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綱吉クンの恋人

 

 

 



「だ、だって恭子ちゃんは胸があったし――」
 骸はカフェの窓辺を見つめたまま肩を竦めた。
 新宿二丁目で知り合った、この少年。といっても向こうから声をかけてきたんだけど。
 バス停に向かう恭子ちゃんの背を指しながら「あいつ、男ですよ」なんて言ってくれたんだ。
 あまりに有り得ない。でも六道骸と名乗る彼は自信満々に、証拠をもってくるから、明日は駅前のカフェに来いと指定してきたのだった。
 思い切り説明しまくりだけどオレだって大混乱だ。
 恭子ちゃんは、去年の冬に知り合った女の子で、切れ長の目と黒髪がネコみたいに――ちょっと凶悪そうなところも、慣れてきたらアクセントに思える――クールで格好よくて可愛い、とっときのカノジョなんだから! オレの人生初の!
 学校帰りの制服そのままで、学生カバンから、骸は厚手の本を取り出した。
「中学の卒業アルバムです。僕とヒバリ君は同じクラスだったんですよ。ほら、コレです、彼」
 これ。今、この人、コレっていった!
 でもそれよりも目の前の写真に意識が奪われた。
「うっ……そお!!」
 恭子ちゃんだ。髪の毛が短いけど、この目つきは!
「ど、どーして? アンタも見ただろっ? 恭子ちゃんは女の子じゃないかっ」
「ロングスカートだったではないですか。怪しいですよー。ほらほら、まだ証拠が」
 得意げに骸がアルバムの表紙を見せる。ガガンと来た。
 ――並盛男子校。だんしこう!!
 記憶のなかで恭子ちゃんが囁く。先日のデートの時に……。あれは四回目のデートだった。並んで入った公園で、肩を並べながら噴水を眺めていた。振り返れば、恭子ちゃんは、目を潤ませて噴水ではなくオレを見つめていた。
『ねえ、綱吉……。何があってもボクのこと愛してくれる?』
「あっ……」そうだ、あのときに!
「思い当たるフシがあったでしょう?」
 骸が鼻腔を膨らませる。その手が、なんでかオレの顎をくすぐってるけど、それよりも恭子ちゃんだ。そうだ、あのときに、ああ言ったんだ。
『約束して。約束してくれるんなら、ボクも、ボクのヒミツを話すよ』
「ああ〜〜っ、そ、そういう意味だった……のぉ?!」
 頭を抱えるオレを面白そうに眺めながら、骸が右手をとりあげる。
 さわさわと撫でるみたいな、くすぐるみたいな手つきで撫でられた。
「彼の本名は雲雀恭弥ですよ。まあ、なんで女装してるのかは知りませんけど……。でも君、かわいいですねえ。小動物みたいな子って僕の好みなんですよねえ。どうですか?」
「何が!」右手を引っ張るけれど、骸は離そうとしない。
『約束して。約束してくれるんなら、ボクも、ボクのヒミツを話すよ』
『秘密? 恭子ちゃん、オレに秘密があったの?』
 恭子ちゃんは無言で噴水を見る。ああ、こういうのって初めてだったんだ。
『……隠しておきたいから、秘密なんだろ? いいよ、黙っていても』
 だから、勇気がでなかったんだ。そう返答したのは、できる限りの親切なつもりで。恭子ちゃん――いや恭弥さん? うわ、こういうと本当に男みたいだ。
 いや、男なんだけど。あー、ワケがわかんなくなってきた!
「かわいいなぁ。今、頭んなか大混乱って感じですよねえ」
 のんきな声がすぐ頭上から聞こえる。
 頭痛までしてきた……、あ、まだキスしてないからセーフかも。骸はテーブルの向こう側でオレの手のひらを揉み解していた。この人は何がしたいんだ。
「ナンパについてきたってことは、OKってことですよねえ」
「はあ。……ナンパ? ちょっと、さっきから何の話を」
「君の名前は?」「沢田綱吉」
