*ちょろーっと放った小話やら小ネタやらを収納してる箱です。
*ギャグだったりエグかったりエロかったりどうしようもなかったり何でもアリです。

**「マフィアとヒーロー」
*シリアスで骸vsつな(みんな)な話

**「now」
*骸とツナがだらだら会話してるだけ

**「ゲームクリア」
*なんだかんだで下品な話

**「理解できない」
*ちょっと大人めシリアス

**「水触れ」
*獄寺隼人とvs? 気味なむくつな

**「年がすぎました」 >>UP!
*人がよい感じの骸さんとツナで数年後


>>もどる

 

 

 

 

マフィアとヒーロー



 暗転した視界のなかで、少年は焔を見つけた。
 両目に染み込む血液は彼のものではない。因縁を持ったマフィアの少年のものである。後ろ足を踏ん張らせて、骸は、目を閉じたままで三叉の槍を向けた。
「おまえはっ、何でそう……!」
 金切り声をあげたのは、両手に焔をたやす少年である。
 彼らが一度目の邂逅を果たしてから二年が経った。マフィアの処刑屋に骸の一味が連れ去られ、その翌月に、処刑人が皆殺しにされたと報せを受けてから。沢田綱吉は、六道骸に狙われつづける運命に直面することとなったのだった。
「頑固なんだよ?! 許すって言ってるじゃないか! なのに何で!」
「ボンゴレは根本的に勘違いをしてるんですよッ」
 オッドアイを閉ざしたまま槍を右に凪ぐ。
 腰を屈めてやりすごし、綱吉は、鎮火した右手でもって骸の襟首を掴んだ。
 浄化の炎は消えやすいのだ。すでに商店街に人気はなかった。数分前に、少年二人が顔をあわせてから、店街からは人が逃げだす一方だ。
「許すとか許さないとかっ、そういう問題じゃないんだ!」
「黙れよ!」「ぐっ?!」
 綱吉が歯を食い縛る。
 頭突きを受けた骸の上体が反れたが、綱吉は、掴んだ襟首を離さなかった。
「いい加減にボンゴレに来い。千種さんと犬さんは、もうみんなに馴染んでるよ。おまえのことを心配してる。一人で寂しいだろうって」
 少年の額では赤い焔が燃え盛る。同様の炎が骸の右目にもあった。
 その赤目は、うっすらと開いて、頭頂から血を流すボンゴレを見据える。皮肉に釣りあがった唇は、呪いを紡ぐように、否定をつげた。
「それで僕が感動するとでも思うんですか。――彼らなど拾っただけの存在ですし。案外、君のとこにいた方が、こき使われなくて幸せなんじゃないですか?」
 やめろ、と、綱吉の喉が震えた。
「わかってるだろ。心にもないことを言うな!」
「こころにもない? ほう、ボンゴレは読心までできると?」
「茶化すな! あ、あの人たちはっ、本当にオマエのこと慕ってて」
「やめろ。裏切った連中の戯言など聞く気もおきません」眉根を寄せて、骸。
 綱吉は髪をふりしだくほどに強く首を振った。
「違う! 骸、あんたのためにだよ。自分たちがボンゴレに入れば、何かしらの感情を呼び起こせると考えたんだよっ。あんたの、その、全世界が不幸になればいいって考えが改まるような――」
「うんざりしますよ。ヒーロー気取りですか? マフィア如きが!」
「違うってば! あんたらの生い立ちが不幸なのはわかる。でもこれから先まで、無関係な人まで巻き込んで不幸になる必要はないだろっ?!」
 ぜえぜえと、息継ぎをする少年を見下ろす眼差しが冷ややかだ。
 ぐっと堪えて、綱吉は真正面から骸を見返した。
「よく聞けよ。骸、オマエの居場所は作れるよ。オレが保証する」
「居場所……? ボンゴレが?」「そうだ!」
「ははっ、は、はははははは!!」
「な、何がおかしいんだッ」
 スゥと、金糸のごとく目を細めて、骸が早口で何事かを言い捨てる。
「君はわかっちゃいない」と、たったの一言だったが。訝しげに聞き返す綱吉に、骸はにわかに唇を吊り上げることで返事をした。力なく垂れていた両腕が起き上がり、綱吉を抱きしめる。
 ――抱きしめる、はずだった。
 雷に打たれたように体を震わせて、綱吉は背後へと体を投げた。
「…………ッッ」びっしょりと額に汗をかいて、歯軋りしたままに骸を見上げる。針があった。骸の十本指の間には、大量の針がしこまれていた。
 開いたオッドアイは感慨もなく、ただ、感想だけを言い捨てた。
「やっぱり気づきますか。さすが、超直感」
「骸……ッ、その針」
「そう、千種が使っていたものです」
 ニコリとして、針を顔前へと持ってくる。右目の炎に照らされたそれは、紫色の奇妙な光をのせていた。毒が、塗ってあるのだ。
 呼吸を飲み込む綱吉に、骸は笑顔を保ったままで告げた。
「千種にヨーヨーを教えたのは僕ですから。スキルを育てたのは千種ですが、」
 後ろ足がわずかに後退る。必死になって横転すれば、追いかけるように針が突き立った。
「扱うことは僕にもできる!」
「死ね、ボンゴレ!」制服の内側から新たな針を取り出し、骸が叫ぶ。
「おまえっ……。そんなにオレを殺さないと気がすまないのかっ?!」
「あなたにこだわっているんじゃない!」
 綱吉の拳には再び焔が宿った。炎の逆噴射によって立ち上がり、そのままの勢いでもって骸につっこむ! 骸は、今度は避けようとはしなかった。
「マフィアだ。マフィアどもは全滅させるっ」
 大地を蹴り、綱吉との正面衝突を狙う。「っ!!」
 至近距離で針を掲げられて綱吉が両目を見開かせた。
 浄化より先に、トドメをさせると判断して骸は跳躍したのだ。
 動揺のために拳から焔が消えていた。焦りを如実に浮かばせる綱吉とは逆に、確信をにじませた笑みが骸を彩る――。爆発が、二人を包んだ。
「十代目! 加勢にきました!」
「獄寺くんっ」
 爆風に転がされながらも綱吉は体勢を整える。
 離れたところで、骸が咳き込んでいた。獄寺隼人が二人のあいだに滑り込む。
「本当に……」骸が憎憎しげに呟くころには、他の仲間も駆けつけていた。千種と犬の姿もあった。
「蛆虫みたいに湧いてきますね、マフィアというのは!」
 たった一人で叫びながら、骸は人差し指を右目につき入れた。


