<※ドラマ「アン○ッチャブル」の最終回がいいヤンデレでした>
<む、骸ツナでやってみたくなった…という、ダブルパロです。骸とツナが義兄弟です>
<基盤にしつつ好き勝手に書いちゃってます。一部酷い発言あり。要注意。>







 
 顔の下半分から、血が引いていくのが体感としてわかった。
「……犯人?」
 呟いた単語は、響きが遠い。別次元での出来事を見ているみたいだ。喰い込むような眼差しを受けながら、彼は、動揺もせずに首を縦にした。
「そうです。僕がすべて仕組んでいた。獄寺隼人やリボーンを殺したのもそうです。僕らの、母と父を殺したのも」
「うそだ」
 反射的に囁くも彼は肩で笑った。
「どうして断定できるんですか? よく考えてみなさい。今までの事件の犯人が僕ならば――、辻褄が合うでしょう?」
「そ、そんな……」混乱して頭が回らないのに、なぜか感覚的なところが働いて彼の言葉が真実だと悟れた。そうだ。もし、この義理の兄が――、すべての事件の裏で糸を引いていたというなら。最初の爆発事故も、連続殺人事件も。
 体中の血液は足元まで下がっていって、結局そのまま床から抜け落ちてしまった。
 手足の感覚が持てない。声は干涸らびる。
 恐る恐るとして、綱吉は、とても見ていられなかった筈の相手の目を覗いた。
「……骸さん……?!」
 赤と蒼のオッドアイ。眼球には奇しくも『六』の文字に見える刻印がこびりついている。事故で傷ついたものだが、一生、残ってしまうそうだ。
 骸はその端正な顔に皮肉げな笑みを浮かべている。スーツの襟首を手で暴きながら、言った。
「綱吉くん。君はご両親に可愛がられていた。僕の眼から見ればたしかにそうでした。そう。子どもができなかった沢田夫妻は養子として僕を引き入れはした。しかし、その僅か三年後に、君が生まれたんだ。このことを君はどう思っていたんですか?」
「何を言っているんだ?」
「綱吉くんは、なぜ、僕を兄さんとは呼ばないのかわかります?」
 昔から、綱吉は骸を『兄さん』とは呼んでいない。綱吉にすれば何を今更という感覚だった。
「意味なんて、ないよ、何も……」
 カラカラになった声で言うも、向こうは笑っている。
 怖い笑顔だと思えた。綱吉は、背筋に生じた悪寒に怯えて眉頭をすり寄せる。頭は納得してきているのに、そうだ、たしかに骸が黒幕だったとしても、心で納得なんか綱吉には無理だった。
「骸さん! なんで? 信じられないよ。なんで――、ずっと一緒に事件を追いかけてたじゃないか!! 母さん達の仇討ちだった筈だろ、殺されたみんなの無念を晴らそうって約束しただろ?!」
「父と母が、君に僕を骸と呼べと教えたんですよ。僕は、君の実の兄ではない。僕は、君たち一家のもとにお情けで寄生させていただいている邪魔者にしか過ぎなかった」
「何をいうんだよ。そんなことないだろ!!」
「君はぬくもりにしか触れずに育ったからそんなことが言えるのです。君はなぜ僕を兄さんと呼べない?」
「む、昔のことすぎるだろ。知らないよ。骸さん?! 骸さんがホントに犯人なら」
 堤防が決壊したかのように、綱吉の頭に濁流が流れこんだ。
 事件を追ってきた仲間達との思い出が汚泥に塗れた奔流の正体だった。ようやく呑み込めてきた真実は重すぎる。押し潰されそうになるのを堪えるために叫んだ。声が裏返る。
「骸さん!! あんたが犯人ならあんたのことは絶対許せない!!」
「それは残念ですね。僕は君を守るために多くの罪を犯したのに。そう、僕は、君に真相を探るのはやめなさいと何十回と警告をだしたでしょう。あまりに深く知りすぎると、君を守れなくなるから」
「骸さん!!」
 ひどく混乱して、綱吉は手で顔の半分を覆った。
 投げた学生鞄が大きな音をたててガラステーブルの上にあるものを薙ぎ倒して、ばりんっとコップが砕けていった。
「どうしてなんだ……。なんでこんな事件を起こしたんだ……?!」
 生まれたときから共に時間を過ごしてきた。爆発事故で両親が死んでからは、ただ一人の肉親として――ずっと――二人だけで支えあってきた兄弟だ。そうと信じていた。
「どうしてだよ。骸さん」
 骸は、冷めた目つきで、綱吉の動揺を見つめていた。
 無心に眺めているとも受け取れた。
