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「っ…………!!」
ずざっと砂を蹴り上げて、少年が着地した。
制服のジャケットがはためき、彼の上腕が露わになる。破れた裾を忌々しげに鷲掴んで、骸は、初動だけでジャケットを脱ぎ捨てた。顔面に布地を被り、青年が、鞭を掲げたままで動きを止める。
小さな気合と共に、骸が前方へと飛び込んだ。
振りあげられた両足、その足首が2本並んでディーノの顔面に叩きつけられた。
「ちょ、ちょっと?!」悲鳴が響く。砂を巻き上げながら、青年が大の字に背後に倒れこんだ。
「馬が蹴られて死ぬのも一興じゃありませんかっ?」
ダッ。両手だけの反動で立ち上がり、骸が懐からナイフを取り出した。
「――――」「ディーノさん!!」彼らとは会話したこともなく面識すらない生徒たちですら、校庭の隅に縮まりながら息を飲んだ。綱吉が肩にかけたカバンを胸前で抱きしめる。骸が叩き降ろしたナイフを、ディーノは白羽取りで受け止めていた。時代劇のワンシーンのように、芝居がかったやり方だった。
「……オレだって伊達にジャッポーネ文化を研究してねえんだぜ」
にやり、歯を見せてディーノが眉根を寄せる。
骸はつまらなさそうに口角を下げた。ディーノの両腕の、肘が空の向かって上昇していく。ぎりぎりぎり、力を込めあう二人を止めたのは沢田綱吉だった。
「やめてよ! 死んじゃうだろっ!」
「僕の邪魔をするものは全部死ねばいい!」
「オレはただツナに会いにだなー」
腹立たしげに綱吉に叫んだが、骸は、その言葉でディーノを振り返った。
瞳にきらりとした光が宿る。至極真面目に、言い放つ声。
「貴様はやはり死ぬがいい」
「若者は血気盛んだなぁ、おい。ツナ! オレの鞭!」
あ。呆気に取られたが、綱吉はディーノの指図通りに行動した。
瞬時に、骸の怒りは綱吉へと映った。
「綱吉くん?! 僕よりその男が大事なんですかー?!」
「そ、そういうワケじゃないけど……っ。でもおまえが襲うから!」
「ひ、ひどい……。僕はただ君が好きなだけなのに」
本気で言っているらしく、骸は目を見開いた。
綱吉は再びカバンを握りしめていた。ひくり、口角が戦慄く。
「あのな。目の前で殺人起きかけたら止めるだろ?」
「僕は止めません!」悲観的に自らの顔を覆い、骸が嘆く。ナイフを奪い取ったディーノが、すぐさま、遠方めがけて刃を投げつけた。被さっていた骸の体を蹴ってどかし、ぜいぜいと息をついて心臓を抑えたが、当の骸は悲しげに顔面を覆ったまま動こうとしない。
「……ツナ。なんか、オレの知らないあいだに……」
「ディーノさん。多分、オレも知らないあいだだったと思うんですけど」
申し訳なさそうに綱吉が俯く。骸が、指の隙間から怨めしげに綱吉を睨んだ。
「薄情だ。恋人が泣いてても君は無視するんですね」
「ウソ泣きじゃ――あ、いいから。泣かなくていいから! おまえ、演技だってバレバレなんだってわかってよ頼むから!」実際、演技だとバレてるか否かが問題ではなくて、綱吉が動揺するかどうかが問題なので、骸はこれみよがしに目尻を拭って見せた。
「君の薄情さにはウンザリしますよ……。この前も僕も見捨てた」
「そりゃ、路上で羽交い絞めにするからだろ……」
綱吉がポケットを抑える。手放せない逸品になったイクスグローブがあった。
話の行き先を読むように、綱吉と骸とを交互に見つめていたディーノが、合点がいったというように両手を叩き合わせた。さも、名案を思いついたという顔でロマーリオを振り向く。初っ端、骸に蹴り飛ばされたので花壇に突っ込んでいた。顔を泥だらけにしながら、ディーノの元へ戻ってくる途中だった。
「頼む、急いでな。時間がねーみてぇ」
耳打ちを受けて、ロマーリオは校門をでていった。
