6927の日

 

「オレは正直、この日を迎える前に家出とか国外逃亡とか脱走とかシェルター入るとか、まぁとにかく何らかの緊急策をとるべきだと思ったんだ」
「へえ……。大変そうですね。でも、僕なら平気ですよ。綱吉くんさえいりゃそれで」
 あっさりと言い捨てて、六道骸は、自らの額をぐりぐりと少年の後頭部に押し付けた。ほとんど押し倒されながらも、綱吉はゲーム機のコントローラーを手放さない。彼にも三ミリ程度の根性があるのだ。
「骸さんがそう言うならオレは家にいますけど……。いってらっしゃい」
「綱吉くんがココにいるなら僕もココにいましょう」
 当然のように、語尾にハートマークをつける勢い。
 何事にも限界はある。あっけなく、綱吉はコントローラーを放り投げて骸を引き離しにかかった。
「たっ、たたっ、髪掴むな! オレはあんたの対策について話してんですよ?!」
「僕と綱吉くんを引き裂くのは他ならぬ綱吉くんであると。ああ、困っちゃいますねこの展開は。取り合えず邪魔なので攻撃していいですか?」
「いいわけあるか!」
 叫びつつも、綱吉は、骸に押し倒されていた。
 バタバタもがく少年の背中に片腕を押し付けたまま、骸は彼を見下ろした。体重をどんどん掛けていくので、終いには、綱吉は断末魔のような叫び声をあげた。
「苦しっ。ぐるしいっっ!!」
「愛の勝利ですね」
 朗らかに言い捨て、綱吉の隣に座りなおす。
 心臓を抑え、ぜーぜーと荒く息をして、綱吉は信じられないように横顔を見つめた。骸は肌が白い。それで右目が赤、左目が青なのでちょっと化け物じみて見える。
 心の底から(コイツ正気じゃないんじゃ……)など、疑いつつも、綱吉も息を整え終えた。
 ビクビクとしながら、コントローラーを取り上げる。
 骸はテレビ画面を見つめていた。唇が尖っているので面白がってはいない。挙動を気に仕掛けたが、それも数分だ。ここで気にしたら、骸の思うツボだと気付いたからだ。
 ぴこぴこ、どかーん、シューティングを再開させて三十分、もはや胡座を掻いて頬杖をついて、全身でつまらないと訴えながら骸が尋ねた。
「今日、何で僕が来たのか訊かないんですか?」
「…………」
 果たして、何て言って欲しいんだろう。
 できるだけ、この人が色んな意味で残念がって、ズバリ言うなら、萎えてしまってもーやってられない帰る! とか、言い出すレベルのすっ呆けた発言はないものだろうか。考えた挙句に、テレビ画面で戦闘機が爆破した。ゲームオーバーだ。
「あ〜あ。セーブしてないでしょーに」
 さりげなく、綱吉がムカッとくることを言ってから、リセットボタンを押した。
「あっ?! 何すんですか!」
「ゲームはここまでです。いいタイミングじゃないですか。で、どうして僕が来たと思うんですか?」
 綱吉が口角を引き攣らせる。骸は、別に笑っちゃいない。
 一人でゲームをしていたら、当たり前のように窓から入って、当たり前のように持参の工具道具を使って窓と扉を塞いだ彼だ。事実上、この場では絶対の権力者でもある。素面の綱吉では彼に勝てる可能性はゼロだ、体力的にも精神的にも。
「ヒント。今日は何日でしょう?」
「あ、あー。オレの誕生日間違えてますね?」
 できるだけ爽やかに、綱吉が首を傾げる。
 しかし骸は両腕で×マークを作って見せた。変なところで芸人魂を見せる彼、ダメージを受けた様子は毛頭ない。
「えーと。母さんの誕生日と間違えた?」
「はい、ぶー。事実そうなら何で僕は君と密室にいるんですか」
「じゃあ。骸さん、実は誰かから逃げてきたとか?」
「もっと、ぶーですね。綱吉くん、ワザと間違えてることはバレてますからね。心してどうぞ」