おわり










 

NOW



「今、僕が死んだら君は悲しむんですか?」
 オッドアイの少年が蛍光灯の下でささやいた。
 暗闇の中を歩いていたのは二人の少年だ。後ろを歩いていた少年は、気後れしたように眉間を皺寄せた。その唇は尖がる。
「わけわかんないこと言わないで下さい」
「例えば」
 彼の言葉を、無理やりに切る。
 六道骸は右手を頬の隣まで持ち上げた。
「僕のことを」人差し指で、自分の喉を指し示す。
「好きだって言ってあげればよかったなぁとか。愛してますとか、本当は何にもいらないくらいに好きで好きで好きで、狂ってもいいくらいに好きなのにウソついててごめんなさいとか」
「……変態っぽいですよ。今の骸さん」
 冬というのは日の入りが遅い。
 沢田綱吉は日直のために帰宅がおそくなったが、校門で待っている護衛はいつもとは違う人間だった。滅多に姿を見せない霧の守護者だ。
「知らなかったんですか」
 隣に並んだ綱吉に、骸はニッと笑ってみせる。
「理由を教えましょうか? 変態だったんですよ。僕」
「だー、もう! 耳触んないでよっ?!」
 後退る綱吉は、警戒も露わにして犬歯を見せた。
 骸はニヤニヤとしながら、ゆっくりと歩きだした。
「君が、そうだっていうなら僕は死んであげてもいいんですよ。そのためだけに」
「やめてください。そーいうこと言うの」
「ええ……」
 曖昧に否定を呟き、骸は楽しげに目を細める。
「君って僕のものにならないんですか? 本当は、僕のことが気になるんでしょう? 僕のこと考えると止まらないくせに」
「…………」ぽかんと口を開けて、綱吉が硬直する。
 半分、事実ではあった。神出鬼没で言動の安定しないこの男には、ずいぶんと悩まされてきた。一度この少年のことを考え出すと、頭痛が止まずに、酷い場合は夢の中でまで酷い目にあわされるのだ。
「骸さん……」
 辟易しながら、綱吉は気まずげに呟いた。
「ごめん。ちょっと、気持ち悪いよ」
「おや。君にそう言ってもらえるなら嬉しいですよぉ」
「マジで拒否りたくなるから、そういう、変なこと言うのやめろよな……」
 不意に、骸は表情を消した。オッドアイが冷めた光を灯し、色白の顔面は冷酷に綱吉を覗き込む。
「君は、僕の愛を否定するんですね」
「……そんな重い意味ないけど」
「くふふ。否定しなくていいんですよ。僕には、わかる……」
 何もわかっちゃいないよ。綱吉は胸中だけで呟く。
 とにかく、もうすぐ家だ。それまで我慢すればいいだけだ。骸が、甘ったるい声で何か睦言めいたことを喋っているが。聞こえないフリをして綱吉は夜空を仰いだ。星が見えない夜だ。

