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技巧のない愛撫だ。たどたどしいし、手馴れてないし、何より快楽より痛みのが強い。いささかうんざりして、骸は自らの両頬を抑え付けてくる少年を見上げた。彼は、汗を滲ませながら必死に口づけを繰り返していた。骸の口角から滴った唾液すらも、ちゅうと音を立てて吸い付いた。
「んっ……、む、骸さん。おねがい」
もどかしげに、自ら舌を絡めてくる。
一瞬の間を置いたが、骸は自らの舌を差し出した。彼は、綱吉は嬉しげにそれに吸い付いた。ぎゅうっと強く締め上げてくる。
(……、歯。それよりも歯が当たってるんですけど)
眉間を寄せ、愛撫を受けながら骸はソファーへと身体を沈めた。
横向きに寝転がった彼の上に、綱吉が覆い被さっていた。両手で顔を抑え顎を上向かせ、啜るようなキスを繰り返している。一心不乱に繰り返す少年は、普段の気弱さや意気地のなさが隠れて普段よりも男らしくは見えた。見えた、が。
するりと右手を動かして、シャツの下へと手のひらを潜らせる。
ぢゅぱ、と、音をたてて綱吉が口を離した。すぐに骸の腕を抑えにかかる。
「だめだよ…・・・。骸さん。オレがやるから、任せて」
(君がつまらなさすぎるんですけど)
せめて、もう少し面白くしようと手を伸ばしているのに。
骸の思惑を感知しないまま、綱吉は照れ隠しと受け取ったようだった。愛しげに顔をほころばせて、骸の額へとキスを落とす。それを受ければ、まあ、悪い気はしない。少なからずの好意――、あるいは、執着があるから骸は綱吉にちょっかいをかける気になるのだ。
「骸さん……」熱っぽく、綱吉が囁いた。
「かわいい。オレの、骸さん」
「…………」女にするように、首筋を寛げて綱吉が吸い付いた。女にするようにされて、それを受けながら、骸はため息をついた。思ったよりも面白い効果がでたといえば出たといえるが。それにしても。
「君が正気に返ったら何ていうか……。もう、そっちのが楽しみですよ僕は」
ニィと骸の唇がつり上がる。その意味を推し量るほどの理性も、綱吉には残っていないようだった。動物のように口づけを繰り返す。もはや何度目か。彼に本番までやらせる気はなかったが、それでも骸は再びため息をついた、今度は鼻腔からだ。子供だし、精神的にもガキだと思っていたけれど、本当にキスしか知らないとは思わなかった。
少年は唐突にうな垂れた。唇がむくれてゴワゴワになっていた。
どうしたものかと、指で撫でる。そうしながら天井を見上げて、綱吉を乗っけたままで数分が経って、感覚的に理解するに至った。香の効果が切れたようだ。
「……ぅ、うう」骸の身体の上でごそごそとして、綱吉が上半身を持ち上げた。
「あ、あれ。何で、お前こんなとこに」
両目をうつろにしながらも、綱吉。
顔面の違和感にすぐに気付いたようだった。自らの、むくれてゴワゴワになった唇を抑えつつも、自分が組み敷いている六道骸と、唾液でべしょべしょになった口元とを見遣る。
「え……?」乾いた声。数分、硬直。――立ち上がるときは早い。
真っ青な顔で背筋を仰け反らす、だがすぐに腕を掴んで、骸は再び綱吉を引き倒した。
「ぎゃああああ!! 何! 何々ぃいいい!!」
「何もなにも。綱吉くんが僕を襲ったんでしょう?」
「ぎゃああっ、ぎゃあああああ!!」
理解できないというように、綱吉が絶叫する。
その後頭部を抑えて、骸はことさらに強く唇を歪ませた。
「覚えてないんですか? 最愛の人に会わせてあげましょうっていったんですけど」
「えっ? あ?!」「わかりました?」にこり。無邪気にみえるようなみえないような微笑みを見せる骸だが、綱吉は今度は真っ赤になっていた。骸が綱吉を自宅に拉致し、ソファーに転がすなりいった言葉を思い出したのだ。
『これ、アルコバレーノの匿名希望Mさんから買ったものなんですけど』
『幻覚剤が染み込んだお香だそうです。目の前の人物を最愛の人と思うようになるそうで』
慌ててあちこちに視線をやって、廃屋の中でやたらと新しい家具に目を止める。木棚の上段に、黄金色の香が置かれていた。ま、まさか。弱々しくうめく綱吉に、骸は愉しげに極上の笑みを向けた。
「そのとおり。綱吉くん……。君、そんなんじゃろくに女も口説けませんよ」
「ばっ……、なっ……。オレ、何した……?」
唾液塗れの顔面をおそるおそる見下ろし、綱吉が心底から青褪める。
骸の喜悦は反比例に上昇だ。にっこにことして、綱吉に触れる。頬を撫でられ、ぞくぞくとしたが、綱吉は骸の言葉を待っていた。混乱して動けなかったのも大きい。
「かわいいという評価をくれましたよ。くふ」
「う、わ、わあああああっっ!!」
「それで、僕にキスをした。愛しげに目を細めて」
「うそだっ。うそだうそだうそだうそだうそだぁああああ!!」
「そんなことないですよ。ほら、証拠のビデオがそこに」
呆気らかんと、骸が天井を指差した。なんにせよ、ゆするネタになりそうなものは確保しておくのが彼の信条である。相手が綱吉ならば尚更だ。監視カメラを見つけて、少年は愕然としながら全身を震わせた。
「なっ、だっ、だだだっ」
言葉すら発音できないほどに脳裏が混沌としているらしい。
骸がニヤリとした。その頭をわしゃわしゃと撫でて、一瞬で体位を入れ替える。組み敷かれながら、綱吉は本気で泣き出した顔面を隠そうと、躍起になって両腕を交差させた。
「うわー、ひどい! れ……、ぃぷだ! メンタル的に! ひどい――っ」
「何を言ってるんだか」呆れたように肩を竦めて、真っ赤になった頬に口づけを落とす。 綱吉の愛撫は骸には酷いものだったし、ひどくつまらないものだったが、ふつうの恋人同士だったなら上出来の部類だろう。その程度の推移は、自らの異常性を熟知している骸には容易い。とにかく、綱吉がしたことには愛だけがたっぷりと詰まっていた。
「……それじゃ僕は愉しくないんですけどね……」
ゴワゴワになった唇を舐め取り、泣きじゃくる少年の頬を舐めた。
(でもまあ、たまには、またやってみようかな)ほとんど法外で詐欺な金額だと思ったが、匿名希望Mさんから大量に大人買いしておいてよかった……。しみじみ思いつつ、改めて、骸は綱吉の唇に齧りついた。
おわり
まーもんさんのM とか呟いてみます
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