「この頃、顔色良くなったよねえ」
前を歩く少女は超絶的なミニスカートだったので、骸は、ジッとそれを見ていた。別段顔色も変えずに。しかし、彼女が振り向きざまに投げてきた質問には反応が遅れた。
「ああ。そうですか?」
ただ笑みを深める。少女は横並びになりつつ、眉を八の字にした。
「ミステリアスな骸ちゃんもスキだけどぉ。詳しく教えてくれないのォ?」
「…………。ああ、車道に出すぎると危ないですよ」
少女の腕を掴んで引き戻す。一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに彼女はパァッと顔を明らめた。
「もうっ。骸ちゃん大好き! 金持ちな上に優しい! 犬とか千種は鬼だとかゆーけど絶対在り得ないわね!」
「くふふ。ええ。じゃあ、また今度」
分かれ道に差し掛かった。少女が大きく手を振る。それを一瞥して、骸は一人歩道を進む。鞄の中から掌大のビン入れを取り出した。小さな、茶色い魚が隅で丸くなっていた。軽く振ってみると魚は慌てたようにビンの中を旋回する。
「ですって。聴いてたでしょう? 綱吉さんとは正反対の意見だと思いませんか」
帰宅すると友人――もとい、同居人はいなかった。彼らは部活に入っているのだ。骸は簡単に着替えを済ませると洗面器の上でビンを引っくり返した。茶色い魚を摘んで、こたつの中に放り込む。
こたつは掘りごたつに変えた。水場であった方が骸にとっても同居人にとっても便利だった。こたつに入ってしばらくすると、反対側の毛布が動く気配がした。骸は眉を顰めてこたつの中の背中を蹴る。掘りの部分には水が張ってある。ばしゃんと水音がした。
「こっちでしょう」
「うぐっ」
髪を引けば少年は苦しがる。
真向かいに引っ張り出した綱吉の頬を舐めた。さらりとした肌を汚していく感触。酔いしれるように笑みを深めて、舌を伸ばしていった。さらに奥に。
挨拶代わりの口付けを終えると綱吉は吐きにいった。
いつものことだ。挨拶で胃液を掻き回されるのは堪らないらしいと、骸も知っていたが。彼が青白い顔をして戻ってくる。洗面所に置いた服を見つけたようで、勝手に着込んでいた。
綱吉さん。頬杖をつきつつ、囁くと、綱吉が怯えて骸を睨んだ。
「週末ですよ。ダイビングにでもいきません? いい餌場があって」
「お前。信じられない。――おまけに悪食!」
「東京湾がなかなかいい。大抵のものがドロドロのグシャグシャ。腐った鉄もそれなりの味がしますよ。もちろん、くるでしょう? 君がいないと腹がふくれない」
決して冗談ではない。そのままの意味だ。
悪い夢だ、と、綱吉は何度となく繰り返した台詞を言った。マグカップにお茶をいれて戻ってくる。
骸はくすくすとする。
「……態度が今までと同じなのが最悪。悪魔。人外。イトコのフリやめろ」
「また後ろに突っ込んであげましょうか?」
綱吉が黙り込む。しゅ、と、人差し指の爪先を伸ばしてその唇に触れた。
ねえ。言ってくださいよ。ねだるような声を出す。これが甘えでもありシグナルでもあることを、綱吉は知っているはずだ。
この人間を残している少年が、愛を囁かないのであれば殺そうと骸は考えている。ただ、その時は、自らが海に戻り――恐らく二度とはあがってこない最後の時でもある。
幸いにも綱吉は小さくうめきだした。両端の口角を吊り上げて、骸は、綱吉へ顔を近づけた。
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