おわり

 

 


ゲームクリア


「君は何か、僕にいいますか?」
「例えば?」
 ゲームをしながら彼は肩越しに振り向いた。
 会話が長くなることを予測しているのか、きっちりポーズのボタンを押した。テレビ画面のど真ん中で赤い枠線が点滅して、一時停止とゴシック体がある。
「そおですね……」
 少年は視線を逸らす。
 意味などない呼びかけだった。むしろ、沢田綱吉が振り返ったことの方が六道骸には意外なことで想定していなかったことだ。
 膝のうえに肘をおいて、骸は体重を前へと預けた。
「僕に何か謝りたいとか」
「……謝るようなこと、いった?」
「僕に何か感謝したいとか」
「感謝されるようなこと、した?」
 綱吉の声のトーンがさがる。
 骸は、くすりと笑って見せた。
「それは僕が決めることじゃない。不粋なことですよ」
「何、それ。付き合ってられないよ」
「そういうことを言うんですか? ボス」
「ここぞ、っていうときだけボス呼ばわりしないでください」
 くつくつと陰気に笑って、骸は前髪を掻き分けた。ベッドを降りて、綱吉の背中へと吸い付くように身を寄せる。
「何?」
「今更、わかったかもしれません」
 耳元で、吹き込むような声で、骸は言った。
「僕が君に何か言いたいんだ。ねえ。愛してますよ。君のこと。君が、僕を見て笑ってくれるだけでイイ。ゲームなんてやめましょうよ……。僕を見て。僕を触って。僕にさわらせて」
「何、いって……」
 コントローラーをさりげなく取り上げながら、骸は綱吉の頬に唇を押し付けた。驚いて彼が身を引く、その一瞬を狙って体躯をひっくり返す。
 骸に組み敷かれると、綱吉は足をバタつかせた。
「何すンですかーっ。はなせ! はなせよ!」
「イヤです。綱吉くんの好きなゲームですよ」
「はぁっ?」
 骸はニコッと爽やかに微笑んだ。
「君と僕がセックスできたらゴール。そういう恋愛ゲームです」
「そ……、そんなゲームがあるかーー!!」
「ありますよぉ。大人向けなら」
「俺はガキだあああああ!!」
 懇親の絶叫をしつつ綱吉が身を捩る。
 それを上から押さえつけて、ひたすら、骸はクフクフと笑いつづけた。
「ゲームクリアまであと十分、くらいですかね。ちょろいものです」
「お、まえ、一度不幸になれーー!!」
「おや酷い。僕はもう不幸になんてなりませんよ……。君がいるんですから」くすくす、に、笑い声が変化する。当然のように骸が綱吉の衿に手をかける。
 ひっ。かすかな悲鳴に、少年は満足げに口角を吊り上げた。

