出た。息も絶え絶えになったところで腹を裂かれた。内側に潜り込んだものが、中にあるものを引きずり出していく。ああ、もう、永遠に満たされない。それだけを理解した。……理解した。
「ば、化けた……っっ?!」
「ぐっ、あ、あがぁああああっっ!!!」
 引きずり出されたものを掴み返した。返して貰わなければ困る。それがないと、満たされない。満たされたいだけだ。怪しいものは六つ。怪しいものが何かを掲げる。殴りつけられ、打ち付けられて、体が崩れていく。満たされたいだけなのに。目の前にあるものが奪い取ろうとする。そして酷く痛む。
「殺してやる……っ、殺してやる殺してやる殺してやるっっ! 何がお父だお母だっ誰が殺した誰が誰が誰が誰がぁああああっっ!!!!」
 奇妙な不調和音が響く。震えているが、突き動かされている気がした。これは、ちがう。ちがう意思だ。知らない。……理解できる、これは自分の意思じゃない。食べものの意思。餌が持っていたもの。六つの内の一つに襲い掛かっていた。首が柔らかい。齧りつけば餌と同じ味がした。満たされる味だ。でも満たされない。六つ全てを水底に叩き落して、奪われたものを腹の中に戻す。戻らない。胃が落ちてしまう。もう、永遠に満たされないのだと理解すると目から熱いものが溢れた。水底に向かう。自分の意思だ。満たされないなら、あのふやけたものと同じに眠るのだ。



END.

 

07.4.6

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