6927×6927! 2
「綱吉くーん。で、何でそんなに隅にいるんですか?」
骸の言葉に、ぎくっとしたように綱吉が跳ね上がった。
扉の横に体育座りをしていて、まるで自分はいないかのように気配を潜めている。骸は、頭にできたタンコブを撫でつつも首を傾げた。
「もっと近くにきたらどうですか。君の部屋でしょう」
「……こ、ここでいいんです」
驚いたように目を丸くする綱吉だが、隠しようもない怯えが瞳に浮かんでいる。
説明を止めて、リボーンがまじまじと骸を見つめた。やがて、一言。
「まあ、説明した通りに考えられるが。やっぱり多重世界だけあって性格にズレがあるみてーだな」
「? はあ。何もかもそっくりに見えますけどね」
「テメーがいる方の世界と、今のこっちの世界とはめちゃくちゃ近い距離にあるんだろ」
考えるようにして、リボーン。彼はポンと自らの膝をたたいた。
「ハルの親父さんと相談してくる。まあ、現代の数学じゃ解明できねーから長丁場だな」
そうですか。別段、気にした様子もなく――、むしろ堂々と綱吉を気にしながら、オッドアイでじーと見つめながら骸が頷いた。リボーンは物言いたげな目をした後で部屋をでていった。
取り残されて、綱吉は居心地が悪そうに自らの膝をすりよせた。
(見た目は一緒に思うんですけど)(……怯えてはいるが)
先ほどから、綱吉は一度も骸と目をあわそうとしない。彼にしてみればそれは由々しき事態だ。いわば骸にはこちらが本題と言えた。やさしく、気遣うように声をかけた。
「綱吉くん? 気分でも悪いんですか」
「…………?!」
混乱したように、綱吉が目を白黒とさせる。
「さっきから凄い顔してますよ。頭の打ち所が悪かったとか? 元からちょっと弱めの頭がさらに酷くなるかもー、とか、心配してるんですか?」
ちょっとした冗談のつもりだ。だが、骸の意に反して、綱吉は一挙に顔色を失った。
「ご、ごめんなさい……っ。オレそんなつもりなくて」
「? 本当に打ち所悪かったですか?」
腰をあげ、近づく。
「!!」
ばっと飛びのくように、綱吉は壁へと張り付いた。
「ご、ごめん……!! オレが悪かったから!」
「……はいっ?」眉根を寄せる。それは、リアクションの大きさに戸惑ったからだったが、綱吉は違うものとして受け取った。目尻を潤ませ、小刻みに震えながら綱吉は悲鳴をあげた。
「許して。ホントにわざとじゃなくて。骸さんが落ちると思わなくてっ」
茶色い瞳は扉を探った。逃げ出す気だ、骸は、驚いた目をしたままで綱吉の肩を掴んだ。びくりっとひときわ大きく掴んだ体躯が震え上がる。
「す、すいませんでした……!」
腕で顔を庇う――、まるで一撃を覚悟したような動作だ。
骸は眉を八の字にしたままで、壁に押し付けた体を見つめた。元いた世界の綱吉とまったく同じに見える。声も顔も同じに見える。だが。
「なるほど。これが多世界ってやつですか」小さく呟き、綱吉の頬に手を添える。
自分を見上げさせると、茶色い瞳は完全なパニックに陥った。
触れてきた指先。その、色白で細く節くれだった指を信じられないように横目で辿る。泣き出しそうな瞳をしていた。不機嫌な主人がいて、ご機嫌をビクビクしながら尋ねようとしているペットかしもべのような態度。
「うーん……。そんなふうにされるとサド心に響くんですけど」
こんな綱吉くんも悪くないなぁ。呑気に呟く骸を、唖然として見上げながら少年は壁に背中をこすり付けていた。骸はニッコリとしてみせる。
「大丈夫。許すもなにも、僕は君が好きなんですよ」
「はっ……?」
綱吉がポカンとする。
無意識のうちに舌なめずりをしていた。喉が渇きはじめていた。
「あっちの君は、なんだかんだでガードが固いんですけど。こっちの君ならけっこう楽そうですね」
「ら、らくっ?!」
頓狂な声をあげ、綱吉が引き攣る。
さほど関心を払わず――、骸は、にこにこと肩を叩くくらいの気軽さでもって襟首に手を置いた。無造作に、ビリッとボタンを引き千切ってみせる。ギョ、と、目を剥いた綱吉だったが。骸が手を止めたのは、その拍子に落ちた綱吉の涙によってではなく、その肌にある多数の青痣を目に留めたからだった。
「…………」オッドアイを見開かせて、骸は点々とした痣を見下ろした。
「む、骸さん。何を……?」
困惑して、綱吉がうめく。
遮るように、短く骸が告げた。両目を細める。
「これは?」明らかに綱吉は困った顔をした。遠慮がちに、上目遣いで骸を見る。
その反応で充分だ。六道骸は、鼻腔の奥から疲れたようなため息をもらした。
(……「僕」か)綱吉の体にある痣は、明らかに、殴るか蹴るかして付けられたもので、彼がこちらの世界の「六道骸」に虐待じみた扱いを受けていることは明白だった。
「いつからなんですか?」
緊張したように、綱吉が息を呑む。骸は投げやりに続けた。
「わかりますよ。一応、同一人物ですしね。僕のことだから誰にも気付かれないようにうまくやる。簡単に目に触れるような場所には傷をつくらない」
(あ。言っててなんかいやになってくるな)
性格の悪さは承知しているつもりだが。再びため息をついて、骸は綱吉の襟首を正した。
今日のところはやめます、と、一言だけを告げて踵を返す。戸惑いながら、しかし安堵したように綱吉が肩を下げた。
つづく!
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