おわり






理解できない


「あと五秒のあいだ、喋っていたら殺します」
 情事のさなかの言葉だ。婉曲でわかりづらい上に、敵意にあふれたその言葉が『黙れ』という意味であることだけは理解した。それだけは間違いようがない。他の意味は、どうあっても間違えそうだから理解を放棄した。黙り込んだオレに、彼は満足を覚えたらしかった。
 薄く笑んだまま、腰を掴んだ両手に力を込めてくる。耳鳴りがした。ひどい目眩と吐き気と、脊髄を暴れまわる衝撃に意識を奪われてる。感覚として理解してる自分が奇妙だ。
 ぜえ、ぜええ、響く息遣いと軋むベッドの悲鳴と、そうしたものも理解できる。オレがどういう状況にあるかも理解してるつもり。誘拐されてからずっと、手荒い恥辱をうけてる。もう一ヶ月が経つのじゃないか。
「っ、……」
 視界がブレる。
 荒い呼吸が途切れた。見れば、骸が感情のない瞳でオレを見下ろしてる。感触でわかる。一息をつく彼の額に、汗で前髪が張り付いた。骸は大きく肩を弾ませていた。下肢から流れ出していくものがある。唇が、ひとりでに開いた。
「まだ、オレ、殺さないの?」
「……君はそれ以外のことばを忘れたんですか?」
 疲れたような声だ。まただ。また理解できそうにない。
 骸のほうが傷ついたような顔をする。どうして。理解できない。どう見たってオレのが。オレの方が。カラカラに乾いた喉を、もう一度動かそうとしたら、骸の拳が腹にめり込んだ。
「ぐうっ」
「死にたいんですか。言うと、黙りこむくせに」
「ろ、……骸が、オレに訊かないで殺すならっぁ」
 選択を与えるからいけないんだ。 
 訊かないで殺すなら、問答無用で殺してくれるなら、臆病なオレでも死にざるを得なくなる。骸だってわかってるはず。だのに、拳が、臓腑を抉る意思をもって蠢いた。
 声を潰したオレを哀れむでもなく笑うでもなく、骸は目を細める。
「あと一週間。君が僕の言うことを聞かないようなら殺す」
 だから、どうして、おまえのが傷ついたみたいな声をだすの。どうみたって被害者はオレなのに。骸がまた動き出して、もう悲鳴しかだせなかった。