 ホテルの一室に漂うのは凍りついた空気だ。それをものともせずに、リビングの入り口に棒立ちしている綱吉に背中を向けた。リモコンでテレビの電源をいれてみせる。
「生きているのが虚しかった。僕の居場所はどこにもなかった。中学生のころでしたか。エストラーネオに町で声をかけられ、集会に顔をだした。気がつけば日課になっていた。あそこは、狂ってましたけど、僕を拒むことはしませんでした……」
 ぐっとして、綱吉は息を飲んだ。思い返せば、兄の優しかった記憶は、中学生の後半くらいからかもしれない。
 どこか怖い人だと昔は思っていた。冷たい目つきを寄越してくることが多かった。
「なんで……?!」
 爆発事故を境に、義兄が頼れる人だと理解できた。肩を抱き合って二人きりになったことを嘆いて、励ましあって、骸は綱吉の学費を稼ぐために大学もいかなかった。そして犯人を捜したいといって警察学校に入って刑事になったのだ。
 骸の口から再びエストラーネオの名前が出てきて、綱吉はハッとした。
「ある日、エストラーネオが言った。何か大きなことをしてみせろとね」
「……そんなんで母さん達を吹っ飛ばしたのか?」
「ええ。ただ、あの頃は僕も子どもでした。組織の中で勘付くものがでた。あの事件の犯人はお前だろうと。だから芋づる式に殺していった……、何と言うことはなかった。やがて僕が表立って行動するのは得策ではないと気付いた。捜査の進度を知るためには警察に入るのが一番いいと思った。実行はすべて別の人間にやらせた。今ではもうエストラーネオも僕の駒だ。綱吉くん、ほら、強張ってますよ、顔が。見てみますかこれ?」
 チャンネルを動かし続けていた手はとっくに止まっていたが、画面を見るどころではなくて綱吉は液晶に写るものにすら気付いていなかった。
「…………?!」
 はぁ、はぁ、と、何もしていないのに自分の呼吸音が頭蓋にこだまして体が汗だくになっていた。
 ボタンを指で押しっぱなしにして音量がめちゃくちゃに上げられていく。雷のようにアナウンサーの音声がこだました。
 テレビには、演説をしているエストラーネオの姿があった。小綺麗なブラックスーツに身を包み、胸にはたんぽぽの花を差している。
 リモコンをガラステーブルにコトリと置いて、骸は悠々として足組みをする。
 ソファーに片腕をかけた。
 日曜に、一緒に映画でもみようと誘うほどの気楽さで、右隣に綱吉を誘った。
「面白いものが見られますよ」
「何のつもりだ?」
 目が回りそうになったが、自分の声はいやに冷静だと綱吉は思う。刺すように冷たい。骸を排斥している。
 彼は、動じずにテレビの液晶に流し目を送った。
「このスピーチが終われば、子どもたちの合唱が始まります……。党の結成祝いでね、施設の十歳以下の児童を集めさせた。そう……、いたいけな子どもが、生中継の終わりに、跡形もなく消し飛んでしまう。なんとも悲劇的なセレモニーではありませんか」
 言葉が終わりきる前に、骸に飛びかかっていた。
 喋りながら、彼がスーツポケットから携帯電話を取りだしたからだ。今までの捜査で犯人は携帯を通じて指示をだしているとわかっているのだ。
 カッターシャツの胸ぐらを掴まれて、逆にテーブルに背中を打ちつけた。したたかな衝撃が胃袋を揺るがして息がつまる。
「ほらね、君が真実に近づけば近づくほど、君を守ることは難しくなるでしょう?」
「ぐうっ、うっ」
 するりと詰襟の下に潜りこんだ細い指先が、綱吉の首に巻きついた。
「や、やめろっ……。離せっ!」
 目尻に浮かんでくる涙は、痛めつけられたが故の苦しさだけではない。もがく綱吉を抑え付けながら、骸はようやくニィッとして白歯を覗かせた。オッドアイが澱んで正気でない光を放った。
「僕が命令すればすべて終わりだ。エストラーネオは、この事件を喧伝に使う。さらに党を発達させる。君が扱っていた事件はすべて僕の発案だ。民衆を欺くなんて実に容易い……。欺かれている間のほうが幸せなことだって世の中にはたくさんあるでしょう?」
「そ、そんなことないっ……。真実を知りたいってみんな思うはずだ!」
「いいえ。思いませんよ。そう言ったら君が悲しむのはわかっていたので今まで言いませんでしたけど。クフ、エストラーネオにはそろそろ死んで貰おうと思う。君に記事を書かせてあげましょうか?」
