こたつ怪談
<はじまり>

 
「コタツでアイスクリームって、いけないことですか?」
 木ベラを咥えたまま、心底から不思議そうに少年は目を丸くする。
 返す言葉がない。
 玄関に立ち竦んだまま、彼は後ろ頭を掻いた。
 名前は沢田綱吉、歳は十九。しばらく前に従兄弟が田舎から出てきた。面倒を見ろと、母親から叱責の電話を受け取ったばかりだった。
「いつもこんな感じなの?」
 コタツからは二つの頭が飛び出している。
 ニット帽子を被った黒髪の少年が一人、茶髪をワックスで固めてツンツン立たせている少年が一人。合計二人がぐぅぐぅと眠り込む。
 一人、リビングの真ん中に据えたコタツで暖まりながら六道骸はカップアイスを食していた。骸は綱吉から視線を外して木ベラを口から引き抜く。
「ここ、初めて来ましたっけ?」
「引越し当日に見たよ。……あがってないけど」
 面倒臭そうにアイスにフタをする。
 骸の両目は珍しい色をしている。片方が赤、片方が青。オッドアイというやつだ。人間のオッドアイというのは相当稀少だった。彼自身の麗しいルックスも合わさって、渋谷か原宿辺りを歩けばスカウトが大量に来るだろうな――、思いつつ、綱吉はコタツからでた頭部を指差した。
「友達?」
「そうです」
 骸は木ベラをゴミ箱に投げた。
 立ち上がると台所にアイスを戻しに行く。室内暖房はついていなかった。コートを脱いだ。直後、ブルリと背筋が震える。
「こたつ、入ったらどうですか? 暖かい」
「そうさせてもらおうかな。あ、骸クン。はい、これ。差し入れ」
「今日はこのために来たんですか?」
 ビニール袋には煮物をつめたパックが二つ。
 料理はとことん苦手だが、作りおきが効くものならば綱吉もたまには作ってみせる。母親直伝の煮物は、数少ないレパートリーの中でも人に食べさせることができる貴重な一品だ。綱吉は胸を張った。
「栄養とか考えてますか? 毎日ファーストフードとか食べてたら駄目なんだよ」
 冷めた眼差しが返ってくる。
 コタツに舞い戻りつつ、骸はボソリとつぶやいた。
「田舎の方で君のうわさ、聞きましたよ。一週間ファーストフードで過ごしたとか、それで一週間の食費が千円で済んだとかで喜んでるとか、奈々さんが怒りの電話を入れたとか」
「…………まあ、若い頃は無茶したかな。ウン」
「僕より二つ上なだけじゃないですか」
「あー。まあ、ファーストフードってオイシイよね。知ってる? 百円でハンバーガー食べられたりして安いし」
 終いには後ろ頭をぽりぽりと掻いた。
 その綱吉の目前に、ドンと皿が置かれた。
「……かぼちゃの煮付け?」
「僕の手製です」
 骸がしれっとして告げる。
 綱吉は、隣に入ってきた少年をまじまじと見つめた。
 ついで、置かれた皿を、その中身をまじまじと見下ろす。
 かぼちゃの実の色が実に鮮やかだ、皮のところにはツヤがある。恐る恐ると箸を受け取り、つついてみると一口サイズに切り分けられた果肉がふるふると揺れる。煮崩れそうで、煮崩れない。絶妙なポイントを心得ていなければこんな煮付け方はできるものじゃない。
「…………」
 愕然として骸を見返すが、彼は、ひたすら素知らぬフリをしていた。湯のみを両手で取って、静かに傾ける。その様子に目が丸くなった。
「料理うまいんじゃん」
「誰も出来ないとは言ってません」
 やはり、しれっとしてオッドアイが水面を見つめる。
 綱吉はかぼちゃを口にした。おいしい。口に入った瞬間に、とろりと旨みが溶け出して口の中全体に広がっていく。
「これなら俺の煮付けなんかいらないじゃん!」
 やさぐれかけたところで骸が問い掛けた。
「綱吉さんは、こういうときにアイス食べたりしないんですか?」
