カテキョーパロディ
「うっわぁ! いいの? うわー、すごいオッシャレ〜。こんな衣装でマジいいの? いつかは皆スーツの中で一人だけランニングシャツだったのに!」
鏡を前にはしゃぐオレにみんなが苦笑しっ放しだった。獄寺クンが、含んだような笑い方をして紙コップに口をつけている。
「ジューダイメは、下積み長かったよなァ」
うんうん。そうなんだよね。
「オレなんかはすげー才能あるヤツだって長らく思ってたんスけどね。まさしく獄寺隼人そのものって感じでマジ思ってたんだぜ」
「隼人クン……。ありがとう」口角がにやにやしてしまう。
オレもこういう衣装が許されるキャラになったのだ。
「ついにオレも脱三枚目って感じするよ、いよいよ! 二枚目俳優だ〜」
全身鏡を前に澄まし顔の練習をしてみる。今回の撮影は、指輪守護者と新たな敵との対面をイメージするそうだ。前の雑誌の表紙を飾る撮影では賑やかにすればよかったんだけど。今度はシリアスだから気合を入れないと。すぐに頬が緩んでしまいそうだ。
オレがこのドラマの主役に抜擢されてから、早三年。最初は巻き込まれ型の主人公ってことで、頼りないしダメダメで、――まぁそれは実際のオレのイメージにもあってたから起用してもらえたんだけど――、とにかく主役のワリには周囲にイイトコ取られてばっかりの情けないキャラだったのだ。
それが今ではバトルの中心にいて、これぞ主役! という大活躍。雑誌のインタビューも増えたし、出演CMも増えたし、オレをここまで育ててくれた某有名女性監督には頭があがらない。
襟を正して、軽く頬を叩いた。
ビジュアル系かってくらいに黒を主体にした衣装。指にはジャラっと銀製リングを嵌めて、首には白いベルトとタトゥーだ。何かのアイドルみたいだ。三枚目俳優っていわれてたころが懐かしい! 今回は設定が変わってるから、それを考えて大人っぽい表情をして……と、そこで、控え室の扉が開いた。
スタジオの準備が終わったのだ。隼人クンの後に続いて部屋をでる、と、
「おや。沢田綱吉クンじゃないですか」
グイッと首輪が後ろに引かれた。
「! 骸サン」
「どうも〜。今日もよろしくお願いしますね」
去年から撮影に加わった男の人だ。デビューしたてだけど、記憶に残るビジュアルとスマイルとで一気にブレイクした超期待の新人である。六道骸は、ニカリと歯を見せながら自分の首を撫でた。……首輪が、ある。
「お揃いみたいですね。やっぱりタイアップする気なのかな?」
「骸サン……。オレこそ宜しくお願いします」
一応、礼儀を返しつつもオレはちょっと釈然としない。だってオレのがキャリア長いし、年上なんだけど……。童顔のせいで撮影に参加する誰よりも幼く見えるのがオレの悲しいところだ。オレも、大概、フランクな方だけと初対面から馴れ馴れしいこの六道骸は馴れきることができなかった。
「ちょ、ねえっ。放してくださいよ!」
首輪の内側に人差し指を差し込まれたままだ。手を伸ばすけど骸サンはさらに強く首輪を引いてくる。思わずよろけた。
「っつか絞まる! 首、絞まるから!」
「某巨大掲示板で君と僕とでの何かの企画をするつもりなんじゃないか、とか囁かれてるの見ました? 明らかに、僕との共演以降に君の立ち位置が変わりましたよね」
「? どーいう意味ですかっ。もう、骸サン、髪型崩れちゃうだろー」
「今日はずいぶん小動物系なんですね」
よくわからない例えだ。睨むと、骸サンは笑いだした。
「かわいいですよ。初回の放送からずいぶん育ちましたねー」
