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流転してたどりつく場所が明るいとはかぎらない。 
 
 
  フレアというのは、正確には炎を指すものではない。 
 
太陽を起点とした電磁場の暴発につけられる名称で、地球では、そうしたフレアの胎動はときにオーロラとして確認できる。あるいは通信障害として知らずに体験することもある。  
彼は携帯電話を片手にぼうとした目で夕日を見つめていた。 
 
コール音がひたすらに続く。機械音声に切り替わるとすぐさま通話を切り、リダイヤルをかけた。けれども待ち人は一向に応えない。 
 本当に輪廻転生してるの? 
 その疑問をぶつけられたのは一昨日のことだ。  
まぁ、出ないなら別にそれでもいいかと少年は三十分ほど後で考え直した。 
 
どうしても、いま、会話をしたいと思ったような気がしたが、そうした決意は時間が経つと褪せていくものだ。意思とか決意とか人間の感情めいたものは大抵時間に流されると薄くなっていく。だからこそ少年はこれを好かないが、薄れてしまった今となっては執着するのも馬鹿らしく感じる。  
携帯電話を隅に放り、机の上に置いたままだった学生カバンを取り上げる。 
 
そのまま階下へ向かい、校門をでたところで彼は足をとめた。  
茶色い髪をした背の低い学生がいる。 
 
見覚えがある。しばし考えた末に、彼は歩み寄って片手をあげた。 
「こんにちは。今日は携帯電話を忘れてますね」 
「えっ? あ、はあ……、よくわかりますね」 
「履歴に僕の着信がいっぱい入ってますよ」 
「…………あ。すいません」 
 学生はぺこりと浅く頭を下げた。 
 
特に気にせず、彼は全くもって唐突に話を切り出した。 
「僕自身が転生してるのかどうかはわかりませんよ。記憶があるんです、……僕は右目を移植された身だ。詳しいことは、既に死んだ研究者たちだけが知っていた」  
目を丸くして、学生は肩にかけていたカバンを引き寄せた。 
「あの。俺、ここまで来たのは謝ろうと思って。無神経だったのかな……て……」 
「いいから聞きなさい」 
 
ぴしゃりとして彼が声を荒げると、学生は口をつぐんだ。 
「そういう質問をしたってことは、興味があるんでしょう? 何に? 輪廻転生にでしょう? それなんですけどね。なぜこの空間、この時空、この世界に限定されるんでしょうか?」 
 学生は両目をぱちぱちさせる。話についてきていない、もしくは呆気に取られるだけで何も思考していない、それは明白だったが彼は言葉を切らなかった。 
「僕にはわからない。なぜなら僕には記憶があるが、それは僕自身の前世の記憶ではないから。でも、おかしな話じゃありません? どうして僕らの魂はこの地球と言う星に結び付けられているのでしょう。どうして銀河の外まででない? 魂ってものが実在するなら、もっと、大きなスケールで動き回るものじゃないのですか」 
 
彼の言葉はすべてが疑問の形をしている。 
 
彼としては、その答えを目の前の子供に求めたわけではない。しかし、学生はそうした解釈をしたようで、髪よりも請い茶色の両目を頻繁にしばたかせた。 
「し、知らないよ……。でも、そうなら」 
 困ったように口を何度か閉口させる。 
 
彼はじっと学生の唇を見つめた。正直なところ、答えを求めてはいないのでどうでもよかった。遮らずに学生の言葉を聞いているのは、ただ、必死になって継げようとする姿に興味を引かれたからだ。 
「……そうかもしれないけど……?」  
学生は要領の得ない言葉を呟く。 
 
いつものことだ。彼は気にしない。ようやく、学生は言葉をまとめたらしくシャンとした目で彼を見返した。その瞳に灯る気弱げな明光もやはりいつものことだ。 
「でも、それって人間の想像力を超越してるんじゃないかな。わかんないですよ。んなの」 
「それが君の答えですか。浅はか……、とも違うか。考えることの放棄ですか」 
「わ。わかんないんだから仕方ない」 
 学生が怖じ気づきつつもうめく。  
彼は、少しだけ笑った。 
「今日はそれだけで来たわけじゃないんでしょう。リボーンは何と?」 
「あ、今日は」口ごもったあとで、学生は目を反らした。 
「ヴァリアーの方から……。はい、見せればわかるって」  
手渡されたのは黒い封筒だった。まじまじと見つめて、彼は頷いた。 
「確かに受け取ったと伝えといてください。それと、今度からは郵送でいいと」 
「なんか、よくしらないけど重要なものなんですよねそれ」 
 彼は曖昧に首を振る。たいしたことはないものだ。黒い紙上に走り殴ったようなイタリア語が白文字でかかれている。事後報告をするだけの書類だ。先日の仕事では、ヴァリアーは警察の動きを気にしていたから関連があるのだろうとは思うが、事故にあって書類が手元に届かなくても構わないのが本音だ。 
 
学生の見上げてくる瞳が、すこしだけ痛く思えて、彼は今度はしっかり首を振った。 
「たいしたものじゃありませんから。陣中見舞いのようなものです」 
「ヴァリアーって……、最近、……この前のイタリア旅行だと、スクアーロさんと一緒にいましたよね。ヴァリアーの人じゃないですか。ヴァリアーが何してるか、俺も知ってるよ」 
 
彼は目を細める。ヴァリアーは、人に言えないような仕事を専門的に行う機関だ。演技じみた仕草だ、と、自覚しながら彼は胸元を探った。  
黒曜中の制服の下から、鎖に繋げた指輪をとりだした。 
「これがある限り裏切りませんよ。安心しなさい」 
「俺が言ってんのはそういうことじゃなくて、」 
 
言葉を切るように彼は素早く呟いた。 
「さっきの話ですが。僕の輪廻転生がどうしたっていうね。それを確かめる一番手っ取り早い方法は、僕が死んでみることですよ。今生のことを覚えていればアタリ、覚えていなければハズレです」 
「……、さん」  
低い声で学生が唸る。 
 
咎める響きがある。彼は、また笑った。目の前の学生に名前を呼ばれる瞬間というのは、嬉しいような切ないような不思議な気持ちを味わう。 
「いいじゃないですか。次は、いつ、イタリアにいくんですか? ついていきますよ」 
「…………。1月の後半に一週間」 
「わかりました。空けておきましょう」  
生徒手帳を取り出し、短く、書き込む。 
 
閉じると学生が腕時計を見つめていることに気がついた。彼はあっさりと別れを切り出す。学生も頷いたので、二人はそうして別々の道に向かった。  
太陽がビルの向こうに沈む。
 
「つかずはなれず、か」 
 
肩越しに学生を振り返りつつ、独りごちた。 
 
変な関係。前世があるなら、あの学生さんとは相当な因縁があるに違いない。  
いや、と、彼は胸中で否定する。この地球に限らない、もっと大きなスケールで魂というものが存在しているなら……、どの先にくるだろう言葉は、彼自身でもわからない。考えてみてもわからない。考えてみても途方にくれるだけという問題は確かにあるのだ。 
 視線を沈みかけた夕日に向ける。 
 
オレンジ色の明光が消えて、藍色がかった闇が世界を包み込んでいく。唇の中でだけ、繰り返した。響きを楽しむように、もてあそぶように、舌で転がすように。 
「変な関係」 
 そんなものは一つあれば充分だ。 
 
いくつもあったら、それこそ保たないだろう。 
 
彼自身が。ついでに、さっきの学生も。 
 
 
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