6927×6927! 4

 




「ふむ。なるほど」
 足の踏み場もないほどに乱雑にした部屋の真ん中で、一人の少年が思案げに目を細めた。やはりグチャグチャに物が散らばったデスクの上で、ひとつ。銀色の輝きを放つ金属ケースが置いてあった。
 白眼視を向けながら、骸は自らの顎を撫でる。
 オッドアイ。その左目、青いほうに、奇妙なきらめきがあった。
「骸さま。ボンゴレをつれてきました……、けど」
 遠慮がちな声。骸は、軽く頷いて部屋に通すように告げた。
 千種の後ろで犬が部屋を覗き込んでいた。おっかなびっくり、骸の行動が信じられないというように、目を丸くして青褪めている。骸はニコニコとしてみせた。どうやら、こちらの世界の六道骸は基本的なことは自分とそっくりらしいとわかっていた。
「ほ、本当にどういう風の吹き回しなんですか……。殺すつもりなんれすか?」
 引き返していった千種と入れ替わりになって、犬。骸は苦笑した。
「まさか。お話したいなと思ったんですよ」
「……リンチれすか?」
 本気で尋ねる犬に、骸はやはり笑い返すだけだ。
 綱吉がやってきた。千種に背中を固められて、カバンを抱きしめつつ震えている。どうして呼び出されたのか、不思議で仕方ないというように、忙しなく辺りを見回した。
「綱吉くん。そこのイスにでも腰かけてください」
 部屋の扉を閉め、戸惑うばかりの少年二人を追い出した。
「あ、あの。オレ何か気に触ることでも……」
 蒼白で戦慄く。膝頭ががくがくと震えていた。
「座りなさい。君は、これが何だと思いますか?」
 胸の前にケースを持ってみせる。渋々とイスに腰かけながら、綱吉は、戸惑ったように両目をまたたかせた。オッドアイが自嘲気味にしなる。
「麻薬にモルヒネ、注射器、睡眠薬。そうしたクスリの類で全部ですよ」
「……っえ?」
「症状が大きいようですね」
 ポン、と、ケースを綱吉へと託した。
 数秒、彼は完全に思考を止めたように見える。ぼうっとしたあとで、段々と青褪め、説明を求めるように骸を見上げた。骸は、混乱に陥った茶色い瞳を眺めつつ、いささか悠長な声音で告げてみせた。
「僕は今は落ち着いてますが、右目にはもともと自由意志がありまして。たまに飛び出そうとする。顔面麻酔と痛み止めでどうにか抑え込むのがいつものことですが、気を飛ばすくらいには痛みが残ったりする。まぁ、……こっちの世界の僕は進行が早いようなので、本人が言わない限りは詳しいことはわかりませんね」
「びょ、病気?」困ったように綱吉がうめく。骸は首を振った。
「違いますね。この右目の悪意ですよ。持ち主がはやく死ぬようにと」
「悪意」か細い声で、驚きながらの言葉だ。
 綱吉は、膝の上におかれたケースをまじまじと見下ろした。初めて聞いた話に、驚くやら嘆くやら悲しむやら、どう対処していいかわからない様子だった。やっぱり綱吉くんだ、と、胸中だけで呟きつつも、骸はしたり顔で話を続けた。
「これは僕のメンタルに左右される。スキがなければ右目の悪意も表出しにくくなる」
(……充足感とか、満ちたような優しい気持ちとか、そうしたものとは無縁のものだから、その感情が強いと滅多なことでは右目も僕を支配できない)散らばった私物を避けて、骸は綱吉へと歩み寄った。イスに座ったまま、ギクリと背筋を強張らせるが。
 構わず、骸は綱吉の後頭部を撫でた。
「僕は君が好きだ……。でも、」
 ちぢこまり、震えながら――どうも骸が触れると反射的に体がガクガクとするようだ。
「千種と犬以外、この事情は知らない。君にも言ったことがない。愛とか、恋とか、そうした感情にこんな醜い事情を持ち出すのは不躾なことでしょう? それでは脅しに近いものになってしまう」
「……骸さん……?」
 愛しげな声も、柔らかに髪を撫でつける指も、全てが信じられないというように、綱吉は骸を見上げた。くす、と、自嘲気味な笑みが浮かぶ。
(こっちの世界の君はずいぶん素直なんですね。何か、宝石の原石みたいな目をしてる)
「……それに、こんな僕にだって譲りたくないものはある」
 そ、と、顔を埋める。綱吉は黙って、困惑しながらも骸のすることを受け入れた。
 これいいなぁ、と、なかば本気で思いつつも骸は綱吉の肩に手を置いた。
「リボーンに相談してみなさい。彼なら、ボンゴレの力を使ってどうにか手段を講じることができるでしょう」
「む、骸さんは嫌がるんじゃ」
「でしょうね。でも、構いませんよ。僕が許可するからいいんです」
 当たり前にように告げる骸を、綱吉はまじまじとして見上げた。怯えの色が少なくなった瞳で、感じ入るようにオッドアイを見つめ返している。
「あの。もしかして、思わず誰かを殴りたくなるくらいに痛かったりするんですか?」
「……場合によっては。そうですね。物理的な症状が和らげば、いくらか君にも当たりがよくなると思いますよ。僕もそんなに大人げある方じゃ――」ハッとして言葉を切った。そこまで喋る気はないからだ。だが。
 茶色い瞳は、静かに、早朝の海のような厳粛さを伴って骸を見上げていた。
 隠し事はしないでと、無意識下に語りかけてくるような眼差しだ。骸は、苦く口角を笑わせた。
「参りますね。あっちの君と本質は本当に同じだ……、ただ、こっちの君は素直な分ストレートにきますね。ちょっと苦手かもしれません」
 心臓がどきどきとしていた。キスしたら泣くだろうかと、検討違いの心配を始めた骸をよそに綱吉が小首を傾げる。悲しんだような仕草だった。
「骸さんがオレを嫌いなのは知ってますけど……。でも、わかりました」
「ああ。綱吉くん。僕は君を大好きなんですよ」
 つ、と、指で顎を辿る。しかし、綱吉はゆるく首を振って骸の下から抜け出した。
 壁に頭をつけて、窮屈そうな体勢で骸を見上げる。両目が、困惑して潤んでいたが、それでも茶色い眼差しはしっかりとしていた。
「あなたも骸さんなんだから、こういうこと言うのは変だけど。でも、オレ、ずっと……、骸さんが怖かった。でも仲良く……もっと違うようになれるんじゃないかとも思ってたから」
 気弱に紡がれる言葉は、自信が無いためかユラユラ左右にブレている。
 意を決したように骸を見上げながら、綱吉は口角を震わせた。
「ありがとうございます」
 不安とごっちゃになったような笑顔だった。目尻を潤ませ、ケースを持つ手を震わせ、上目遣いで窺いながらのはにかみ。にっこにこと、満面の笑みを返して、骸は綱吉の肩を掴んだ。
「……?」もはや、真面目な話に身が入りそうもない。
「綱吉くん。ベッドインしません?」
「は?」

つづく!


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