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(一年。二年、三年、六年。十年)
 右目を庇いながら、指折り数えてみせる。
 声に出さないのはワザとだった。案の定、ツナは不思議そうに目を丸めた。
「何してるんですか?」
「使用期限っていつなのかなぁと思いまして」
「期限?」前を向いたまま、肩掛けカバンのベルトをかけなおす。
 隣を歩いたまま、骸は横目でツナを覗いた。しと、しと、振りしきる雪が茶色い髪にくっついて湿らせていく。骸は両目を細くさせたが、そこには何の意味もなく、ただ、細めただけだった。自らの傘を、こそりとツナの近くへと寄せる。
「どんなものでも寿命はある。人でも食べ物でも無機物でも」
「……何の使用期限の話ですか、これ」
 的を得ないというように、ツナ。
 見上げてきた瞳。丸くて、男の子にしては長めの睫毛で彩られている。
「雪はどうですか。ほら、こうして触ってみると、すぐに解けてしまう。期限がきてしまう」
 静かに、それで当然だとでもいうように言葉をつなぐ。ツナはすぐに雪を見上げた。ああ、そうですか。大して興味もなさそうにうめく声。薄く、微笑みながら、骸は指先についた水滴を見下ろした。
(イタリアに帰るべきなのか。この生活を捨てて)住屋は安いボロアパートで、駅から離れていて、学校とも離れている。揃いの制服を着たツナを見、胸ポケットに押し込めたケイタイに手を当てる。並盛に監禁されての生活だったが、一通りのものはあるし不便を感じたことはない。
(明日か。五年後か。百年後か。もしかしたら、あと十秒か)
 どうなるんだろう? 純粋な疑問。それに応えてくれるものは、もしかしたら、イタリアの旧実験場にあるのかもしれなかった。資料も設備もそのままにしてでてきたような記憶がある。
 しかし、無論、見つかればただでは済まない。今の生活はなくなる。
「沢田綱吉。君は、今に満足を覚えるならそれでいいと思う方ですか?」
「何を突然? ……満足してないんですか?」
 骸の返事は遅かった。まあ、と、曖昧な言葉。
 奇妙そうに眉をよせて、ツナは再び雪を見上げた。呟く。
「もっと振ったら、雪だるま作れそうですね。じゃ、オレこっちの道なんで」
「はい。また明日」「うん」
 遠ざかる背中。骸に傘はあったがツナにはない。
 彼の肩に、しんしんと落ちた雪が当たってシミをつくりだす。その様子を遠目で見つめながら、骸は疑問を繰り返していた。期限、と、決断。明日かもしれないし、永遠にこないかもしれない。そのために今の全てを捨てる覚悟。
「雪とは不便だと思いませんか?」
 問いかける人はいない。脳裏のまぼろしに、語った。
「溶けてしまう。ほどけて、水になって、それも乾いて最後には何も残らないんですよ」
 期限をすぎれば、我が身に似たような出来事がふりかかる。少年は両目を細くさせた。雪が、落ちていく。溶けていく。やわらかに、静かに、辺りが白く染まっていく。

おわり



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