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肉をついばむ。
それは、罪深いことではない。
少年は静かに目の前に積まれたものを見つめた。焼き焦げのついた、煙を吹き上げる生き物だったものの塊。しばらく見入った末に、そうっと崩した。フライパンの上に転がった肉片は、子羊の肉片は、香ばしい香りを立てながらその身に火をくぐらせていった。
(料理をするのは好きじゃない)柔らかな肉に刃をつきたてる。
食い込む感触、引き裂く感触。指先を伝って手のひらに届いて食い込んでいく。
いうなれば、児戯のようなものだ。転がして、遊ばせて、楽しむ。
加熱を終えて、骸はコンロの火を消した。彼がすでにグリーンサラダを敷き詰めていたので、その皿に上に肉をころがす。テーブルの真ん中に大皿をおくと、少年が気後れしたように骸を見上げた。
茶色い瞳。首に巻きつけられたベルトには、ニンジンの形をした飾りがついていた。
「冷めないうちに食べててください」
「……オレだけ?」
居心地が悪そうに、背中を丸めて綱吉がフォークを握る。
一瞬、意味を図りかねたが、骸はすぐに頷いた。エプロンを手早くたたんで、自らも食卓に腰かける。
「千種と犬はでてもらってますから。どこにいったか、聞きたいですか?」
瞳が翳る。それが、決していい意味ではないことを綱吉も知っているのだ。かげった瞳のままで綱吉は首を振る。くすりと微笑みながら、骸は少年の首輪に人差し指をひっかけた。
「僕もこの後に出るんですけど……、親愛なる右腕に。君の右腕に、何かかける言葉はないんですか」
「っ…………」
骸は珍しくもオッドアイを持っている。間近に寄せられた二色の瞳。僅かに唇を噛みつつ、綱吉は、骸がニンジンの飾りを齧るのを見守った。
「……い……。いってらっしゃい……」
(十点)百点満点で、の話だ。胸中だけで吐きすてて、歯茎に力をこめる。
カリッ! と、乾いた音とともにニンジンの飾りが歯のあいだから弾かれた。綱吉が怯えたように背中を反らせる。背もたれによりかかって、逃げに入った体を両手で抑えると骸は綱吉の首筋に歯をたてた。
「づっっ!!」
噴き出た血を、ぺろりと舐める。
そうすると骸は身体を離した。料理を引きよせて、何事もなかったかのように告げる。
「食べましょう。僕は午後からいきますから。……ああ、君は、その間は地下室ですよ。また、この前みたいに勝手に訪問客と顔を合わせてもらっては困りますから」
恐怖を称えた瞳を潤ませ、綱吉は上目で骸を見つめた。骸は、静かに少年を見返す。子羊のソテーを何口か食べたあとで、それでも綱吉が動かないので皮肉げに唇をめくらせた。
児戯のようなものだ、肉を相手に刃を持つのは。これもまた児戯に近いのだ。
(ただ、それが一生かけての児戯であるという違いだけ)
「しようがないですね。何が気に入らなかったんですか? ……君に無断でファミリーの掃除をしたこと? それとも獄寺隼人をアメリカに飛ばしたこと? くふっ。何か、いいたいことがあるなら言えばいいじゃないですか」
わかっている。それは、恐らくありえない。その後でどのような報復があるかは綱吉も身に染みて理解している。綱吉の茶色い瞳が大きく揺れる。その瞳は、決して信頼できる右腕に向けるものではない。畏怖があった。絶対の主人を見上げるような、怖気たって言葉すら出ないほどに怯えていた。
骸は、満足げに笑った。フォークをくるりと回転させる。
「……食べれないなら、食べさせてあげましょうか」何気なくソテーの一片を突き刺して、さらに見せつけるように左右にグリグリと揺り動かしてやる。そうしてから、フォークの先を自らの咥内へと向けた。
咀嚼しながら、薄く笑みを貼り付けながら骸は逃げる綱吉の頬を鷲掴みにした。
「ぐっ……むうっ」唇のすきまから、悲鳴のような声がひびく。噛み伸ばした肉のかけらを注ぎ込みながら、骸は両目をしならせた。肉の味。肉を与えながら肉をむさぼる、そこには多少なりとも悦楽があって背筋がぞくりとした。
(僕のウサギは肉も食べれる。そして彼自身も肉のかたまりだ)
否応なしに少年の喉が上下する。その無様なさまを見つめながら、骸はざらりとした肉を自らの舌で絡め取った。舌の根元を絞められて、綱吉が目を白黒とさせる。唇の端から唾液が漏れた。
「じっ、ぶんで、食べれますから……ッッ」
ひとしきりの陵辱のあとで、綱吉がうなだれてうめいた。
「ほう。それは、手間がかからなくていいですね」
自らの口を拭って、酷く冷たく骸が告げる。僅かに狼狽した茶色い瞳、そこに満足を覚えて骸は食事を再開させた。遅れて、綱吉も自ら食べ始めた。
おわり
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