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「……感受性の問題?」
 病室のベッドに腰かけながら、六道骸は首を傾げた。
 向かい合わせで座るのは頭に包帯を巻いた男の子。入院患者は彼である、が、見舞い客のはずの骸は、堂々としながら枕を持ち上げた。占領したベッドに、ボスリと拳でもって叩きつける。
「そんなバカなことがおこりますか」
「でも、そうじゃないかって、リボーンが」
 申し訳無さそうに言いながら、綱吉は、硬いイスに腰かけていた。
 クリーム色のパジャマの下から包帯に巻かれた手首、バンソウコウの貼られた首元が覗いた。
「確かに、骸さんはオレの支配者って位置になったんでしょうけど……」黒曜の襲撃に敗れてから一週間が立った。骸は黒曜中にいたし、ヒバリは、個人としては骸に勝ったので満足しているらしかったが。
 敗北した後に、骸がいうところの『契約』をした綱吉にとって、六道骸という少年は今まさに頭の上から降りかかっている火の粉で、現在進行形の人で、そして恐らくは逆らうことができないはずの『ご主人様』なのである。
「…………」
 骸がオッドアイを細くさせる。
 その手が、懐に延びる。彼のワルサーには鈍色の消音装置が取り付けられていた。
 ぱしゅんっ。音もなく目の前で自殺してみた骸に驚きつつも、綱吉は自らの胸元を抑えた。横に一文字、骸につけられた『契約』の証がある。だが。数分後、骸は、血をだくだくと流したままで不機嫌そうに眉根を寄せた。むくりと起き上がる。
「何でですか」
「……オレが鈍いのかな?」
「鈍いとか鈍くないとか、そういう問題じゃないと思うんですが。僕の支配が君に及ばないなんて、そんな……。常識では考えられない」
 六道輪廻を堂々と口にした印象が強い、ので、綱吉は骸に常識を問われたことにショックを受けたが、しかし黙って骸がすることを受け入れた。パジャマのボタンを全て外すと、骸は、確認するように包帯の上に両手をついた。
「っつう」痛みが走る。いまだ、肋骨の骨はくっつき終えていない。
「? やはり、契約は終えてるはずのようだが」
「む、むくろさん。血」
 こめかみからの出血をそのままにしているので、骸の制服が赤く汚れだしていた。
 当たり前のように病室の布団で頭を拭う。つまらなさそうに、綱吉に布団を投げて返した。
「どんなトリックですか? アルコバレーノの差し金?」
「そんなんじゃないよ。リボーンは、オレが契約したことを後で知ったんだし……、ていうか、昨日いったんだし」病室で看病はされたが、綱吉は、なかなか骸がつけた傷のことを打ち明けられなかったのだ。
 骸がたびたび病室を訪れたことも、その度に支配の有無を確認することも。
「……使えないなら、殺したいとこですね」終いには窓の外を覗き込んで――まっくらだ、星もない。都心のはざまに建ったように細長く建立した病院だった――、骸はボソッと呟いた。
 危うく聞き逃しそうになりながらも、綱吉は半泣きになって骸の足元に縋りついた。
「そ、それはやめて! オレまだ死にたくない!」
「ボンゴレ十代目が何をいうんですか。意気地がない」
「そんなんなくていいからっ。オレみたいなのにそんなの期待してたの?!」
 呆れたように、オッドアイが細くなる。――だが、それはくるりと反転した。わかったというように、両手を合わせて綱吉へと向き直る。綱吉は、制服のズボンにしがみ付きながら懇願を繰り返していた。
「そうか。君と僕とは、とことん波長が合わないために支配が――」
 ブラウンの瞳がきょとんとする。それを見て、骸のこめかみに青筋がたった。
「って、ンなバカな話があって堪りますか。死ね」
「ぎゃあああ!!」
 振り下ろされた踵を跳んで避けて、綱吉はベッドの上に舞い戻った。
 平手をつけて額を布団に擦り付ける。土下座しながらも綱吉は叫んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。よくわかんないけどっ。ダメなやつでごめんっ」
「謝ってもしようがないでしょうっ? まったく、どこまで僕をからかえば気が済むんだ!」
「んきゃああああ!!」
 ちょっと自我の崩壊しかけた叫び声をあげて、綱吉はベッドを飛び降りた。
 が、その後ろ襟首を骸が鷲掴む。ベッドの上に引き戻されながら、綱吉は涙で濡れた両目をぱちぱちとさせた。背筋が凍てついて、唇がパクパクとした。……オッドアイが冷えた輝きを灯す。
 す、と、首に五指を添えられて綱吉は唇を食んだ。
「〜〜〜〜ひっ」
 数秒。力は篭もらない。
 また数秒。やはり、篭もらない。
 数分後に、綱吉はようやく訝しがるだけの余裕が持てた。正気に戻ったブラウンの瞳とオッドアイとが交差する。骸は、ハァ、と、綱吉に聞こえるくらいのため息をついた。
「……ばからしい。君みたいなのがマフィアになれるとは思いませんね」
「だっ」指を離されると、反論する気力も沸いてきた。
「だから、オレはマフィアにはならないって……」
「へえ? いつまでいえるんですかね」
「ずっと言ってるよ。ならないの、オレは!」
「…………」オッドアイを窄めながら、骸は踵を返した。
「帰るんですか?」「君が役立たずなら用はありませんから」
 真っ直ぐに扉に向かう、その背中を見ながらも綱吉は眉を寄せた。
(まあ、いいか。助かったみたいだし)それなら。彼は、告げるべき言葉があることを知っていた。
「骸さん、元気でね。さようなら」
 扉のノブに手をかけたまま、骸が肩越しに振り返った。
 オッドアイの、青い瞳だけが茶色い瞳とぶつかる。彼は、ニッと口角を斜めにした。
「なぜ? 今度は、ちゃんとお見舞いにきてあげますよ。メロンでも食べますか」
「…………っは?」
「それでは」
 音もなく扉を開閉させて、黒曜中の少年は姿を消した。
 一人病室に取り残されて、血に汚れた布団の上で呆然となりながら、綱吉は骸の言葉をどうにか咀嚼した。咀嚼させても理解した気になれない。骸は、
「……え? またくるの? え?」
(なに考えてるのアイツ!)
 綱吉にとってはやはり理解しにくい人物だ。

 

おわり


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