6927×6927! 3

 



「うぐぐ……」
 アパートの前をうろうろとする少年が一人。
 何度目かわからない。嘆息をつきながら、二階へと続く階段の前で足を止めた。木造の貧相なアパートで、しばらく、骸たちが滞在するためのカムフラージュとなるべく選ばれた場所だ。並盛町と黒曜町との境目に建っていた。
(どうしよう。来ちゃったけど)
 骸が入れ替わってから三日が経った。新たな事実が判明した。
 一つ、骸は基本的に綱吉を避けているらしいこと。二つ、太陽の下では右目から眼帯が外せないらしいこと。三つ、綱吉に対する態度を除けばだいたいは元の骸と同じ性格らしいこと。
(……って、ことは、必然的に入れ替わったのを気にするのはオレだけってことになるんだけ、ど……)
 見上げるアパートが要塞のようだ。カバンを胸の前で掴みながら、綱吉は瞑目する。道を引き返そうとして、戻ってきて、やはり思い止まって。その繰り返しだ。毎朝の迎えもなく、四六時中後をついてきた人間が唐突にいなくなるというのは奇妙なものだった。
(いや、迷惑だったよ。授業中とかあの人に関係なかったし)
 言い訳めいたものが胸に昇る。
 にこにこしながら常識外のことをやってのける顔だけはいい少年。六道骸。
 守護者の集まりで、突然に右目を抑えて退席して以来会っていない。綱吉はぶつぶつと呟いた。
(心配してるとかじゃないよ。義理っていうか。一応、何ていうか、今の状態だとオレくらいしか気にかけるヤツがいないし……。こっちの世界の骸さんだったら何が何でもオレを呼ぶだろうし……、オレがいかないと寂しがるだろうし……)
 ぎゅ、と、カバンを握りしめる。思い切りが必要だった。
 必要だったが。数分後、綱吉は後悔をしていた。
「舐めるのも大概にした方がいい。君が? 僕を見舞いに? きみが?」
 語尾になるにつれて嘲笑を深くする。明らかに明らかすぎるくらい、骸は歓迎しなかった。
「いや、あの。一応……。持ってきたけど」
 玄関口から中にすら入れてもらえない状況になっていた。
 骸が腕を組み、綱吉が差し出したコンビニ袋を睨みつける。背後から犬が手をだしたが、骸はピシャリとしてその手を叩いた。目障りだ、とでも言うように、犬と千種を睨みつける。
「……きゃうん!」犬はすぐに尻尾を巻いて逃げ出した。
「施しは受けない。とっとと去れ」
「……骸さん」
 思わず、うめく。
 骸は咎めるように目を細めた。
「なんです。文句があるとでも?」
「いや。あの、目は……。右目、痛かったんじゃ」
「君に心配される謂れはない。そもそも、どうしてここにいるんです? 僕は何だと思われてるんでしょうね。ねえ、千種」
「…………それは」
 戸惑ったように、少年がうめく。
 その反応を待っていたようだった。骸が自嘲気味に口角を笑わせる。
「よくわかりませんが、この世界での「僕」は相当君に執心していたようだな」三日間だが。それでも、骸の態度がガラリと変わったことに驚きを隠せないものは多かった。山本などは、本気で骸には双子の兄弟がいたと信じたようだった。
(……本当に、こっちの骸はオレが嫌いなんだな)
 わかっていたはずだが。ずく、と、胸を揺さぶられた心地になる。
 千種が、物いいたげな瞳をして綱吉を見返した。それに軽く頷く。綱吉は、手にした袋を床に置いた。
「どうぞ。あの、冷えピタとか入ってますから。よかったら目蓋にでも」
「いらない。そう言ったはずですが」
「―――」素早い。骸は、あっさりと袋を踏みつけて見せた。
「そ……、ですか」
 見えるものがぐらりと傾ぐ。
 勇気をだして見舞いにきたつもりだったのだけれど。何度か――、以前の骸は、綱吉が病気にかかったときはとことん優しかった。夜通しの看病も厭わず、リボーンが呆れるくらいにつきっきりで面倒を見たりもしたのだが。
(…………)胸に空いた感触がある。
 呼吸のたびに、そこを空気が通っていく。その度に痛みのような、不可思議なものが目眩を伴って湧き上がってくる。綱吉の目尻から、ポロリとしたものが零れでた。
「……骸さま」
 驚いた声は、千種だ。非難めいた響きがあった。
「は。くだらない」
 冷ややかな一蹴。嫌悪が篭もっていた。
「気持ちが悪いな。貴様と「僕」と、どんな関係だったんだ?」
「……どんな、て……。友達……」シニカルに口角が上がる。骸が言った。
「君の態度を見てるとそうは思えませんけどね。帰れ。僕は君と恋人ごっこをするつもりはない」
(こ、――恋人?)一瞬、涙が乾く思いがした。

つづく!


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