 満足げに頷いて、骸がオレの手と握手をした。
 いいかげんに返して欲しいんだけど。存外に強い力で握ってるから、振りほどけない。
「もう行く必要はないですね」新宿二丁目のことか。独り言みたいに骸は続ける。
「申し遅れましたが僕ってゲイなんですよね〜。綱吉くんはホントにかわいいなぁ。どうですか? ヒバリなんか捨てて、」
「ぎゃああああああ!!!」
「綱吉くん!」
 がむしゃらに腕を引っ張る、けど!
 離れないっ。みるみる青褪めるオレになぜか嬉しげな顔をみせて、骸が肩に手を伸ばした。
「そういう表情もいいなぁ! 素晴らしい、理想ですよ!」
 お、オレを見て顔を赤らめるな! 気持ち悪いっていうか怖い!!
「離して下さい……!」げっそりしながらうめくと、騒ぎを聞きつけたウェイターがやってきた。すらりとした長身で、サラサラな黒髪――って、え。
「お客様、お静かに。っていうか六道骸。また嫌がらせにきたわけ?」
 ピシリと固まってしまった。
 一本の線が通った透明色の声色。恭子ちゃんと、ものすごく似てる。
 でも格好はウェイターで、野太さのある低音でもあって、どう聞いても男の声だ。テーブルに乗り上げた骸は、オレに覆い被さる形になっていた。だから、ウェイターからはオレの姿は見えないんだけれど、も。
 ニヤリと底意地の悪い微笑をのせて、骸がウェイターを振り返った。
「ほーら。ここってヒバリ君がバイトしてるんですよねえ。これが絶対の証拠ですよ」
「君ね。とっかえひっかえ少年を連れ込むのやめてくれない。営業妨害だよ」
「そんなこといっちゃっていいんですか?」
 至極楽しげに、六道骸。
「それに僕はもう一人に決めましたから」
「へえ。君がそういうこと、言うとは思わなかった」
「運命に出会ったんですよ。もしかしたらキョウコちゃんのおかげかもしれない」
「えっ」上擦った声があがる。あ。この声のトーンは――、まさしく、恭子ちゃん、だ。
 グイと腕がひかれて、テーブルに上半身をこすりつけられた。その上に乗るかたちになって、骸が背後からオレの顎を引き上げる。……恭子ちゃん……いや、恭弥さんは、さぁっと血の気を引かせて後退りをした。
「つ、つなよし――」
 脇に抱えていた盆が滑り落ちる。
 呆然と硬直する恭子ちゃん――じゃなくて恭弥さん。
 なんてややこしいんだ。でも硬直してるのはオレも同じだ。顔はまるきり同じで、オレと会うときみたいにロングのストレートじゃないけど、アルバムと同じにクシャクシャの短髪だけど。
 間違いない。間違いなく、恭子ちゃんは男で、雲雀恭弥って人だったん……、だ。
 重苦しい沈黙がオレたちの間におちる。顔を伏せたかったけど骸が許さなかった。彼は悪役みたいにフッフッフと笑って、オレの額に口づけた。
「どうですか? 僕の新しい恋人で、妻になるひとです。かわいいでしょう?」
 頭が麻痺しかけてたけど。いま、おかしい。異常な単語が聞こえた。
 骸は興奮するままにオレに顔をすり寄せてきた。ひいいいいっ。必死にはがそうとするけど、力が尋常じゃなくてビクともしない――!!
「は、はなせよ! おまえなぁ!! バカなことゆーな!」
「もう決めました。さあ、まずは体の付き合いから――」
 ばいんっ、と、派手な音がして骸が上体を仰け反らせた。 
 白シャツに包まれた腕が目の前にあって、オレと骸のあいだに盆を差し込んでいる。恭弥さんだ。
「剥がすからダッシュで走って」低い声で囁くと、恭弥さんは、そのまま骸を蹴り飛ばした。
 店内の誰もがオレたちを遠巻きに眺めてたけど、一人が、骸が隣のテーブルに突っ込んだから阿鼻叫喚だ。ぎゃあぎゃあと騒ぎながら扉にダッシュする流れに任せてオレも店の出口へと向かった。