おわり








水触れ


  水面に触れた、と、思った。
 少年は振り返る。彼の声が信じられなかった。
「なんで、そこで認めちゃうんですか。骸さん」
「否定する理由もないと思ったからですけど」
「十代目、相手にする必要ないです」
 少年に並びながら、獄寺隼人がうめく。両手をポケットにつっこみ、前屈気味の格好で早足に歩いた。しかし、少年は――沢田綱吉はそのあとについて行こうとはしない。
 困惑したように目を丸めて、眉間を皺寄せた。
「無理しなくていいんですよ。別に、いまさら悪人ぶらなくったって……」
「君は僕にケンカを売ってますか?」
「十代目! いっちゃいましょーよ、もう。ソイツなんかいくら相手してもムダです! オレは、ぜったいにコイツがやらかしたこと忘れませんよ!」
 隼人はどこか苦々しげな響きを声にこめる。
 その響きが指し示す理由を、綱吉も知っている。骸の罪は巨大だ。彼らふたりの責めるような眼差しを正面から受け止めつつ、六道骸は平然としらをきった。
「因果とは醜悪ですね。ときに、つまらぬ縁を手繰り寄せてしまう」
 丸きりに他人事にしたことばだ。骸のオッドアイは自らを取り囲む住宅街を見つめた。あと数メートルで沢田綱吉の家へと辿り付く。雲が、まばらに空に伸びて橙色の光を帯びていた。月はまだ白い。楕円のそれを最後に目にとめ、骸は首をふった。
「僕はまだ君の体を手に入れていない。沢田綱吉」
「だから! テメーは変態かっつの!」
 隼人が道を戻った。庇うように、綱吉を背中に隠す。しかし綱吉は自ら隼人の背中をすり抜けて、再び骸と向かい合った。あ、と、気後れしたように隼人が呻き声をあげる。
「十代目ってば……!」
「否定していいんだ。なんで、そうなの? わざと?」
「何が? そのとおり、僕は変態ですよ。君が欲しい。その体とこころと、両方が欲しい。沢田綱吉……、君は僕に必要な人間だ。君が持つ、その特殊な力……それと稀にみるカリスマぶり。僕のものにしたい」
「うそだ。ほとんどウソだ!」
「変な態度ってかいて変態でしょう、そのとおり、僕は変態だ」
 開き直ったように骸は何度も同じ言葉を繰り返す。
 しまいには、変態の何がわるいんです? と尋ねながら少年ふたりへと歩をつめた。彼らは揃って後退りする。隼人がふところに手をいれたが、綱吉はすぐに制止した。
「だめだよ。一応、骸も仲間だ」
「本当に? 十代目、オレはコイツが十代目の寝首を掻こうとしてるようにしか見えないッスよ」
「ええ、僕も」
 鬱蒼と笑って、骸は自らの前髪に触れた。
 軽く掻き揚げて、眼前の少年を見下ろす。何かを急かすように、あるいは、渡さないとでもいうように、隼人は綱吉の二の腕を強く掴んだ。
「……オレは逃げるよ」
 引き寄せようとする隼人の力に抗いつつ、綱吉が骸を睨みつける。
 骸は小さく笑った。唇だけでの動作だった。そ、と、綱吉の肩へと平手をつける。親愛のキスに似たものが綱吉の前髪に贈られたが、少年ふたりは顔をますます険しくする。
 タバコの香りが鼻腔をつく。骸が跳び下がるのと同時に、綱吉は悲鳴をあげてしゃがみこんだ。
「何しやがんだぁああっっ。果てろ!!」
「獄寺くん……っ、待ってってば!」
「まあ、そこのイヌの判断はある程度は正しい」
 乱れた髪を撫でつけ、舞い上がる砂埃を遮るように骸は袖口を口にあてる。顎を引いたために、表情が綱吉からは見えづらくなる。表情が見えても、感情が読めることはないので、意味はなかったが。爆発による煙が収まると、ヒビが走ったコンクリートと煤汚れた民家の塀が残る。 
「沢田綱吉、僕は君ともっと仲良くなりたい。そうすれば接触するチャンスが増えるでしょう? 僕は変態で、演技も得意ですから、どうってことありませんよ。どんな友人が欲しいのかいってみなさい」
「骸も、待ってよ……。お前、オレを何度も助けておきながらそういうこというの? 変だよ」
「変態ですから。これ、何回言いましたかね」
 小首を傾げて、骸は自らの言葉を嘲笑ってみせる。
 綱吉は強く首をふった。
「ふつうに! ふつうにしていいんですってば」
「――――そうすると僕は君を」
 残りは綱吉には聞こえなかった。
 ただ、
(まただ。触った)
 静かな確信だけが胸に灯る。
 綱吉はきゅっと唇を食んで骸を見つめ返した。
「狂ったフリするのはやめてください。おまえ、マトモだろ?!」
「それは、君が何でも赦そうとする稀にみるバカな考え方を持っているからですよ……」
 疲れたような呻き声は先ほどと変わらない。骸は爆風が収まってからも、しばらく顔をあげなかった。辺りが静まりかえる。途中で、再び隼人が綱吉の腕を掴んだ。唇を引き結んで、家へと帰すかのように強く引く。ずる、ずる、と、軽く引きずられながらも綱吉は骸と相対するのを諦めなかった。
「誰がなんといおうとオレはオレの考え信じますから!」
「それがバカだと。自分独りの意見しか信じないなど、独裁と何も変わらない……」
「それなら独裁でいいからあんたはマトモだろ?!」
 骸が顔をあげる。あ、また、触ったかな? 綱吉は胸中だけで呟く。
 顔立ちの整った彼は、さも腹立たしいといいたげに、自らの口元に左手の第二間接を押し当てた。
「僕は必要以上に頭のイイ人間もきらいですけど、バカなのもきらいです。沢田綱吉。君は、僕がいやだと思うタイプかもしれませんね。最初からそんな気はしてましたけど」
 どこか他人事のようにうめきつつ、骸は両手をあげた。
「とにかく、はやく家にいきましょう。僕はそこまでいけば任務終了です」
「だから……! クソッ。十代目、いきましょう!」
 歯軋りをしつつ、隼人がひときわ腕に力を込める。
 よろめいた綱吉を支えたのは骸だった。腋のしたを掴んで、転げ込むのを止める。綱吉はまばたきをして骸を見返そうとしたが、隼人の早歩きのせいですぐに視界が変わった。
 誰も会話をしないままで、家の前まで辿り付いた。別れ方も無言だった。
 当然のように隼人は沢田家の玄関をくぐる。綱吉もくぐる。骸はくぐらない。取り残された彼は、静かに両目を細めていたが、綱吉と視線がかち合うと小さく会釈をした。
 扉がしまったので、綱吉はそれ以上のことは知らない。
 部屋に帰るころには水面を感じなくなった。