「……たまにするけど? でも、ウチにコタツないし。そういうのって体冷えるだろ」
「やってみますか。面白いですよ」
「…………」
 綱吉は再び骸を見つめる。
 不思議な心地がした。
 面白いですよ、と、そんなことを言う骸の口調も目の色もとことん無感情で人形みたいだった。
 綱吉は何度か田舎で骸と顔を合わせたことがある。初めて見たのは骸が五歳のころだったか。小さく、真っ白な肌をしていて最初は女の子かと思ったのだ。もちろん、今は当時の儚げな印象などはなくて、どちらかというとふてぶてしさとか自分の造形の良さを逆手に取っているようなフシが見られるが。
 これも、またその延長だ。骸はニッコリと丁寧に微笑んだ。
「せっかく綱吉さんがウチに来てくれたんですし。しばらくゆっくりしてください」
「そ、そう?」
「それとも大学が忙しいんですか?」
「いや。別に。明日、二限休講だし……」
「じゃあ泊まりますか」
 骸が腰をあげる。綱吉は慌てて引き止めた。
「ま、待って待って! そこまでしなくていいから」
「そうですか?」少年は眉間を寄せる。
 この高校生が、どうやら自分を好いているらしいことを綱吉は直感的に感じていた。その彼が、少しだけ悲しげに瞳を曇らせる。彼が上京して、引越しを手伝って、それから半年ほど綺麗さっぱり連絡を忘れていた跋の悪さもあったからであろうか。綱吉は腹の底にドロリとしたものを覚えた。
「うん。今日は帰るよ……。でも」
 そのドロリとしたものが、言葉をつなげさせた。
「でもアイスもらってこうかな。大丈夫なの? そこの二人の分とか」
「ああ、その二人は気にせずに。寝に来てるだけですから」
 戻ってきた骸は二つのカップアイスを手にしていた。
 青いパッケージのものと、黒いパッケージのもの。骸が苦笑した。
「近くにマイナーなコンビニがあって。よくそこで買うんですよ」
「へえ〜……。見たことないメーカー。これ、何味?」
「そっちの黒いのですか。バニラみたいなものです」
「ふうん?」
 不思議な紋様がアイスカップをぐるりと回っている。
 と、青いパッケージの方に見慣れた三文字を見つけた。ミント、と、書いてある。
「あ。俺、そっちがいいな。ミントって好きだ」
「構いませんよ。どうぞ」
「?」アイスを交換した後で、綱吉は眉を顰めた。
「あれ。骸さん、さっき別のアイス食べてなかった?」
「いいんですよ。あれはもう飽きたところです」
「ふうん?」
 ぺりっとノリをはがすと、冷気が漂った。
 足はコタツの中でぬくぬく、口中はアイスで冷え冷えとする。不思議なコントラストで、まあ、これを面白いと表現する骸の気持ちも綱吉にはわからないでもない。
 いささか子供っぽいが、自分も小学生の時分にはこうして楽しんだような記憶がある。
 しばらく、互いに黙々と木ベラでアイスを掬っては口に運んだ。綱吉はぼうっとした眼差しをテレビに向ける。電源が入っていない。やがて、綱吉が口を割った。
「いつも何してるの? 骸クンってなんていうか。こう、日常生活が似合わない見た目してるよね」
「ああ、学校の女の子なんか、似たようなことを僕に訊きますよ……」
 僅かに声のトーンが落ちる。両目を瞬かせた。
 オッドアイがある。異様な色を灯した二色の瞳。それが、ジィッと綱吉を見つめていた。
「映画とか深夜番組を見ることがありますね」
「へえ。オレも見るよ。どんなの?」
「僕、怪談話とかホラー映画とかが好きなんです」
 オッドアイは瞬きをしなかった。L字に隣合って座る格好だ、狭い距離にあるオッドアイは、まるで化け物ように欄欄としていた。
 いささか驚いて見返すと、彼は、小さく顎を引いた。
「怪談話でもしましょうか、綱吉さん」