 うぐ。綱吉が、悲鳴と共に青褪める。
 骸が呆れたように眉根を寄せた。
「君、冒頭から堂々とそーゆーこと連想させる発言しておいて、今更シラを切り通せると本気で思って……」
「だ、だって骸さんだし……」
 しどろもどろで応答する綱吉だが、これは、骸の気に障ったようだ。
 少年は両目を鋭くしならせた。眉根をクイと持ち上げる。
「最後のチャンスですね。今日は何日ですか?」
「……2006年9月27日。の、午前1時」
「正解です。なぜリボーンがいないのだ、というのはご都合主義で放っておいて、とにかくも僕はこの日こそは第一に君に会わねばと思いました。なぜですか?」
 我が家のどこかに秘密の抜け穴なんてアイテムはないのかしら、俄かに思って綱吉は辺りを見回した。が、やっぱり窓と扉に木板が張ってあるだけだ。抜け穴なんて、実際にあっても逃亡の可能性は絶望的だったが、そこまで気が回るほどの余裕は綱吉にはない。
「つ・な・よ・し・く・ん」
 声音こそ可愛らしく、しかし実際は青筋を立てながら骸が綱吉の顔面を掴んだ。ぐぎぎっと首を曲げて自分と向き合わせる。
「僕の名前と、君の名前は?」
「むくろとつな……」
 骸が、また呆れた目をした。
「君って時々、本気で自分の名前を忘れてるんじゃないかと思いますね。骸とツナヨシ、で、むくつなですよ」
「あ。それって骸さんの口から訊きたくなかったコトヴァッ」
 綱吉の口に両の手のひらを押し付けて(顔面に衝突させて)、骸は両目を窄めた。
「余計なこと喋ると犯しますよ」笑ってない。ぜんぜん笑ってない目つきに、ちょっと涙目になって綱吉は首を縦にした。後頭部をベッドにぶつけてたりするので、骸の台詞に現実感があったのも涙がでてきた理由のひとつだ。満足げに頷いて、骸は最後の質問をした。
「僕が、どうしてここにきたと?」
「骸さんとオレの日を祝いに来たから……」
 上目で、機嫌を伺うように綱吉が言った。
 骸が大きく頷いた。頷いて、ついでに綱吉に抱きついた。
「その通り! よくできましたね〜。えらいですよ綱吉くん!」
「そ、そこまで馬鹿にしなくてもっ。いくらオレでも気付いてたんですからね! 二ヶ月くらい前からずっとこの日を恐れ、て――」
 ハッとして言葉を止めるが、遅い。骸は、感動したように両目をきらきらさせていた。初めて会った時のように、純粋無垢のよーな顔をして両手を結び合わせている。
「二ヶ月も前から……! 僕は半年前でしたけどっ。でも嬉しいです。君がそこまで僕らのあいだにあるものを気にしていたとは!」
「か、勘違いしないでよ?! オレはどうあんたを撃退しようと――」
「それでひたすら僕を無視してくれたわけですね? 別にいいですけど――、そのせいで君はまんまと密室に閉じ込められたワケですし、それにもう僕を無視してないですしね。二人きりです」
「あっ、ああ?!」
 今、思い出したといわんばかりに綱吉が頭を抱えた。
 骸はいそいそと持参した工具箱をいじる。なぜだかケーキがでてきた。両手で皿を持ち上げ、少年は、不良な外見に似合わず猫撫で声をあげた。
「綱吉くん。特注したんですよ〜。食べましょう」
「ちょっと待って。この前、アンタからもらったものに痺れ薬が」
「ああ。あれは……、まぁそういうプレイもたまには楽しいかと思いまして。でも大丈夫です。こっちにはもっと楽しいもの入れましたから」
 入れたんじゃないか! 焦って後退るが、逃げ場がない。骸はニコニコしたままでケーキを切り分け、一口分をフォークで掬い上げた。
 綱吉は扉をバンバンと叩いていた。木板はしっかり打ち付けられている。背後に骸がにじり寄る。
