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雨に、言葉を教えることができるのだろうか?
蛙に愛を問うことはできるんだろうか? 例えば、壁に話し掛けようとする男は狂人だろうし、その妄想を口にするだけでも立派に狂人だろう。それと同じことをしようとしている自覚がある。
「好きなんです」
唄うように、低くつぶやいた。
前を行く守護者たちから少し離れて、彼は、頭の毛をもじゃもじゃにした子供の手を引いていた。目を驚かせて、何度か口を閉口させる。夕暮れをすぎて、あたりは薄い闇で染まっていた。
「骸さん?」掠れた声。彼は、奇妙なものを見る目をする。
本当は、聞こえる程度の声量をだすつもりはなかった。――それだのに、彼に聞こえていたのは、何かの間違いか己の気の迷いか。
突き放した物言いで返した。
「何も言わないでいい。僕に何もいわなくていい」
視線を反らす。六道骸は、常に彼より後ろにいる。前にでることは叶わない。そうした『約束』だからだ。
「……知ることはないんだ」
知らなくて良い。それは、真実だ。彼はますます不思議そうな顔をする。
風が吹いて、少年たちの髪の毛を揺らした。藍混じりの髪の毛もはためいた。
骸の頭髪は、実験の名残で黒と藍とのまだら色をしている。それが地毛だと信じるものはいなかったが、オッドアイすらも自前のものであると信じてはもらえないが、骸は不便と感じたことはない。感じた瞬間に、負けるのだ。自らを産み落とした世界という壁、その、壁の果てに佇む誰かに。もしかしたら神と名がついているかもしれない。
要領を得ない、そんな顔をしながらも彼は子供に手を引かれて駆け出した。小走りで、守護者たちのもとへと戻っていく。骸は、静かに後をついていった。常に彼の後ろを守ることが仕事である。
(わたしに愛を教えることほど)
いや。すぐに、考え直した。
(教えてくれと求められるほど愚かじゃない。ぼくは)
……いや。やっぱり、自分に愛を教えることのほうがよほど愚かかもしれない。
とりとめがなくなっていく思考を放棄するころには、沢田家の前へとたどり着いていた。
おわり
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