「ふざけんな!!」
「綱吉くん。テレビを見なさい。そろそろクライマックスです」
「い、痛いっ、は、はなせよ、殺しちゃだめだ!」
 後ろ髪を掴まれ、無理やりにテレビを仰ぎ見る姿勢にされる。綱吉は頬をガラスにべっとり押付けながら潤んだ目を見開かせた。
 ちょうどそこで、騒ぎが起きたのだ。児童の歌声が終わろうとしたときだ。
 何? 骸が、綱吉の髪から手を離した。
「――ヒバリさん」
 呆然として、綱吉はテレビの中で暴れている青年の名を呟いた。
 市民会館は爆破されると叫んでいる。児童をどかし、床板をはがし、何かを取りだそうとしている。これが爆弾だ!! 中継が乱れて、叫んでいる雲雀恭弥の顔がズームではっきりと写った。
 髪はいつも以上にぼさぼさで、憔悴から黒目がくぼんでいる。彼はさらに続けた。
「見ているんだろう、骸。もう逃げられ――」
 ブチッ。テレビ画面が真っ黒に染まった。
 綱吉の顔の横から、ほっそりした手が突き出されていた。その手は静かにガラステーブルにリモコンを戻した。
「なんだ。つまらないな」
 鈴虫が鳴るような細々した呻き声だった。そうして元のようにゆったりとソファーに腰掛けた。
 テーブルに手をついて体を起こし、綱吉は身震いを自覚する。心の底からゾッとしながら尋ねていた。
「骸さん?」
 甚だ、不思議だった。
「逃げなくて、いいんですか……」
「どこに逃げるというのですか」
 追いつめられた犯人というにはほど遠い余裕がセリフに滲み出る。
 疲れたように目を細め、彼は、冷静に自らのおかれた境遇を分析していた。肩を竦めながら腕を組んで、前だけを見つめながら――それは綱吉と共に犯人像を分析していたときの態度とまったく同じだ。いつも通りの義兄の姿だった。
「エストラーネオは僕のことを自白する。あれはそういう男だ。片や、大物政治家。片や刑事の起こした大事件。捜査線は迅速に敷かれる。君は僕に会いにここにきたと仲間に報せているでしょう? 僕に逃げ場などありませんよ」
 理性的な言葉は何も思い浮かばず、綱吉は後悔の念に駆られるままに嘆いていた。
「どうしてこうなっちゃったんだよ……、どうしてっ……」
 下顎を俯かせたまま、骸がぽつりと呟いた。
「僕のためには泣かなくていいですよ、綱吉くん」
 綱吉のすすり泣きは警察が突入してくるまで続いた。十分間。しゃくりあげる音色は次第に大きくなった。一度だけ、骸が肩に触れようとしたが、綱吉がビクリとして戦慄くとすぐに手を下げた。
 捜査員に一切の抵抗をみせず、両手首に嵌められた手錠をオッドアイに映した。部屋をでていこうとする彼に、早急に手の甲で涙を拭っていた綱吉が、声をかけた。震えきっていて声の幅がひどく狭かった。触れ合えるのが最後だと思うと他には何も考えられなかった。
「骸さん、待って」
 両脇を捜査員に固められているため、骸は体ごとふり向くことができない。綱吉が背中に抱きついた。
「また会えるよな。これっきりじゃないよな」
 骸の肩は、細い。でも硬い。
 昔からずっと見守ってくれていた兄の体だった。背中に顔を埋めると自分が苦しいときには笑って手を差し出してくれる優しい兄が思い出せた。
「……兄さん。会いにいくから」
「僕が犯人だったんですよ。軽蔑してるでしょう」
「でも、たった一人の家族だよ」
 恐れから震えてしまいながら、顔をあげた。
 涙で濡れた綱吉の瞳に映ったのは、肩越しにふり向いた骸の左目だった。青い。滲んでいるからいつもよりも澄んだ水色に変じていた。
 囁かれた言葉は、すぐさま臓腑の底まですとんと落ちてくるほどに重かった。
「君のこと、守りきれなくてすみませんでした」
 肩を握りしめていた手に、体温のあるものが被せられた。手錠で括られた義兄の手のひらだった。ぎゅうと、痛いくらいに綱吉の手を握りしめてくる。
「兄さん」馴れない響きを繰り返して、また涙が目に滲んだ。
 捜査員の一人がはやくしろと骸を小突く。
 ……少しづつ、手から力を抜いていって、そうして骸は捜査員に連れられていった。


「綱吉!」警察のジャンパーを羽織ったヒバリが、ホテルの入り口で他の捜査員と共に人払いをやっていた。
「無事か? どうなったんだ」