「あの公園で待ってて!」
 恭弥さんが叫ぶ。
 頭から被った砂糖を払いのけながら、骸が忌々しげに吐き捨てるのも聞こえた。
「君ってどーしていつも人の幸せ邪魔するんですかー!!」
「異常なんだって気付けよ! 今だって綱吉いやがってたじゃないか!」
「クハハハハ! 女のフリしてた人間がいうセリフじゃないですよー。大人しく自分もゲイだと認めりゃいーじゃないですか!」
「っ、大声でそういう破廉恥なこと叫ぶんじゃない! 無神経!」
 ……よくわからないけど、二人が旧知の仲だってことはわかった。
 オマケに、たぶん、互いに互いを嫌ってる。それから二十分くらいしたろうか。ぜえぜえと息をついて、ベンチに腰かけていた。昼時の公園には誰もいない。と、両手でしっかりと握ってるものに、ようやく気がついた。
「あ、卒業アルバム持ってきちゃった」
 赤い装丁に、並盛の文字。並盛っていうと、確か公立の名門校だ……。
 最強の風紀委員を抱え込んでるとか、ワケわかんないウワサを聞いたことがある。
 パラパラとめくっていると、骸が見せてきた集合ページにたどり着いた。ブレザー姿の少年が並んで、上段の右端にいるのが恭弥さんだ。
「…………」思わず、自分の耳を撫でていた。
 さっきの走れと訴えた声。恭子ちゃんよりも低かったけれど。
 根っこにあるものは同じだった。耳から射すくめられるみたいに、気迫があって、でもどこかに甘やかな響きがあって――。
「綱吉」と、上から、だらりと人の手が落ちてきた。
「うわっ?!」
「ごめん。振り返らないで」
 疲れきった男の低音だ。恭弥、さん。
 走ってきたようで、肩で息をしながら彼が続けた。
「騙しててごめん。中学生だったとき、あそこのカフェによく通ってたんだ。そこから学校に行く綱吉が見えてた。声かけたかったけ、ど。ずっとできなくて」息せき切ったように言葉が繋がっていく。
「学園祭で女装したことがあったんだ。クラス全員でね。もちろん六道もやってた。で、――僕はそういうのって気になんないから、終わった後にそのまま帰った。そのとき、綱吉は振り返ったんだよ。君は覚えてないだろうけど、僕がどんなに見てても気付きもしなかったのに、女の姿をしてたら綱吉が振り返ったんだよ。綱吉はそれでやっと僕を見たんだよ」
 ギュウウウと苦しいくらいに腕が首をしめてく。
 じ、じっさい、なかなか辛いホールド、だ。
「高校になってから綱吉を見なくなった……。あそこでバイトしてもぜんぜん見なくなった」
 悲しげに恭弥さんが囁く。でも、と彼は続けた。街中でオレを見つけて、咄嗟に女の格好を繕って声をかけたんだそうな。最後にゴメンと繰り返して、恭弥さんは腕から力を抜いた。
 どさりと、ベンチの隣に腰かける。ウェイター姿のままだった。
 午後の日差しを浴びながら、恭弥さんはくたびれた眼差しをオレに向けた。
「で。どうするの?」
「えっ?」
「別れる?」
 え――――。
 恭弥さんが真剣にオレを見詰めてる。
 そう、改まって言われると決心が揺らいだ。男なんて冗談じゃない――、恭子ちゃんは好きだったけど、でも、男だなんて――。そう、騙されてたショックはもう薄くなってる。
 ひっかかるのは、気持ちって言うか。生理的な問題と常識の問題?
 男なんて、っていうオレの気持ちだ。ああ、恭弥さんが本当に女の人だったら即OKなのに。怪しい雲行きを感じたらしく、恭弥さんは、顔を伏せて呪うみたいにうめいた。
「あの詰め物の胸、手術すれば付くと思うよ……。いざとなれば、……切れば」
「そ、そこまでしなくていいです」
 な、何を、恐ろしいことを言ってるんだ。