おわり





年が過ぎました


「君が好きです、ボンゴレ」
 振り向きざまに青年が言った。
 晴れやかに微笑んで、両腕を広げる。清々とした様子は見るものをハッとした気分にさせる。周囲の、何も知らない買い物客が六道骸を振り返った。彼は美しい顔立ちをしていて、力のある目つきをしている。人々の目線は、どこかポウッとした熱を帯びる。男も、女も、歳なんて関係がない。彼には不可思議なオーラがあるのだ。どこか悪魔的ですらあった。
「僕と一緒に行きましょう。さ、いますぐに」
 右腕が、スウッと目の前に差し出される。
 人々の視線は、パックジュースを片手にした俺へと集中する。
 気まずかった。この男が演技屋で、実際にはかなり酷い要求をしているのだとわかるのは俺だけだ。人々は、どうしてこの純粋で誠実そうな……そうな! この、純粋で誠実そうな美しい男性の手を取ってあげないのか、とばかりに湿った視線をよこしてくる。
「俺はまだ用事あるから……。せっかく抜け出したんだし、ついでに夕飯かってく。みんなが用意してくれるのって、やたら高級なので、たまにポテトチップスとか食べたくなるんだ」
「くふふ。君は相変わらずガキっぽいですね。変わらない」
「やめてくれ。骸、俺は指輪なんか返してもらわなくてもいいから」
 六道骸が指輪守護者から外れたのは、いわば、時間の流れが原因といえた。気がつけばいない。その認識が、いつもいない、へと変わる。ついには、彼はいなくなった、に変わる。その頃、骸は率先して各国の要人を抹殺し、本気で五年ほどファミリーの誰にも顔を見せなかった。
 沢田綱吉、つまりボンゴレ十代目が手紙を受け取ったのは昨日のことだ。
 指輪を返します。とだけ、綴られていた。
「……イヤですね。ちゃんと、返しますよ?」
 手すりに体重をかけながら、骸がつぶやく。
 イタリアの街並みが見下ろせる、小高い丘に伸びる通りだ。綱吉はジャンクフードをいれた袋を骸へと見せた。
「俺はこれ食べたら帰る。それまでに返すのか返さないのか、はっきりしろよ」
「返すっていってるじゃないですか」
「返さなくていいよ」
「返しますよ」
 綱吉は、いささか挑戦的に骸を見上げた。
 身長差はいまだ埋まらない。骸は、差し出された手のひらをじっと見下ろした。指輪を見せろ、と、暗に言われていることはわかる。しかし骸は笑うだけで動かない。
「それは後です。僕への返事をしてください」
「返事? 好きとか、一緒に行こうとかいったやつ? 別に俺も骸さんキライじゃないですけど。でも、行かないよ。俺はみんなを預かる身なんだし……いくら無能なボスでも」
「好きでもないけど嫌いでもないってことですか?」
 骸は綱吉の唇を見下ろした。
 手すりに肘をつけ、街並みを見下ろしつつ青年はハンバーガーを齧る。タンクトップを着込んだ外に、シャツを羽織っただけのラフな格好だ。骸は横目で眺めつつ、つぶやいた。
「それ、無関心っていうんですよ」
「…………。俺、今忙しい」
「忙しいと無関心になるんですか? 僕が嫌いなんでしょう」
「そんなことないよ。関心くらいある。この五年、どうしてたんだ?」
 骸のオッドアイが遠くを見つめる。街並みではなく、空の向こうだ。
「がんばって色々とゴミ掃除を。がんばって殺してました」
 わずかに沈黙して、綱吉は唇についたマスタードを親指でぬぐった。
「俺も、少しがんばったよ。少しだけアンタと似たことをした」