「んなっ?! 放っとけ!」そんな長らく見守ってきた視聴者のようなことを言われても困る。確か、その頃には骸サンはまだデビューもしてなかったはずだ。その無名の新人がいきなりライバル役に大抜擢で、そのままピンオフで小説出版、ゲーム主演とかされているのだ。オレが骸サンを多少疎ましく感じる理由はたっぷりある。我ながらちょっと僻み根性出しすぎとは思うけど。
「もし本当にコンビで何かやるんだったらどうしましょうね。楽しみだな」
「えー? そんな、ただの噂話、信じるなよ」
「…………。そしたら、また沢田綱吉クンのキャラを食っちゃって吼え面かかすこと出来るじゃないですかぁ」
「!!」
このやろう。
「おまえ、その本性を他の共演者にも見せてやれよ!」
「おや、ご冗談を。この業界じゃ笑顔と人脈が命でしょう?」
クスクスしながら骸サンは実に人の悪い笑みを浮かべる。こいつはコレだから苦手だ。
撮影所に入ると、先程の言葉通り、六道骸は人懐っこいキャラに摩り替わった。他の共演者にジュースを渡したりとかしていい人ぶってる。本当にこの業界は恐ろしいなと、骸を見る度に思うようになってきた。
「あ。ツナヨシ? なに、そのカッコ。似合うじゃないの」
「恭弥サン。っぶ。白いですよ?!」
「イメチェンしろって。黒いキャラだと仲間助けるのが似合わないらしいよ」
どうでもよさそうに欠伸しつつ、雲雀恭弥は紙コップ片手に隣に立った。
「普段の笑顔でいけって指示されてるんだけどさァ……。へえ」
じろじろと見てくる。雲雀恭弥に白いノースリーブなんて似合わない、と思うけど……。
「ふーん。アイドル路線でもいけるんじゃない?」にこり、と、柔らかく笑いだすとすごくよく映える。今までドラマ関係者しか知らなかった雲雀恭弥のこの笑顔が全国に出回ってしまうのか。少し、残念だ。
撮影中は鬼のようなキャラだが、実際の雲雀サンは優しくていいお兄さんだ。初登場時、手加減ナシで殴ったのを詫びに楽屋まで来てくれて以来、オレはすっかり懐いている。
「お、宿敵発見」
雲雀サンが口笛を吹く。
今回の新しい敵だ。まだよく詳細はわかってない、け、ど。
「!! うわ、本物! うわー!」オレは今回が初共演だ。白蘭役の人に会うのも初めてだ。けど名前も顔も知ってるに決まってる。超有名ロックバンドグループのリーダーだ!
「うわ、あ、挨拶いっていいかな? いいと思う?」
「いいんじゃない。てか、主役だろ。ゴーゴー」
恭弥サンが紙コップを齧りつつ背中を押してくる。急ぎ、駆け出した。
「おっ。ウワサの綱吉クン。初めまして〜。よろしくね」
「はいっ。沢田綱吉やってます。よろしくおねがいします!」頭を下げる。これだけでも緊張だ。実は、そのバンドのライブまで行ったことあるなんて……、今回、大抜擢を聞いて一番喜んだのはオレだろう。大ファンなのだ。
白蘭サンは顔にタトゥーを入れてる。格好いい。にやぁ、と、悪役っぽい笑い方をして両膝に手をついた。そうやってオレを覗き込んでくる。
「…………っ」
か、顔が近い。
「あのっ。だ、大ファンです!」
「え? マジ? うわー、サンキュー。オレも実は綱吉クンのファンなんだよね。ドラマ、毎週見てるよ〜。チマチマしてて綱吉クンカワイんだよね」
「?! わっ……、あ、ありがとうございます!」
信じられない。オレのこと見ててくれたんだろうか?!
と、思考をぶった切られて後ろに倒れかけていた。また首輪を引かれてる。こ、この状況でこういうことするヤツは!