 慌てて否定すると、恭弥さんは、文字通りシュンとしたように首を垂らした。……不覚にも笑ってしまう。まるで子供みたいな仕草だった。
「恭弥さんて、そういうこともするんですね」
「……時と場合による」
「オレ、恭子ちゃんより恭弥さんに、親近感もてそうです」
 ハッとしてオレを見上げる、二つの黒目。「まだ男の人に抵抗がないわけじゃないですけど」
「でも、恭子ちゃんに告白されて嬉しかったですから。……別れるのは、保留でかまいませんよ。オレたち、せめて友達にはなれそうじゃ」
「友達なんてイヤですよ僕は!!」
「ぐえ」さっき恭弥さんがしたみたいに、後ろから抱きつく人がいた。
 このやたらと甲高い声は六道骸だ。
 ぜえぜえと肩を弾ませながら、盛大に眉を顰める恭弥さんを睨みつけるオッドアイ。骸は顔の造りがいいので、真面目に怒った顔をするとサマになっていた。
「まだ諦めてませんからね。綱吉くんは、渡しません」
「あのね。渡すも何も僕のものだって。今の会話きいてなかったの?!」
 僕のもの。さ、さすがにそこまではオレも言ってないような。でもオレの話を聞かずにヒバリさんは立ち上がって、長袖に袖をごそごそとさせた。なぜだか、トンファーがでてきた。
「風紀委員を舐めるのもいい加減にしなよ。噛み殺すよ!」
「ふ、風紀委員っ? 並盛のっ?」
「おや。聞いたことがあるんですか」
 楽しげに、すぐ耳元で囁く声。振り返れば、骸はニコニコして自らを指差していた。
「六道骸。隣町ボーイズって異名きいたことありません? 並盛に転校する前ですけど、三日三晩で黒曜中学をシメたという伝説が」
「ぶっ!!」黒曜中って、黒曜中って!!
「あの黒曜中ですか?! 不良の巣窟で卒業生はのきなみヤクザ!」
「アタリ」嬉しげにオレの前で手を合わせる骸。
 恭弥さんは背後で炎を噴き上げながら、両手にトンファーを構えていた。
「君は、さんっざんに並盛の風紀を乱してくれたよね。別の高校にいってやっと縁が切れると思ったら今度は綱吉? 今度こそ息の根を止めるよ」
「それは僕のセリフですよ。君さえいなけりゃ並盛も掌握できたはずでした」
 オレの首を締めるように、腕に力を込める骸。いつの間にか片腕を懐に潜らせていて、意味ありげにオレのへそ辺りを探ってるんですけ、ど……。
「この……っ」気がついた恭弥さんが、腕をふり上げた。
 それが合図で、恭弥と骸はパッとベンチを離れて駆け出した。
 逃げる背中をヒバリさんが追いかける格好だ。けど、丸腰の骸が不利には見えなかった。一瞬で木の上に駆け上っていて、身のこなしがどう見ても常人のものじゃない!
「変態! 綱吉は僕がツバつけてるんだ!!」
「そっちだって大した変態じゃないですか! 聞こえてましたよー。ふり向いてもらえないって、だからって女装するバカがどこにいますかっ」
「君……っ、死んだら?!」本気で怒ってるらしい恭弥さん。
 そのまま、茂みに突っ込んでいく二人。すぐに見えなくなってしまった。
 取り残されて、オレは、なんだか。脱力感でベンチをたつ気すら、なかなか起きなかった。
「もしかしなくても巻き込まれたかな……」
『ツナって、面倒に巻き込まれる才能だけはあるよな』
 まだ十歳のイトコはイタリア帰りで、名前をリボーン。
 彼の口癖が脳裏をぐるぐる回ってた。公園のどこかから、ばきばきと木が倒壊するみたいな音が聞こえたけど、オレは何も知らない……と、いうことに、したい。
 とりあえず空は青くてお日様はあったかい。

 

 


 





06.03.06

 

 





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い、いろいろとごめんなさい!
でも楽しかったです。女装…っ