「ヒバリさん……」綱吉は、目を何度も手で拭いながら頷いた。解決したのは間違いないのだ。
 話している途中で、ヒバリの横顔が赤く照らされた。綱吉はハッとしてふり返る。
 一台のパトカーが、炎に包まれながら公道を走っていった。
「骸さん――?!」
「おい、海に落ちるぞ!」
 止めろと誰かが金切り声をあげたが、その頃にはもうパトカーは黒い海面に突っこんでいった。
「?!」愕然として、綱吉はあたりの喧噪を飛びだそうとした。ヒバリが肩をむしるようにして強く掴んで止めさせた。
「ダメだ、助からないよ」
「骸さん?! 骸さァン!!」絞りだした絶叫が、夜闇に響き、パトカーは泡だけを残して冬の海に沈んでいった。と――。綱吉は時間って早いなと思うばかりの日々を送っていた。あれから二ヶ月だ。
 綱吉も今ではやっと一人で暮らすのに馴れてきた。
 悲劇的で、後味の悪い結末にはなったが。エストラーネオも政局を去り、殺人事件も止まった。望んでいた通りの結果を得られたとも言える筈だった。表向きでは。
「ふう……」
 首に、白黒のアフガンストールをマフラー代わりに巻きつける。そうしながら雑誌社を出て行く綱吉のとなりには雲雀恭弥がいた。
 吐いた息は、白く煙る。大通りはクリスマスイルミネーションで鮮やかに発光を始めていた。
「クリスマスはお墓参りなんですよね、ヒバリさんは」
「うん? うん。命日だからね。いってあげないと」
「オレも、ついていっていいですか」
 ヒバリの黒目が丸くなった。
 ラフな軽装にブラックダウンジャケットを着込んでいる。頭はニット帽。色とりどりの電光を背にしているから、黒尽くめなのに華やかだった。
 どこからかサンタクロースの唄が聞こえてくる。ヒバリは、短く尋ねた。
「なんで?」
「い、イヤならもちろんいいです」
 すぐさま呻いたが、だが、これもまたすぐさま後悔して綱吉は急いで喋った。
「ただできたらご両親に挨拶しときたいなって、あの、オレの……兄が……」
「終わったことだろ。死人は帰らないよ」
「いえ……、も、もちろんヒバリさんがイヤならいいんです。でもできたら一言だけでもお祈りできたらいいなって、あ、ヒバリさんって普段何してるんだろとか、その、クリスマスに家でひとりは寂しいとかそんな事情で言ってるんじゃないですけどねそのあの」
 まくし立てながら、綱吉は狼狽を深めていった。顔がだんだんと赤らんでいく。ヒバリの顔を見ていられなくなった。
 綱吉の頬のあたりを横目にしつつ、ヒバリは二つ返事をよこした。
「ほっ、ほんとにいいんですか?!」
「いいよ。じゃ、クリスマスも近いからね。とりあえずご飯いっしょにする?」
「はいっ!」
 彼なりに思うことがあるのか、ヒバリが急に歩調をあげたので綱吉は勇んで追いかけた。が。一歩を踏み出してすぐにギクリとした。
 脳裏に、赤と蒼の双眼が思い出せた。
「――……?!」
 皮膚をものともせずに、目に見えない麻縄が臓腑に喰い込んでくるようだった。思わず十秒ほどは呼吸を停止させていた。
 綱吉は、ゆるやかに首を後ろに巡らせた。イルミネーションが夜闇に浮かびあがる。人々の雑踏が、声が、こだまする。
 いない。けれど、まとわりつくのは覚えのある気配だった。冷や汗が背中を湿らせている。
 あるところで、視線が止まった。
 飾り立てられた木の一本を背にして、ひとりだけ、綱吉に向かって真っ直ぐ立っている男がいた。
 帽子とマフラーで顔を隠してはいるが、かなりの美丈夫であると物腰とボディラインが語っている。しんだはず。綱吉の脳裏では凍りついた疑問が流れ、口では単に呻き声を漏らしただけだった。
「え……?」よろりと一歩をさがり、相手を凝視するだけで、綱吉は動けなくなった。
 彼は、静かに、口元のマフラーを指でおろした。
 赤蒼のオッドアイが迷うことなくまっすぐに綱吉を射貫いていた。綱吉くん。ひどく緩慢で、聴いているだけで、気が遠くなるような声質を持っている。
「メリークリスマス」
 祝辞は、幽霊が喋ったのだと思えるほど無気味な余韻をもってして夜になじんだ。



 




09.12.21

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