「初めまして。六道骸です」
骸サンはしらっとした顔をしつつもオレを押しのけた。
「ああ……。悪役キャラナンバー1のお出ましなんだね」
「もうすぐ正式にボンゴレ側のキャラになりますよ。味方兼ライバルっていうオイシイ位置です」
腰に手をつきつつ、骸サンはいささか剣呑な眼差しを送る。それを感じてか、白蘭サンもニヤリと口角の両側を持ち上げた。
「どーも。新ライバルの白蘭です。六道骸の活躍ってテレビで見たよ。あれを上回るインパクト、出せるように頑張っちゃうからね。派手に暴れていいって許しが監督からでてるからさー、もし次の悪役人気投票あるなら、首位もらっちゃうよ」
「あっはっは。白蘭サンてば、冗談うまいなぁ」
「あれ? 六道骸はクフフって笑うんだよね? 演技派を自称するキミらしくないんじゃないのー」
「…………。クフフ」
ニコニコと懐っこい笑顔のままで、口角をヒクリとさせる骸サン。
怪しい雲行きだった。恐る恐ると首輪を掴んでる手を外す、と、白蘭サンに肩を叩かれる。
「今度、一緒に食事行こうねェ」
「! はい!」
即答だ。思わず両手を拳にする。ニコッと爽やかに歯を見せて白蘭サンはカメラの方へと歩いていった。あちらの撮影のが先なのだ。
「うわぁ……。信じられない。綱吉やっててよかったぁ」
両目を潤ませていると、骸サンがジロリと睨んできた。
「面食いじゃないのかと思ってましたけど。そうでもなかったんですね」
「何言ってんだよ……。あの人、作詞も作曲もしてものすっごいんだぞ……。憧れだなぁ。ホント、格好いいんだよ」
「…………」
フ……、と、何かに達観したみたいなため息をつく。
それで、骸サンは踵を返した。
「?」何か気に障ることでも言っただろうか。普段、気味が悪いくらいに近くに来ようとするので向こうから離れられると、動揺、するなぁ。
オレたちボンゴレチームの撮影もすぐに終わった。骸サンは、いつもと違って笑顔じゃなくて哀愁漂わせる演技をするように要求される。難なくこなしてみせて、こういうキャラでもいけると監督からお墨付きをもらってるけど……。
オレから見ると撮影前も後もそんな感じの顔をしていた。
撮影終了だ。着替えも終えて、マネージャーさんと一緒にスタジオを出ようとしたとこだった。
「こんにちは。……まだ沢田綱吉クンって呼ぶべきですかね」
「あれ。何してるの……」
六道骸が私服姿で自動ドアから出てきた。彼のトレードマークである特徴的なビジュアルは見えない。変装用に帽子を被って、サングラスでオッドアイを隠している。
「彼とご飯を食べにいく約束してるんです。二人で。お借りしていいですか?」
ニコッと人好きのする笑顔でマネージャーに笑いかけてくれる。くう。そんな約束はしてない……。こいつ、オレのジャーマネが六道骸に熱あげてるってわかっててそういう顔してやがる。
「こういうの誘拐っていわないか?! オレ、明日が」
「オフでしょ」
「何でしってんの?!」
骸サンの車に乗り込みつつ、両手をワナワナとさせる。骸サンは自分で運転してきたみたいだった。マネージャーも帰っている様子だ。
「色々と情報を教えてくれる方はいるからね。応援してくれてるんです」
「は? 応援? ……って、あああ、あいつか!」
マネージャー! 何、人のスケジュール漏らしてるんだよ!
「明日って僕もオフなんだが。何でそうしたか、わかりますか」
「ハァ? ……ご飯ってどこに行く気だよ。オレ、今、おなか空いてるからしっかり食べたいんだけど……」
車の運転が僅かに乱れる。骸サンがイヤミっぷりにため息を吐いた。
「僕ってちっちゃいころからデビューの誘いあったんですよね。見た目が珍しいから」
「あー。多そうだよね。ジャニー系とか?」
「それもありましたけど。全部断わってました。面倒なことは趣味じゃないし、この見た目でさらに騒がれるのはイヤだったんだ。ただの突然変異みたいなもんなのに」
「へー……」
今をときめくトップスターにそんな過去があるとは。窓の外を眺めつつ、思いついて聞いてみる。何だかんだで、骸サンとは話す回数が多いので仲良くなっている。
「おまえ、それで何でドラマでデビューする気になったの?」
キキキキキッ! タイヤが轟音と共にこすれた。
「うだぁああ?!」急いでシートベルトにしがみつく。一瞬だった。急ブレーキが踏み込まれて、ガクッと車体が停止する。骸サンはハンドルに片手を押し付けて蹲った。腕に、額をずるずる擦り付ける。
「死にたい……」
「は?! 何いってんの?! しっかりしろよ!」
「こんな世界、やっぱ入るんじゃなかった……。その元凶が全然……」
ブツブツとうめく。何やら怖気を感じる姿だ。引き攣っていると、一分程度で骸サンは顔をあげた。吹っ切れたように、フ、と、鼻で笑い飛ばす。
「まぁ、今は不問にする。沢田綱吉クン。焼肉でいいですか」
「おっ。いいなぁ。どうせだし恭弥サンとか隼人サンにも声かける? ボンゴレチーム全員集ご」
「却下」短く答えて、骸サンはアクセルを踏み込んだ。
……よく、わからない男の人ではある。オレに当たりが強いのか弱いのかわからない。骸サンとコンビを組むかも、という話を思い出した。
カテキョー的にいうと死ぬ気で拒否するってレベルでもないか、な。
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巻頭カラーのかわいさに思わず芸能パロです