「……僕は、君が欲しい……。男と寝たこともあるって、知ってるんですよ。僕はですね……。君がどんな女と結婚しようが子ども産もうがやることやろうがどうでもよかった。でも男と寝るって、君そんなヒトだったんですか?」
 最後のひとくちまでを食べ終えて、綱吉は両手をぱんぱんと叩いた。パンクズが街並みへと落ちていく。あるいは、風に掬いあげられて丘の上に流れていく。
「…………骸さんがさァ、変な目で俺のこと見てるって知ってたよ。大体はわかってたよ。っていうかさ、レイプし損ねた次の日から丸々五年も姿消したらどんな鈍いヤツだって気付くよ。で、ちょーっと……ああ、仕事上ね……、どうしてもあの人に話つけたかったし、そういう趣味だっていうし、それで許されるんなら……。俺だけの犠牲で済むなら安いと思ったんだよ」
 綱吉が骸へと視線を戻すと、彼は、最初と同じようにハッとするような微笑みを浮かべていた。綱吉の肩へと手を置いた。
「僕に嫉妬させようってハラなんですかそれは?」
 ぎりぎりぎりぎり。ツメが肩へと食い込む。だけれど顔だけは壮麗な微笑みを浮かべているので、周囲の観光客はどこかうっとりとしながら骸の顔を……そう、顔だけを見ている。
「まあ……。少しくらいは」
「さすがにあの屋敷の地下室までは僕も見れなかった。何をされたんですか? 言ってみなさい。嫉妬してあげますよ……。まったく、ぜんぶ同じことをやってあげます」
 消毒代わりに。骸が言葉をつなげる。
「…………」
 耳に吹き込むようにして骸は語っていた。体温が近くにある、それは、つい最近男に酷い目にあわされた綱吉には怖気が走ることだ。綱吉は上目で骸を見る。
「ひょっとしたら、アンタなら相手方に怒鳴り込んだりしないで、でも俺を慰めてくれるんじゃないかと思ったんだけど……。もしかして、してくんないですか」
「何を……。慰めてほしいんですか? 一緒にいきましょうって言ってるじゃないですか」
「それは出来ない。俺にはみんながいるから。アンタみたいにはなれない」
「体は売れるのに?」
 思わず、綱吉は辺りをうかがった。
 骸を眺めている視線はいくつもある。けれど、会話の内容は聞こえていない。ぼそぼそと、骸はわざと声のトーンを落として語った。
「あの時はあんなに嫌がったのに……。僕が何のために君の傍を離れたと思ってるんですか。僕の誠意を、……なけなしの、本当に少しの僅かに残ってた誠意を君は台無しにした」
 今にもキスされそうな勢いだ。頭の片隅で思いつつ、綱吉は頷いた。
「ごめん。……時間の流れって、こわいな」
「君が好きです。いっしょに来てくれないと言うなら、やらせてください」
 言葉を切って、骸は眉間を皺寄せた。逡巡の後に告げる。
「どんなふうにされたのかは、知りませんけど……。でも善くしてあげます。僕は絶対あの男よりウマいですから。どうせ、あんな老人じゃ道具を使っていじめるくらいのことしかできなかったでしょう?」
「…………。あんまり、そこらへんは深く考えないで欲しいんだけどな」
 小声でうめく。不意に、綱吉は骸を制止した。
「いいっ。返さなくていいってば」
「僕もこれいりません。君の守護者を名乗るつもりはもう失せました」
「いいんだよ。俺がそれでいいの。もってろ、アンタが」
 納得がいかない、という顔をして骸は綱吉を睨みつけた。が、しばらくして、自分の手のひらに乗っかった指輪を見下ろす。
「……わかりました」
 渋々と腕を引っ込めると、骸は踵を返した。さりげなく綱吉の手首を掴んだ。引っぱられるまま、綱吉は人通りの多い繁華街の方へと流されていった。街並みが一望できない場所にいた。




おわり




>>もどる