「さて。わかったぜ。痴話げんかってヤツだな!」
自身満々に骸を指差して、ディーノが胸を張る。綱吉と二人、互いを見合わせてから声を合わせた。
「そうです」
「違いますよ!」
骸が綱吉を睨む。綱吉も、骸を睨んだ。
「……痴話げんかってヤツだな。いつの間にンな事態に」
「オレもそれが不思議で」冷や汗じみたものが綱吉の頬に光る。
ディーノは自らの顎に親指を当てた。考えるように綱吉を見、骸を見、再び綱吉を見て手招きする。
「でも、ツナがその気じゃないならオレにも打つ手はあるんだろ?」
「はぁ」「綱吉くん。そいつに近寄っちゃいけない――」
歩み寄る骸から隠すように、ディーノが体を滑り込ませた。
綱吉が目を丸くする。青年の金髪がきらりと光った。
「学生さんの恋ってのは破綻しやすいもんだ。なかなか一生モンにゃならねえぞ」
「意味のわからないことを言わないで下さい。綱吉くん、こっちに」
「ツナ、行かなくていい。ロマーリオに指輪を頼んだからな」
はい? うめきかけたが、途中で、聞き返すのが怖くなって綱吉は口をつぐんだ。なぜだかディーノの背後に炎が見えた気がした。死ぬ気の炎ように激しいものだ。
「綱吉くん! 僕らは口づけた仲でしょーに!」
「オレは過去にはこだわらねぇぜ」
「今、こっちに来ないと後で酷いですよ綱吉くん!」
骸が拳を握る。綱吉は青褪める。ディーノは、微笑んだ。
「おめーさん――」すう、と、細くなった瞳に獣の色が宿った。
「――さっきからツナヨシクンとしか言ってねえじゃねえかぁ!!」
鞭がしなる。足元を掬い上げようとして、しかし当の骸は跳んでいた。腰を捻り、ディーノめがけて横殴りの一撃を放つ!
「っ!」ディーノが手首をしならせた。
鞭の先端が顔面を掠った。青い瞳だけをヒクリとさせて、骸は、殴りかかった拳を下ろして青年の右肩に手のひらをつけた。
「わっ?!」そのまま、綱吉の鼻先スレスレに着地した。
「綱吉くん。僕の声が聞こえなかったんですか?」
「――――」オッドアイが数センチのみの至近距離にある。綱吉は、ぞぞっとして後退った。なんだかんだで恋人同士だと主張されて、されたままでズルズルと来ている最大の原因は、綱吉が骸を本質的な意味において怖がっているからだ。絶句した綱吉に、薄い微笑みを返して骸が軽く口づけた。
「なっ!!」
肩越しに振り返り、ディーノが驚愕する。
校庭中といわず、校舎の窓から顔をだしていた生徒までもがぎょっとした。
真っ青になった綱吉を眺めて満足げに頷き、その頬を一撫でしてから意地悪く口角を吊り上げる。骸の、その瞳には憎しみじみた色まであるので、本気だ。背を向けて逃げ出す衝動に耐えて、――それをやったら本当にどうなるかわからないので耐えて、綱吉は血反吐を飲み込んだ。
「こ、こういうとこでは、そういうのやめない?」
「言いつけを守っていい子でいられるなら考えましょう」
骸が目を細める。助けを求めるようにディーノを見つめ、しかし、綱吉は後悔した。
ニッコリとして彼は鞭を握りしめていた。背後に燃えるのは、もう、絶対に死ぬ気の炎だと確信して綱吉は今度は逃げ出した。言ってる傍から君は! なんて、非難がましく叫ぶ声がしたが綱吉は無視して走りつづけた。
「てめぇ……。死んで見るのはどうだ?!」
「くっ。その言葉、そっくりお返ししますよ!!」
程なくして、ギャラリーがこぞって悲鳴をあげた。骸が人間道を使ってるんだろうな、目を自分で抉ったんだろうなぁ。思いながら、とにかく、綱吉は校門を飛び出した。自分を匿ってくれそうで、尚且つ、彼らに対抗できそうな人物はリボーンとヒバリしか思いつかなかった。
おわり
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