「さあ。観念しなさい。生クリームを無理やり口に突っ込むというマニアなプレイで楽しんでいいんですか?」
「ひいいっっ。超よくない! 自尊心が粉々だっ!」
「では、はい、あーん」
 骸がフォークを差し出した。
 涙ながらに綱吉がパクつく。不覚にも、正直にも味覚はオイシイと告げていた。骸が綱吉をベッドに座らせる。そのまま、次々にフォークを差し出した。
「あ、今、思ったんですけど、こーして食べさせられるのも自尊心粉々かも……?」
 控えめに文句を言うが、骸は気にしない。
「綱吉くん、こんなとこに生クリームつけてる」
「あんたが押し付けたんだろうがッ!」
 明らかにフォークの動きがおかしい。唇を狙ってクイクイと押し付けられ、それを何とか避けつつも綱吉は涙を流していた。
「もーいやー! 助けて! リボーン!」
「くふふふ。今日は6927の日なので彼の出番などないのですよ」
 我が物顔で言い切って、骸は興奮したように綱吉の肩を押した。自然、押し倒されて綱吉の悲鳴に本格的に嫌気が混じる。
「いぎゃあああああ!! 誰か!!」
「こういう時のセオリーって知ってますか?」
「はあ?! セオリー?! 何の!」
 くっふっふ。楽しげに笑って、骸が掴んだ。
 おまけに、振りかぶる。綱吉の顔面に影が差した。にっこにっこしたままで、彼は巨大な皿を自らの頭上に掲げていた。
「……っへ?!」
「僕の分のケーキは君ってオチですよ」
 顔面に影が迫る。骸はひたすら楽しげだ。無邪気にすら見える。
 間髪置かずに、顔面に叩きつけるように、目鼻に沈めこむように振り下ろされた。綱吉は、悲鳴もなくケーキを顔面で受け止めた。黄色い悲鳴がする。骸は目をきらきらとさせていた。
「ああっ。生クリーム漬けの綱吉くんっ。何ていやらしい構図でしょう。僕は僕の発想が恐ろしいですよ!」
「…………」ケーキが真っ二つに割れて、クリーム塗れの綱吉の顔面が現れる。眉根をひくひくさせていた。
「う〜ん。どこも美味しそう」
 くすりとして、骸が、綱吉の鼻先を人差し指で拭う。
 それから、ぱくりと口に含んだ。彼は少女のようにきゃっきゃと楽しげに声を弾ませる。
「完璧ですね。さすが僕です。練習した甲斐がありました!」
「お、おまえな……。切れるよオレも」
「ケーキ塗れで怒るんですか? それはそれで楽しそうですけど。ちゃんとケーキ投げのとこまで千種で練習したんですよ。ほら、綱吉くん、あーん」
「喰えるか!!」
 頬から拭ったクリームを、当然のように差し出されて綱吉が叫ぶ。それすら見越した反応なのか、骸は、勝ち誇ったように笑って見せた。
 クリームを自らの頬に塗る。そうして、綱吉に差し出した。
「わかってますよ。……こうしないとルール違反でしょう? 僕と君の」
「わっ、わかってな……! わかってない!!」
 生クリームの涙を流す綱吉を放って、骸は楽しげにフォークを取り上げた。
「あんまり渋ると間違って綱吉くんの大事なトコ突付いちゃうかもしれませんね」
「だっ、大事なとこ?」声音が強張る。骸はニヤリとした。
「どこでしょーねー。僕の用意したケーキ、気に入っていただけました?」
「アホかぁああああ!! 脅しだぁああ! 脅迫! 人でなし!」
「くふふふ。可愛いお顔に傷がつくかもしれませんね〜」
「ぎゃあああ! フォークで掻くなッ!」
「なら直接に僕が舐めましょうか?」
「それはそれでぎゃあああ!!」
 とか、ひたすらそんなノリで一晩中騒いだので、翌朝にはクリーム塗れのベッドで二人仲良く寝ていたとか。そんな感じで、27日の朝は終わる。



おわり


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